花祭り3

ウェイターカイン

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「ミティキュリアン家の庭園へようこそ!」


黒いパンツに白いシャツ、ダークグレイのベストを身に着けたカインが笑顔で来客たちを迎え入れる。

公爵家の門が開くと同時に、街の人々が庭へと入ってきた。庭に設置されている複数の丸テーブルには軽食がすでに用意されており、カインや他の給仕達はトレイに飲み物を乗せて人々に配って歩く。

空いた皿があれば下げて、新しい料理の乗った皿を運んでくる。

朝一の時間帯は城で王族が花祭り開始の挨拶をしているはずであるが、初っ端からこちらに来ている人たちは花より団子という人々なのかもしれない。


「カイン様、あっちのテーブル全体的に料理減ってるから一皿に寄せて片付けてくれ」

「マディ先輩。承知しました」


朝、シルリィレーアの屋敷に到着すると一階入り口から一番近いサロンが使用人達の休憩室として用意されていた。そこで用意されていたお仕着せに着替えていると、学校のアルバイトで良く一緒になる先輩のマディに声をかけられたのだ。自分以外にも休み中まで働く貴族学生がいるとは思っていなかったので驚いたが、見知った顔がいることに安堵もしたカインである。


「失礼いたします。お皿を交換しますね」

「あ、まってまって。それ食べちゃうから!」

「こっちもこっちも」


カインが残り少なくなっている皿を手に取ると、片付けられてしまうと思った人たちが取り皿を差し出してくる。カインはサーブ用のトングを優雅にあやつって、順に肉団子のトマトソース煮やサンドイッチを取り分けていく。

空いた皿を腕の上で重ねて、使用済み食器置き場の方へと向かう。取り皿を持て余している人からついでに受け取りつつ、困っている人や案内の必要な人が居ないかを気にしながら歩いていると、ドンと太ももに軽い何かがぶつかってきた。

片手で持っていた皿を落とさないように両手で持ち直して足元を見ると、5歳ほどの女の子が尻もちをついて転がっていた。


「大丈夫?怪我はない?」

「う。ごめんなさぁい…」


皿を持ったまましゃがんで声をかけると、泣きそうな顔で謝られてしまった。周りをみると、テーブルクロスの下から別の子供の足が見える。

どうやら、何人かの子どもがこの庭でかくれんぼをしているようだ。


「ねぇ、ここで走ったりかくれんぼしては危ないよ」

「怒られるよね…」

「違うよ」


今日は市民一般に開放されているが、給仕していたり案内している人間が貴族であることはこの小さな子でも理解しているようだ。少女は、貴族にぶつかってしまったから怒られると思っている様子だった。


「ねぇ、あっちをみてごらん」

「う?」


カインが一度皿を片手で持ち直し、空いた手で別の給仕を指差した。

少女は素直にそちらをみて首をかしげる。


「あのお兄さんは何を持っている?」

「お盆に飲み物のせてはこんでる」

「うん、そうだね。もし、あの人にぶつかってしまったらどうなると思う?」

「怒られると思う…」

「違うよ。お盆が傾いて、飲み物が落っこちてきちゃうんだよ」

「飲み物ダメにしたって怒られる?」

「違うよ。君に飲み物がかかっちゃうんだよ。もしかしたらコップもぶつかってたんこぶができちゃうかもしれないよ」


カインがそう言うと、少女はパッと両手で頭のてっぺんを押さえた。たんこぶが出来るのを想像したのかもしれない。その様子を見て、カインが懐かしそうに微笑んだ。


「あのお兄さんは飲み物を運んでいたけど、おかわりの熱々の料理を運んでいる人もいるよ。そうすると、やけどしちゃうかもしれない。僕みたいに、お皿を持っている人とぶつかったら、落っこちて割れたお皿で手や足を切ってしまうかもしれない」

「いたーい!」


今度は、自分の手をさすり始めた。カインとしゃがんで少女が話し込んでいるのを見て、少女が怒られているかもしれないと思ったのか、テーブルの下に隠れていた少年も出てきてソロリソロリと近づいて来ていた。


「ね、ここでかくれんぼしたりかけっこしたら、君たちが怪我をしてしまうかもしれないんだ。もしかしたら、ぶつかったのが君たちでも、食器の落っことし方で全然別の人に怪我をさせてしまうかもしれないよ」

「…ごめんなさい。お食事はこんでる所ではあそびません」

「ごめんなさい。おれが遊ぼうって言ったんだ」


素直に謝る子どもたちに、カインは笑いかけると頭を撫でてからもう少し奥の花壇のある方を指差した。

「あちらの方はテーブルも出ていないし人も少ないから、あちらで遊ぶと良いよ。ただし、花壇に突っ込んだりしないようにね。危ないから」

「お花あぶないの?」

「外側からきれいにまぁるく見えるように、飛び出したところを切った枝が隠されているんだよ。とんがってるんだぞ〜突っ込んだらぶっスリささるんだぞ〜」

「いたぁ〜い!」

「いたぁ〜い!」


カインが低い声を作って刺さるんだぞぉと脅すように言うと、子どもたちは笑いながらこわぁいと言って頭を手で隠す動作をした。

じゃあねとカインに手を振ると、わざとらしく抜き足差し足でゆっくりと花壇の方へと移動していった。

改めて皿を両手でもって立ち上がると、カインは使用済み食器置き場まで皿を運んでいった。


「なんだい、いやに子どもあしらいがうまいな。カイン様は下の兄弟でもいるんかい」

「いませんよ」


食器置き場でマディと一緒になった。カインは息を吐くように嘘を吐く。何処からディアーナの存在がジュリアンにバレるか分からない。アルバイト仲間である程度気心のしれた先輩であるが油断は禁物である。


「そうだ、花祭り後の休暇は流石に実家に戻るからよ。去年の教科書もってきてやるよ」

「ありがとうございます!助かります」


マディは今年3年生の生徒だ。学内斡旋アルバイトで顔を合わせるうちに、その事を知ったカインは教科書を譲ってくれないかと頼んでいたのだった。

学生寮の部屋は狭いのでもう処分したとか実家に送ってしまったという生徒が多くて半分諦めていたのだが、学校始まってすぐに長期休暇があるおかげで教科書が手に入ることになった。


「教科書代を出せなんてせこいことは言わねぇけどよ、学校始まったら昼飯のデザートおごってくれや」

「よろこんで」

「さ、そしたらまずはここの現場でキリキリ頑張って稼ごうぜ!カイン様!」

「ええ、マディ先輩。キリキリ働きましょう!」


マディは爵位の関係でカインをカイン様と呼ぶが、その他の部分ではほぼタメ口だった。カインはそれが面白くて気に入っていた。

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誤字報告ありがとうございます。

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