花祭り最終日
花祭りの最終日は、貴族の庭園開放はない。つまりカインのアルバイトも昨日までで、今日は休みである。
最終日も、街道の出店はやっているらしい。
一番大きな四つ辻では王宮から派遣された王宮楽団が演奏をしているらしいし、その他街中の四つ辻では市民が趣味でやっている市民楽団、音楽を嗜んでいる貴族有志のグループや王都に残っている音楽部に所属している学生などなどなど、目立ちたくて演奏したい人たちが勝手に出張って演奏していてとてもにぎやかだという。
親しい友人や家族、婚約者や恋人などと出かけていって食べ歩きを楽しんだり音楽に合わせて踊ったりするのだというが、カインにはまだそれほど親しい友人は居なかった。
級友はみな親切で優しく、会話もするし一緒に昼食をとったりもするが、休日に一緒に踊りにいくほどの仲ではなかった。
アルバイト仲間で先輩のマディは、今日は何処かの出店の手伝いをしているらしい。もちろん賃金付き。彼は子爵家の子息であるとカインは聞いていたが、何やらやたらとお金をためているようである。
さて、今日は寮内も静かだし勉強を進めてしまおうと机の上にブックエンドで立ててある教科書を手に取ろうとしたその時である。
「カイン!割の良いアルバイトを紹介してやろう!」
とドアを開けると同時に大きな声でそんな事を叫びながらジュリアンが入ってきた。カインは眉をひそめてジュリアンの顔色を伺うが、ニヤニヤと笑うそのいやらしい顔からは嫌な予感しか感じられなかった。
「嫌な予感がするので、できれば断りたいのですが」
「王族には貸しを作っておいたほうが良いぞ。今日一日、夕方までの拘束で大金貨三枚やるぞ!」
大金貨三枚は、リムートブレイクの王都までの馬車代と乗り換え地での宿代片道分である。それだけあれば、もう次の長期休暇には一度実家に帰れるし、飛竜のレンタル代への道のりもだいぶ短縮できる。
それだけの金額を提示されて、嫌な予感はますます膨らんでいく。カインは、正直その大金は欲しいがどれだけ理不尽な事をさせられるのかの怖さで迷っていた。
「そんな大金だして、何をやらせようというのですか」
「なぁに。今日一日、私と一緒に街をあるき回って花祭り最終日を楽しむだけだ」
「……ジュリアン様も友達いないんですか?」
「失礼なことをいうでない」
「というか、シルリィレーア様をお誘いしたらいいじゃありませんか。あちらはお兄様と回るとおっしゃっていたのですよ。身内ですから、当日の急な予定変更も問題ないでしょうし。相手は婚約者なのですから」
「こちらが折れる事などできぬのだ。今更シルリィレーアを誘いに行ってみろ、ミティキュリアン家総出の場所で愛してると百回言わされるに決まっておる。そんな事出来るわけがなかろう!」
「邪魔なプライドですね…。良いじゃないですか、愛してるって百回言えば」
「プライドを引っ込めたら王家は成り立たぬよ」
どうしても自分からはシルリィレーアを誘わないぞ、と強い意志を持って駄々をこねるジュリアンに対して、カインはついに折れてアルバイトを受けると頷いてしまった。街を一緒に歩くだけで大金貨三枚も貰えるのは破格の条件ではあるし、もし街でシルリィレーアと会うことがあったら無理やり二人をくっつけて帰ってきてしまえばいいと考えたのだ。
街を歩くだけで大金貨三枚。そんなうまい話があるわけはなかったのだ。
★★★★
「ははは。ほら、肉団子の串揚げはどうだ?いも団子の串揚げもあるぞ、あれはタレを付けて食べるとうまいんだぞ」
「けっこうですわ」
「遠慮するでないぞ、全て私のおごりだからな。
「チッ」
「はっはっは。令嬢が舌打ちなどするものではない」
布で作られた花吹雪が舞い散るなか、ご機嫌で歩くジュリアン。その腕にそっと手をかけてエスコートされる美少女は、きれいな金色の髪に夏空のような深く青い瞳をしていた。
口角を上げて笑顔の形を作っているが、目が笑っていなかった。
空色の裾の長いワンピースに踵の低いブーツという姿で、ジュリアンの隣に寄り添うように立つ姿はとても可憐だった。通りすがる人がみなカリンと呼ばれた少女を振り返り、その美少女を連れているのがジュリアンだと気がついてため息を吐いていた。
「このうらみはらさでおくべきか」
「なんの呪文かわからぬが、文句を言っていることはわかるぞ、カリン。ちゃんとした対価を支払ったアルバイトなのだ、しっかり役割を演じよ」
「チッ」
「はっはっは。だから、令嬢が舌打ちするなというに」
カインの不機嫌とは反対に、ジュリアンは何故かごきげんである。色々とカインに食べさせようとしたり、物を贈ろうとしたり、ダンスに誘おうとしてくる。そのことごとくをカインは断っている。食事ぐらいは破産するぐらい食べてやろうと思っていたのだが、ワンピースのウエストが思ったよりも苦しくて大して食べられそうになかったのでやめたのだった。
「大体、沢山のご令嬢たちから引く手あまただったんじゃないんですか。それらの中からどなたかとご一緒すればよかったじゃないですか。もしくは、多数のご令嬢を同時に引き連れたって良かったでしょうに」
なにせ、あと三人までは浮気ではないと豪語したのだ。お気に入りの娘三人引き連れて歩き回れば良かったのだ。
「シルリィレーア以外の婚約者が決まっていないからまずいのだ。花祭りの最終日を特定の娘と歩いてみろ。第一側妃決定か!?なんて言われてしまうし、その娘もその気になってしまうであろう。その気もない、ちょっと味見してみたいだけの娘を花祭りの最終日に連れ歩くわけには行かぬ」
「そういうものですか。花祭り最終日がそれほど重要なのだとは思っていませんでした…でも、それなら男友達と連れ立っても良かったのではないですか?家族や友人と歩く日でもあるのでしょう?」
カインが周りを見渡せば、学校で見た顔が男同士や女同士で連れ立って楽しそうに買い食いをしていたり、母親が幼い子供を連れて芸を披露している道化を見ていたり、父親が娘を肩車して舞い散る花びらをつかもうとして行ったり来たりしていたりする。
「カインと、もしくはジャンルーカと連れ立って遊んでいれば、見かけた娘が『殿下ぁ〜わたくし一人で来ていたんですぅ〜ご一緒しませんかぁ〜』って近寄ってくる。女性から誘われて断ることなんて私は出来ぬからな」
「いや、ことわりなよ」
「それに、他の娘と連れ立って歩くところをシルリィレーアに見つかってみろ。怒られるぞ。静かに、怒るんだぞ、シルリィレーアは」
後三人決まるまでは浮気にならないとか言っていた人物の発言とは思えなかった。というか、やっぱり最初からシルリィレーアを誘えば良かっただけじゃないかとカインはため息を吐きかけて、かろうじてとどめた。
カインの隙をついておっぱいの大きい子を部屋に連れ込もうとする割には、シルリィレーアには知られたくないと言う。シルリィレーアに花祭りは女の子からのお誘いがいっぱいだと自慢したかと思えば、女の子と歩くところをシルリィレーアに見られたくないという。
ジュリアンは年頃なりの異性への興味とシルリィレーアへの愛情とがこんがらがって、色々と行動が矛盾してしまっているようだった。
「何故私なのですか?城の親しい親戚でも何でも良いではありませんか。シルリィレーア様に後々言い訳が出来る女性が一緒であれば良かったのでしょう?」
例えば、乳母の娘だの姪だのといった親戚みたいな知り合いとか、年若いメイドや家庭教師などでも構わなかったのではないか。ジュリアンを狙う女子生徒が知らない程度の知名度の女性であれば誰でもいいだろう。
「カリンほどの美少女であれば、誰も「あれなら私のほうが!」と思い上がって割り込んでくるツワモノもおらぬだろう?」
「そんな人いるんですか」
「世は、思うより怪奇なものだぞ、カリン」
そんな人がいるのかと、カインは頭が痛くなった。第一王子が特定の女性と歩いているのを「私のほうがふさわしい」と思って割り込んでくるとかどんだけ心臓の強い人間なのか。
カインとジュリアンが並んで歩いていると、王城前の一番大きな四つ辻にたどり着いた。そこには王宮から派遣された王宮楽団が王城を背にするように陣取っており、明るい曲を演奏していた。
みんな楽しそうに音楽を聞いているが、踊っているものはまだ誰もいなかった。
「ジュリアン様。良いところに」
楽団から、バイオリンを片手に持ったまま一人の男性が近寄ってきた。カインを見ると小さく会釈して、この楽団の今日のリーダーだと言った。
「せっかくのダンス曲を演奏していても、みな王宮楽団の演奏だからと遠慮して踊らないんですよ。最初の一組が踊りだせば、皆が踊りだすと思うんですよね。ジュリアン殿下。ファーストダンスお願いします」
カインは思い切り眉を寄せて眉間に深い谷間を作った。ジュリアンに踊れということは、この場ではその相手はカインしか居ないのである。
「はっはっは。いいぞ、せっかくの花祭りで踊らぬのもつまらぬからな、皆が踊れるように先導してやろう!カリン、踊れるか?」
「もちろん、おどれますとも」
少女騎士ニーナの絵本の中で、男の子が意地悪して踊ってくれないと泣いている女の子を立たせてニーナが踊りの相手になってあげるシーンがあるのだ。当然、それを読んだディアーナは男性パートを踊りたがった。
そして、ディアーナがやりたいと言った事を、カインがさせないわけがないのである。
故にカイン、ディアーナ、イルヴァレーノの三人は全員男女両パートのダンスが踊れるのだ。
腕に手を添えるタイプのエスコートから、出された手に手を乗せるタイプのエスコートに切り替え、ジュリアンとカインは優雅に歩いて辻の真ん中まで歩いていった。そして、ダンスの為のホールドをビシッと決めて音楽を待つ。
バイオリンのリーダーが、片手を上げて楽団員に合図を送ると、靴で石畳を叩いてカウントをとった。
タン、タン、タンタンタン!
楽団から音楽が溢れてきた。それに合わせてカインとジュリアンが踊りだす。最初はお手本通りの優雅なダンスを踊っていたが、ジュリアンがわざと大股でステップを踏むと、カインが無理やり腕をひいて強引にターンをさせる。一応男女パートに分かれてホールドポーズをとっているが、結局はどちらも男の子である。負けてたまるかと段々とエスカレートしていき、ターンはこれでもかと大きく勢いがよくなり、ストレートにステップを踏むときは徒競走かと言うほどに早くなっていった。途中でお互いに足を踏むふりをして蹴りを繰り出してはジャンプして避けるといったことをするため、もはやワルツなのかタンゴなのかクイックステップなのか、はたまたラテンダンスなのではないかというわけのわからなさになっていった。
「ジュリアン様。せっかく恥を忍んで踊っていると言うのにだれも参加してきません。こうなったら、一旦別れてお互いに沿道の見物人を強引にダンスに引きずり込みましょう」
「面白そうだが、一組が二組になるだけではないか?」
「誘った人と少し踊ったら、その人にも同じ提案をしてまた別れれば良いのです」
「うむ、なるほどな?しかし…」
「では、また後で…そりゃぁ!」
まだ何か言いかけているジュリアンを無視して、カインはジュリアンの腕をグッと掴むと強引に回転させて、沿道の見物人にまぎれて立っていたとある人物めがけて放り投げた。
ジュリアンが悪代官に帯を解かれる町娘のようにくるくる回りながら見物人の前までたどり着くと、目の前にはシルリィレーアが兄の腕を掴んで立っていた。
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