サイリユウム留学編
寮で同室になったあんちくしょう
サイリユウム王国の王立貴族学校には王国内のすべての貴族子女が入学する事になっている。
貴族として登録されているが没落し、貧乏であったとしても例外ではない。そのかわり、申請をすれば寮費も学費も制服代その他もろもろ免除されるし学内アルバイトの斡旋もある。学生として平等に扱われる中で他家との結びつきができれば、卒業後に援助を受けて家を立て直す事も可能である。過去にもそう言った例はいくつかあった。
家が没落したのはその世代の責任ではなく、血筋が真っ当で優秀|(かもしれない)若者を親世代からの負債で埋もれさせるのは損失である。…という国の方針からできた制度なのだそうだ。
そのため入学試験は無く、進級試験と卒業試験がある。もろもろの免除は泣いても笑っても六年間のみの為、貧乏貴族の子はアルバイトに必死になりすぎて留年するなどは許されないのだ。
カインは自分にあてがわれた部屋の机に向かって座り、もろもろの学校案内や諸注意の書類に目を通していた。飛び級制度の確認や休みの日程の確認が主である。
部屋は二人部屋で、すでに同室の人物の荷物も置いてあったのであいていた方の机を使っている。
規則によれば、寮と学校を往復している範囲では学生はお金を全く使う必要が無いように出来ていた。寮の朝晩の食事と昼の学食は無料で、筆記用具も支給されるようだった。追加でデザートを食べたり、夜食を頼んだりするには別途料金が掛かると書いてある。おそらく、貴族らしく豪華に暮らすのであればお金がかかるのだろう。
ふむふむと校則や寮則などを眺めていたら、コンコンとドアがノックされた。顔をむけたら、そこにはカインより少し背が高いくらいの少年が立っていた。すでに全開に開け放たれているドアに寄りかかり、裏手でドアをノックしたらしい。カインの注意を引きたかったようだ。
「やあ、美しいお嬢さん。部屋で待ち伏せとは大胆なことだね。私との出会いが入学式まで待ちきれなかったのかい?」
長い前髪をかきあげながら少年はそう声をかけてきた。部屋にはカインしかいない。カインは黙って少年を頭から足先まで軽く観察して、視線を少年の顔に戻すと目を合わせた。
「初めまして。隣国、リムートブレイク王国から留学してきたカイン・エルグランダークと申します。同室の方ですか?」
自分が女性と間違えられたのか、もしかして彼にしか見えない女性がこの部屋に居るのか、なれない言葉で聞き間違えたのか判断が付かなかったので、カインは少年の言葉を無視して挨拶をした。
声変わり前だが、ちゃんとカインの声は男の子の声である。前髪をかきあげてカッコ付けていた少年は呆然として口が開いたままになっていた。
あ、これは女の子だと思って声をかけたなとカインは理解した。この長い髪の毛のせいだろうかとゆるく三編みに結んでいる髪の先をつまんで見つめた。ぽいっとみつあみを背中側に放り投げると椅子から立ち上がった。
「失礼?僕の言葉は通じませんか?この国の言葉を勉強してきたのですが、実際にこの国の人と話すのは初めてなので心配です」
嘘だった。
ここに来るまでの宿場町で宿の人間や近くの商店などの人たち相手に会話が何処まで通じるか話かけまくっていた。単語や慣用句などで聞き取れなかったり意味が良くわからない時はあるが、日常会話はちゃんと出来ていた。
フリーズしていた少年がようやく気を取り直したようで、ドアから身を起こすとカインの直ぐ側まで歩いてきた。上から下からマジマジとカインの顔と体を観察していたが、納得したのか大きく頷くと胸を張って見せた。
「私を知らないとは不敬である。が、留学生ならば仕方がないな。自己紹介しようじゃないか!私の名前はジュリアン・サイリユウムである!この国の第一王子だ!崇め奉れ!褒め称えよ!」
「知らないとはいえ、先程は座ったままでの挨拶失礼いたしました。改めまして、カイン・エルグランダークと申します。ジュリアン王太子殿下のご拝顔叶いましたこと、恐悦至極でございます。お噂は我がふるさと、遠き隣国の地でもお伺いしております。伝え聞いた通りの麗しいお姿、眩しく輝いているかのようでございます。その立ち姿も凛々しくさすが次代を担う王子殿下でいらっしゃる。王気と申しましょうかただならぬオーラを感じます。さぞやお強くそして賢いお人であらせられるのでしょう、そのお人柄が滲み出しておりますね」
「カイン。崇め奉り褒め称えよとは言ったが、そこまで褒めなくても良い。いっそ悪口を言われているかのようだ」
「そうですか」
「今日から同室だ、かしこまらなくて良い。ジュリアンと呼ぶこと許す。私もカインと呼ぶ」
「かしこまりました、ジュリアン様」
カインの知っている王族は王妃殿下とアルンディラーノだけだったが、そのどちらとも違う方向に王族らしい王族が出てきたなぁとカインは思った。
そして、王族も寮生活な上に同室なのかと、この国の方針の徹底ぶりにカインは感心したのだった。
「ところでカイン、お前に姉か妹は居ないか?」
「いません」
なんてことない顔をしてカインは嘘を吐く。ジュリアンがこの国の第一王子だというのであれば、攻略対象の一人である「隣国の第二王子」の兄のハズだ。ということは、正妃も側妃もいるくせにディアーナとまで結婚しようとする不届き者である。ディアーナは弟が兄に押し付けた形ではあるが。
そんな女たらしにディアーナの存在を知られるわけには行かない。目にも映させない。
王族だけあって見た目はとても良い。きっとモテるのだろう。カインを女性と間違えてかけてきた言葉からして、モテるしチャラいのだろう。
カインは心の警戒レベルを上げた。
「居ないのか、残念だな。お前の姉か妹ならさぞかし美人だろうに」
「そうですね。僕の見た目は美しいですから」
カインは自分の容姿を謙遜しない。今のカインの顔にもだいぶ慣れてきたが、前世の自分の姿を知っているのでカインは今の自分の姿は美しいと素直に思っているし、武器に出来る場面では武器にしている。
「先程のは、ブレイク国の挨拶だな。ユウムでは挨拶の時は手を握る。お互いに武器を持っていない事を証明し、利き手を相手に預けることで信頼しているということを表すんだ」
そう言ってジュリアンは右手を差し出してきた。なるほど握手ね、とカインは思って自分も右手を差し出すとグッと握られた。ギュッギュッと握られながら軽く上下に振りながら、ジュリアンは先程までのチャラ男顔ではなく、男の子らしい無邪気な顔でニカっと笑ったのだった。
「よろしくカイン。二人で学校の女子生徒どっちが多くモノにするか競争しようぜ」
「よろしくおねがいします、ジュリアン様。謹んでお断りします」
カインの、サイリユウム王国での友人第一号は第一王子殿下ということになったのだった。
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