口を閉ざすことは嘘をつくより難しい

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「飛竜の値段?」

「はい。里帰りに飛竜を使ったらいくらくらいかかるのか知りたいのです。ジュリアン様ならご存じではないでしょうか」

「ああ、運賃ってことな。飛竜が欲しいのかと思ったぞ」

「流石に、面倒を見られません。散歩に行く手間も餌代も馬鹿にならないではないですか」


寮の食堂で、カインはジュリアンと並んでお茶を飲んでいた。食堂のテーブルがとにかく長くて広かったので、向かい合わせに座ると会話どころではなかったのだ。


「王国騎士団のドラゴンライダー隊と辺境各地に辺境騎士団の飛竜隊がそれぞれ飛竜を持っているが、一般用の移動手段としての飛竜は今3匹しかいない。とんでもなく高いがそれでも予約でいっぱいらしいからお金があっても都合の良いときに乗れるとは限らんぞ」

「目安がわからないと貯金のしようもないですから。目標は有ったほうが良いでしょう」

「なるほどなぁ。今度聞いておいてやろう。私は利用したことがないからな」

「王族でも、中々乗れないものなのですか」


それほどまでに高価で貴重な移動手段なのかとカインは渋い顔をした。予約を取ってしまって自分を追い込み、予約日までになんとか金を貯めるか…しかし、たまらなかった時に違約金などが発生してしまえば次の予約が遠のいてしまう…などと、思案をしかけたカインだが、ジュリアンの続いた言葉に更に顔を渋くした。


「王族を舐めるでないぞ。飛竜に乗りたければ騎士団のドラゴンライダーを駆り出せば良いのだ。私くらいになれば飛竜など乗り放題だからな。わざわざ市井の貸し飛竜など借りる必要がない、というだけの話だ」

「……そうでしたか。さすがジュリアン様。第一王子殿下は器が違いますね」

「ははは。感情がこもっていないぞ、カイン。褒めすぎても馬鹿にされているようで嫌だが、投げやりに褒められるのも傷つくからな、覚えておけ」

「繊細ですね」


これなら、飛竜乗り場もしくは飛竜を貸し出している店舗に直接行って話を聞いてきたほうが良かったかもしれない。そもそも、飛竜乗り場が何処にあるのかもわからない。学校が始まって初めての休息日にはこの王都を見て回るのが良さそうだ。ディアーナへ手紙を送るための便箋も買わなければならない。ディアーナが喜びそうな雑貨を置いてある店を探さなければならない。手紙を出す方法についても調べなければならない。


「やらなければならないことが山積みだ」

「ん?ブレイク語だな、なんと言ったのだ?」

「ジュリアン様は凛々しいですねと言ったのです」

「ははは、それが嘘だということぐらいはわかるぞ。面白いやつだな」


思わず独り言をつぶやいてしまったカインだが、ジュリアンはそれを拾い上げて質問してきた。思うよりも自己中ではなく、周りを気にしている人間なのかもしれない。

明日の朝の段取りなどについて会話していたら、食堂に一人の少女が入ってきた。寮は男女別棟になっているが食堂は共有しているため、別段珍しいことではなかった。

まだ入学式前で、昼食時間はとっくに過ぎ夕飯まではまだ間がある時間帯だ。人はまばらで席は沢山空いていた。それでも少女はカインとジュリアンの方へまっすぐと歩いてきた。

カインの知り合いではないので、ジュリアンの知り合いだろうと考えたカインはジュリアンに後ろを向くように促した。


「おお、シルリィレーアではないか。久しいな」

「ジュリアン第一王子殿下に置かれましては息災のようで何よりでございます。馬車でほんの10分ほどの距離しかございませんのにお会いすること叶わず、実に一月ぶりのご拝顔まことにうれしゅうございますわ」

「うむ。嫌味だな?シルリィレーア、それは嫌味なんだな?」

「わかっていただけて何よりですわ」


シルリィレーアと呼ばれた少女は可愛らしく首をかしげてカインの方をちらりと見ると、ジュリアンに視線を戻してニコリと微笑んだ。


「ジュリアン第一王子殿下。御学友ができましたのね?ご紹介いただけますかしら?」


その声を受けて、カインは立ち上がった。シルリィレーアがジュリアンに紹介しろと言ったのだから、ここでカインが勝手に自己紹介するのも失礼に当たる。カインはジュリアンが紹介してくれるのを待った。


「寮で同室になったカインだ。隣国のリムートブレイクから来た留学生であっちの公爵家の長男だ」

「カイン・エルグランダークと申します。まだサイリユウムの言葉と文化に慣れておりません。失礼がありましたらご指摘ください。お会いできて光栄です、レディ」


「シルリィレーア・ミティキュリアン嬢だ。ミティキュリアン公爵家の長女で私の筆頭婚約者だ。仲良くしてやってくれ」

「シルリィレーア・ミティキュリアンと申します。お会いできて光栄ですわ、エルグランダーク様。ジュリアン第一王子殿下のご友人ですもの、私の事はシルリィレーアとお呼びくださいませ」

「ありがとうございます、シルリィレーア様。では私のこともカインとお呼びください」

「ふふふ。仲良くしてくださいね、カイン様」


シルリィレーアはニコリと笑って右手を出した。カインは自分も右手を差し出してシルリィレーアの手をギュッと握った。先程ジュリアンからこの国の挨拶は握手だと教わったからそのとおりにしたのだったが、シルリィレーアは目をまんまるくして驚くと、ツイっと視線を横に座るジュリアンに向けて釣り上げた。


「……カイン様。女性と男性がかしこまった挨拶をする場合、女性から差し出された手を男性が取り、軽く腰をおとして額を手の甲につけるのですよ。その後、今度は男性が手を差し出し女性はその手のひらの上に自分の手をのせてその手の甲に額をつけるのです。手のひらではなく手の甲を向けることで敵意がないことを示し、額をつけることで…頭を差し出すことで疑っていないということを表しているのだそうですわ」

「そうでしたか。手を握り合ってお互い武器を持っていないことを確認しあうのが挨拶だとつい先程教わったばかりでしたので。失礼をいたしました」


そう言ってカインは握っていた手を緩めてシルリィレーアの手を持ち上げると腰を屈め、その手の甲に額を付けた。その後、カインの差し出した手のひらの上に手を乗せて、シルリィレーアも自分の手の甲に額を付けた。


「手を握り合うのも挨拶ではないわけではありませんのよ。でも、男の子同士の友情の証としての挨拶…かしらね。女性に向けてはやらないほうがよろしいですわよ」

「ご忠告感謝します。シルリィレーア様」


挨拶が終わると、今度は体ごとジュリアンに向き合ったシルリィレーア。腰に手を当てて顎をツンと上げてジュリアンの事を見下ろしている。


「ジュリアン第一王子殿下。他国から来た留学生にあまりいい加減なことを教えるのはいかがなものかしら?今後の外交も見据えて同室にするんだ!とご自分で決めたことなのですからね。ちゃんと面倒を見て差し上げなさいな」

「シルリィレーア。悪かった。怒っているのだな?一月ほど顔を見せなかったから怒っているのだな?機嫌を直せ。ちゃんとカインの面倒も見る。シルリィレーアにも会いに行く。なにせ今日からはお互い寮に住むのだから頻繁に会えるぞ。会おうと思わなくても学校で会ってしまうしな。だから第一王子殿下などとよそよそしく呼ぶでない。ジュリアンと呼べ」

「会ってしまうとはどういう事ですか。まるで会いたくないのに会ってしまうという様に聞こえますよ、ジュリアン第一王子殿下?」


「言葉の揚げ足をとるなよ!会いたくないなんて言ってないだろ!どうしたら許してくれるんだよ!」


ついに、不遜な言葉遣いがなくなってしまった。おそらくジュリアンの素はこれなのだろう。顔が真っ赤になっている。それでも「もういい知らん!」とならずに許しを乞おうとするのだから、ジュリアンはシルリィレーアのことがちゃんと好きなのだろう。恋愛の好きかどうかは別にして。

シルリィレーアが「シルリィレーア愛してるって百回言ったら許してあげます」とかいい出したので、カインは退散することにした。


「ジュリアン様、私は先に部屋に戻ります。シルリィレーア様、また明日学校でお会いできるのを楽しみにしております」


そう言い残して食堂を後にした。

食堂からは「愛してる!」という叫び声が聞こえてきたが、友人の情けで聞こえないふりをしたカインだった。

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