花祭り最終日2
サイリユウムの王都の馬車が通るような大通りは、十字路はみんなラウンドアバウトになっています。
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カインは、ダンス中に目の端に捉えていた少年の前までステップを踏みながら移動すると手を差し出してダンスに誘った。
「マディ先輩、ダンスを踊りましょう」
「…君、カ」
「カリンです」
カインは強引に手を取ると広場に引っ張り出して、くるくると回りだす。
ジュリアンの時とは違ってスタンダードにダンスを踊る。
「屋台のバイトは終わったんですか」
「おかげさまで完売したからもう終わったよ。あー、悪いんだがカリン様?あまり長く踊っていたくないんだが」
「気持ち悪いですか」
「いや、美人過ぎてまずい。すぐそこに恋人がいるんだ。嫉妬されたくない」
マディがちらりと見物人の一部に視線を投げた。カインもそちらを確認すると、栗色のボブヘアの少女が立っていた。胸の前で自分の手を握り込んでハラハラした顔をしている。
どう見ても平民がよそ行きの服装を着ているといった風体で、一緒に屋台の店番をやっていたのかサロンエプロンのような腰から下だけのエプロンを付けていた。
「なるほど。ではこの後あっちの方に先輩を投げますんで、彼女をダンスに誘ってください。楽団の人から沢山の人をダンスに誘い込めって言われてるんですよ」
「ちょっとまて、投げるって…」
「ふんぬぅっ」
カインはマディの腰に手をあてると、力いっぱい彼女のいる方へと突き出した。
「おわぁああ」
マディはたたらを踏みながら見物人の壁に向かって足を進めていった。
カインがちらりとジュリアンの方をみると、まだダンスに誘っていなかった。小さく舌打ちすると、リズムにのって軽いステップを踏みながらそちらへと移動する。
「美しいお嬢様。私と踊ってくださいませ。お祭りですもの、女性同士で踊ったってよろしいのではなくて?」
強引にジュリアンの前に割り込んで立つと、カインはそういってシルリィレーアの手をとった。
ジュリアン、マディと男の子の手ばかりを握った後だったので、シルリィレーアの手の小ささと手首の細さにびっくりしながら、優しく見物人の壁から引っ張り出すと肩甲骨の下に手を添えて強引にターンする。
「そろそろ、ジュリアン様を許してあげてください。僕が被害を受けますので」
「…カイン様?」
「シー!カリンとお呼びください」
くるりくるりと回りながら、時々つないだ手を高く上げてシルリィレーアをコマのようにくるくるまわす。
「あの、カリン様。その…その御姿は」
「シルリィレーア様をお誘いできなかった殿下の苦肉の策ですよ。いい迷惑なのでなんとかしてください」
「それは、ふふふっ。申し訳ありませんでしたわ」
「女性と男性では精神年齢が三歳〜十歳ぐらい違うと言われています。ジュリアン様は自分からは声をかけられないから大きな声を出して気をひこうとする子どもと一緒なんですよ」
まるで、五歳の時のアルンディラーノと同じである。女性にモテモテなんだぞ!と言って気を引こうとする。自分から誘う勇気がないだけ。伝説の樹の下で待っているだけで告白してもらえるのは、それまでの学園生活で女の子たちに気を配って優しくして頑張って好感度を上げて行った実績があるおかげなのだ。
「だからといって、子どもでいて良いわけではありませんわね」
「そのとおりです。シルリィレーア様、お仕置きは反省していますと口で言わせるよりも、反省文を書かせるほうが効果的です」
「良いことを聞きました。愛してるって千回書いてもらうことにしますわ」
シルリィレーアには、しっかりとジュリアンを抑えていてもらわないとならない。側妃を娶るのが半ば義務なのだったとしても、シルリィレーアをないがしろにしない男になってくれれば、押し付けられるように嫁がされようとするディアーナをきちんと断ってくれるかもしれない。
なにせ、ディアーナは将来ボンキュボンのナイスバディレディになる予定なのだ。おっぱいで女を選ぶような王子におっぱいで選ばれてはたまらない。
たとえ嫁ぐことになったとしても、ないがしろにしない、ちゃんとディアーナを幸せにしてくれる王子であってくれなければ困るのだ。
「反省文を書いて頂く前に、ジュリアン様と踊るのはなんだか先に許してしまうようで気が乗りませんわね」
「では、もう少しだけ意地悪をしましょうか」
カインは意地悪そうな顔でニヤリと笑うと、こそりとシルリィレーアの耳元で作戦を伝えた。それを聞いたシルリィレーアは最初目を丸くして驚いていたが、やがて声を出して上品に笑い出した。
「うふふふふっ。カリン様。いいアイディアですわね!では、決行いたしましょう。良い花祭りを!」
「良い花祭りを!」
くるりとターンを一つ決めてカインとシルリィレーアは分かれると、それぞれ近くに居た見物人の女性を誘って広間に連れ出し、踊りだす。
シルリィレーアは見知った貴族夫人や学園の友人の女性などを次々に誘ってダンスを踊る。女性同士なのでちゃんとしたホールドではなく、お互いに向かい合って両手をつないだ状態でくるくる回るだけ。
カインは、いかにも平民のおばちゃんという感じの女性を誘うとダンスなんか踊れないというので後ろと前を向いた状態で右腕同士を組んでくるくると回るだけのダンスをした。曲のきりの良いところで腕を変えて反対周りにくるくる回り、最後にハイタッチして別のおばちゃんを誘う。
シルリィレーアの誘った夫人が娘を誘って踊りだし、友人の女生徒が別の女生徒を誘って踊りだした。
カインの誘ったおばちゃんたちも、子どもや夫を引っ張り出して踊りだした。
カインは何人かのおばちゃんを広場に引っ張り出した後は、子どもを数人さそって電車ごっこの要領で前の子の肩を掴むように一列に並び、広間の見物人達の前を音楽に合わせながら早足で歩いていく。
見物人の前を通るのに、手拍子をしている人の手に強引にハイタッチしながら前を通っていくと、二周目ぐらいからは子どもトレインが通る前からハイタッチ用に手を出して待つようになった。
楽団の演奏が最高潮になるころには、広場となっている四つ辻の中はダンスを踊るひとであふれるようになっていた。
カインは楽団の演奏に紛れて口の中で風魔法の呪文を唱えると、一度地に落ちて積もっていた布製の花びらが一斉に空へと舞い上がり、そしてゆっくりと広場へと舞い降りてきた。
作り物の花びらが舞い散る中で、貴族も平民も大人も子どもも男も女も関係なく笑顔で踊る様はとても幻想的だったと皆が声を揃えて語るのだった。
領地に帰っていた学生たちが来年は帰省するのやめようかなと本気で言い出すほどに、その年の花祭りは後々まで話題になった。
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