花祭り4

いつもお読みいただきありがとうございます。

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花祭りも三日目になり、最初は遠慮がちに庭へと遊びに来ていた近所の人達も遠慮がなくなりつつある。また、王都の外にある村や町からやってきた人がぼちぼち到着し始めていて来客数は日に日に多くなっていた。

特に、ミティキュリアン家の庭にはなぜか子どもたちが集まるようになってきていて、急遽低いテーブルを用意したり、芝生の上に薄手のラグを敷いてピクニックのように子どもたちを案内していた。


カインも、給仕仲間たちと仲良くなり楽しくアルバイトをこなしていた。朝早くの会場準備から日が暮れる頃の後片付けまでやる代わりに、三食賄い付きなのだがそのまかないがとても豪華なので仲間たちと当たりのアルバイトだったな、などと話し合っていた。


中日でもある、三日目の今日。王家の挨拶兼視察と称してジュリアンがやってきた。一緒にディアーナと同じ歳ぐらいの少年を連れてきている。


「ようこそお越しくださいました、ジュリアン様。ジャンルーカ様」

「うむ。ミティキュリアン公爵、ミティキュリアン公爵夫人。息災そうでなによりである。庭園も沢山の人が来ておるようだな」

「おかげさまで、沢山の人に我が庭園をご覧いただいております。両殿下も是非ご覧になっていってください。奥の芝生広場の方にシルリィレーアがおります」

「うむ」


ジュリアンが、鷹揚にうなずくと軽く片手を上げてシルリィレーアの両親に背を向けた。ジャンルーカと呼ばれた少年もおとなしくその背中について歩いていく。設置されている丸テーブルの間を軽やかに歩き、平民でごった返す人混みの間を優雅にすり抜けていく。

貴族であることはひと目で分かる服装をしているが、飛び抜けて派手な格好というわけでもないので誰もジュリアンがこの国の王子であることに気がついていないようだった。

貴族が庭を一般開放し、同じ街に住む庶民に軽食を振る舞うという祭りなので貴族だからといちいちかしこまったり平伏したりする必要はないとされている。

一応みな、ジュリアンとジャンルーカに対して軽い会釈はするものの、それよりは次々にテーブルに置かれる美味しそうで高級そうな菓子や軽食に気をとられているので注意を払ったりはしていない。


「あ、ジュリアン様」


一番最初に気がついたのはカインだった。カインの前には芝生の上に敷かれた広いラグと、その上に靴を脱いで座ったり寝転がったりしながらおやつを食べる子どもたちが転がっていた。

カインと並んでシルリィレーアも子どもたちに新しいおやつの皿を渡そうとしているところだった。

カインの声を聞いて、シルリィレーアはおやつの皿を持ったままシャキッと背筋を伸ばしてくるりと優雅に振り向いた。


「ジュリアン様、ごきげんよう」

「ああ、シルリィレーア。息災そうでなにより」


シルリィレーアがジュリアンに向かって手の甲を出そうとして、その手にお菓子の乗った大きな皿を持っていたことに気がついて動揺している。カインがそっとその手の上からお菓子の皿を取り上げて、一歩さがって改めて子どもたちの真ん中に皿を置いた。

中途半端な量のお菓子を一つの皿にまとめて、空いた皿を端に寄せて新しい皿をラグの上に乗り上げながら子どもたちの真ん中に置く。小さい子らが我先にとお菓子を手にとろうと寄ってくるのを落ち着けといなしながら、年長の子らが空いた皿を手渡してくれるのを受け取る。ということをしているカインの背中でシルリィレーアとジュリアンが手の甲に額をあてるという挨拶をしているのを気配だけで感じる。

空いた皿を持って立ち上がると、ジュリアンがシルリィレーアの手を離して姿勢を戻したところだった。


「カイン、元気にしていたか?」

「寮で別れてから三日しか経っていませんよ」

「カインに紹介したい者を連れてきたのだ。…とりあえず皿を片付けてくるがよい」


カインが空いた皿を重ねて持ったままなのをみて、ジュリアンがそう声をかけると近くに居たマディが皿を受け取って去っていった。給仕を三日もやっているとお互いに気が利くようになってくるものらしい。

カインの手が空いたのを見て、一つ大きく頷くとジュリアンは後ろに控えていた少年の肩を押して自分の横に立たせた。


「ジャンルーカという。私のすぐ下の弟だ」

「こんにちは。ジャンルーカと申します。お兄様からお話を色々聞いていて、お話してみたかったんです」

「はじめまして。カイン・エルグランダークと申します。お会いできて光栄です。ジャンルーカ殿下」

「…あの、カイン殿はリムートブレイク王国からの留学生で、魔法が使えるのですよね」


(名前忘れていたけど、これで思い出した。ジャンルーカってこの国の第二王子だ。ド魔学に留学してきて攻略対象になるヤツだ)

ジャンルーカは、基本的に魔法が使えないはずのサイリユウム国内で魔力を持って生まれてきた王子だ。そのため、魔法の制御を学ぶためにリムートブレイクに留学してくるという設定のはずだ。


「カインで結構ですよ、ジャンルーカ殿下。おっしゃるとおり、私はリムートブレイク出身ですので魔法が使えます。ジャンルーカ殿下は魔法に興味がお有りなのですか?」

「…ええ、まぁ」


すこし、うつむいてしまった。

サイリユウムではあまり魔法使いが歓迎されていないのかもしれない。この国に来てようやく二ヶ月が経つかというカインでは、そのへんはあまり感覚としてはわからなかった。


「後で、時間を作ってジャンルーカと話してやってくれ。私もカインに話があるのでな」

「承知いたしました」


軽く頭をさげると、仕事中なのでと子どもたちと向き合ってしまうカイン。カインの後ろでシルリィレーアがジュリアンに温室の花がきれいに咲いていると声をかけていたが、ジュリアンが興味なさそうに生返事をしているのが聞こえてくる。


カインはしゃがみ込むとポケットからナプキンを取り出して子どもたちの手を拭いていく。子どもたちはカトラリーを使わずに手づかみでお菓子を食べているので、手がよだれでベチャベチャなのだ。

手を拭いてやり、別のナプキンを取り出して小さい子の口の周りを拭いてやると、手をひいてジュリアンのそばへと連れて行った。


「ほら、ジュリアン様だよ。握手してもらうと良いよ。触っておくと運気が上がるかもしれないよ」

「カイン、人を縁起物の様に言うでない」

「じゅりあんさま、こんにちは!」

「あ、あぁ…」


カインが手をひいた子ども以外の子どもたちもわらわらとラグから降りて集まってきた。小さな子どもたちに囲まれて、どうして良いかわからずたじろぐジュリアンに、カインはそっと耳打ちする。


「ジュリアン様。小さい子どもと小動物に優しくすると…モテますよ」

「う…そうか?」


カインにモテると言われて、ジュリアンは恐る恐るといった感じで一番近くにいる子どもの頭をそっと撫でる。ジュリアンが撫でる手の力がかかる方に簡単に首をコロンコロンとかしげていく子どもにジュリアンは「ヒィッ。もげる!」と顔を青くすると手を急いで引っ込めてしまった。


「し、シルリィレーア。温室の花を見せてもらうとしよう。見頃なのだろう?」

「えぇ!ご案内しますわ。カイン様、こちらはおまかせしてもよろしいかしら?」

「えぇ、子どもたちの面倒はちゃんと見ます。ジャンルーカ殿下も、ジュリアン様がお戻りに為るまで一緒にお菓子でもいかがですか?毒味しますよ」

「…そうですね。いただきましょう」


ジュリアンの差し出した肘に、シルリィレーアがそっと手を添えて二人で歩いていく後ろ姿をカインは子どもたちと一緒に見送った。


「兄上は、シルリィレーア姉さまが『一緒に温室に行きましょう』って誘ったってわからないのかな」

「普段、わかりやすいお誘いばかりされてるから、控えめな誘い方ではわからないのかもしれませんね」


ジャンルーカの相手をしていることで、カインは給仕の仕事をサボっていても何も言われなかった。それどころか、きっちりお相手しておくようにとの伝言がマディ経由でもたらされたのだった。

お言葉にあまえて、カインは芝生に敷かれたラグの上で子どもたちとジャンルーカ王子と一緒にのんびりお菓子を食べて婚約者どうしの二人が戻るのを待ったのだった。


カインが一口食べてからジャンルーカにお菓子を渡しているのを見ていた子どもたちが、僕も私もと一口かじったお菓子を我先にとジャンルーカに押し付けてしまい、一時期ジャンルーカのほっぺたはハムスターの様にパンパンになってしまうのだった。

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隣国の第二王子がでてきたよ。

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