神渡り 1
読んでくれてありがとうこざいます
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いよいよ、年末が近付いてきた。
年末年始、リムートブレイク王国では神渡りという祭りが行われる。
地上を見守っていた神様が神界に帰って行き、交代で新しい神様がやってくるという神事だ。
神様に特に具体的なご利益や謂われなどが無いせいか、現在は信仰が薄くなり神様の威光はあまり高くない。
しかし、神渡りはお祭りとして人々の中に定着しているので信心深くない人たちもこの神事をおおいに祝う。それはもう盛大に。
一年間見守ってくれていた神様を労うためにご馳走を用意し、神界へ帰るのを見送るために一晩中灯りをともし続ける。
そして、年明けの鐘が鳴ると今度は新しくやってくる神様を迎えるために、引き続き灯りをともし続け歓迎するためにご馳走を用意する。
つまり、年越しをするときに一晩中どんちゃん騒ぎをするというイベントなのである。
この日は街道のあちこちに屋台がでる。食べ物を売る屋台や酒を売る屋台、怪しいご利益グッズやおもちゃを売る屋台、占い屋台などなんでもかんでも屋台が出る。
家の不要品を片づけたいだけとしか思えない商品ラインナップの屋台などもあるが、それはそれで需要があったりもするらしい。
飲食店でも何でもない人たちも勝手に屋台を出して食べ物を売るので、当たり外れが結構あるらしい。
信心深くない為に普段はあまり神殿に縁がない人達も、この日ばかりは神様を送って迎えるために神殿にやってくる。振る舞いの食事や飲み物を奉納していくのだ。
そのため、孤児たちも神渡りの日はお腹いっぱいにご馳走を食べられる日なのだとイルヴァレーノが言っていた。
ゲームのド魔学では、イベント発生時点で一番好感度の高い攻略対象者とお祭りデートをするというイベントが起こる。平民である主人公の案内で庶民街の屋台を楽しむという内容で、スチルが盛りだくさんである。
ゲーム内でキャラクターも成長する為、学園1年目~3年目と4年目~6年目ではスチル内容が変わる。スチルコンプの為にはセーブ&ロード必須の中々に実況者泣かせのイベントであった。
ちなみに、カインは登場時から高学年だし先生はすでに大人なのでスチル内容は変わらない。プレイヤーに優しいキャラクターである。
この世界でも一年は12か月に分かれており、月の名前にはその季節の花の名前が付けられていた。
しかし、一般的には利便性の為に1月~12月と数字で呼ばれることの方が多い。世の中そんなものである。
12月も半ばになれば、各教科の家庭教師の先生方もみな忙しくなってしまい今年の授業はすべて終了となった。
イアニス先生は来年の研究予算確保のための資料作りに忙殺されている。
クライス先生は所属している楽団が年末年始に演奏を行うのでその練習に明け暮れている。
ティルノーア先生はこの時期、光る魔石作りに追われて休みもないと言っていた。
サイラス先生とセルシス先生は特に予定も無い様だったが「他がそうなら、もうこちらも休みにしちゃいましょう」という事でお休みになった。
近衛騎士団も年末に向けて要人警護の仕事が増えているため、訓練は中止になっている。
ちなみに、ティルノーア先生は12月に入った時からカインやイルヴァレーノ、ディアーナにも光る魔石作りを手伝わせて「内緒だから」と言ってお小遣いをくれていた。
ディアーナはサイズの小さい光る魔石を一つ貰って「ディアーナ箱」に大切そうにしまっていた。
「今年は、寝ないで鐘を鳴らしたいです。お兄様」
「昨年は寝てしまったもんねぇ、ディアーナは」
カインは一日中ディアーナと一緒に過ごす事ができてとても機嫌が良かった。
今日もカインとディアーナは、カインの私室のソファに並んで座って刺繍をしていた。
ちなみに、ディアーナの言っている鐘とは年明けの鐘の事だ。
12月最終日に王城前広場に
普段は寝ている時間に起きていられるだけでも楽しみなのに、この鐘を鳴らすのが神渡りでの子どもたちのもう一つの楽しみでもあった。
王城前広場はその日は開放されており、鐘を鳴らすのはもっぱら平民の子どもたちだ。
貴族の子たちは、親から止められて鐘を鳴らすのに参加できない子もいたが、平民風の服を着て参加する貴族の子は多かった。子どもたちがどんどん鳴らすので、108回どころではなく鐘は朝方までなり続く。
昨年は、ディアーナとカインで一緒に並んでいたが途中でディアーナは眠気に負けて寝てしまったのだ。特に鐘を鳴らすのに興味のなかったカインはディアーナを背負って王宮の前庭まで戻ったのだった。
「今年は、お昼寝しておくかい?」
「でも、お昼にも楽しい事沢山あるから、寝てるともったいないもん」
「そうだよねぇ。じゃあ、今日から夜更かしの練習する?」
「する!夜も遊ぶ!ディねぇ、ニーナごっこする!」
「ニーナごっこは、お父様お母様にバレて怒られてしまうよ。ニーナごっこは昼間にして、夜は音を立てないで内緒の遊びをしようよ」
「お父様とお母様には内緒ね!ナイショ!ふふふっ」
2人でおしゃべりをしながらも、刺繍は完成していく。
カインの刺繍枠の中には、小さな青い鳥が赤い花を咥えている絵が出来上がっていた。
ディアーナの刺繍枠の中には、茶色い棒のようなものが刺繍されていた。
2人の手元を覗いたイルヴァレーノが、首をかしげながら声をかけて来た。
「ディアーナ様のそれは、なんでしょうか?」
「ふっふーん。アリアードだよ!」
「聖剣アリアードだね!良く縫えているねぇ。ディアーナは何をやらせても上手だねぇ。この、先にできている玉結びはアリアードの先についている葉っぱを表しているのかな?」
「そうなの!お兄様はアリアードに詳しいね!」
先日、ディアーナが庭で拾った聖剣アリアードは今はカインの部屋に置いてある。
まだ両親と一緒に寝ているディアーナには私室が無いため、両親の寝室に置いておくと捨てられてしまうからだ。大人にはこのロマンがわからないのだ!とカインはディアーナの味方になり両親と大喧嘩して、カインの部屋でアリアードを保管する許可を勝ち取ったのだった。
秘密基地を勝手に解体されてしまった過去があるため、現在聖剣アリアードには「宝物なので捨てないで!」というメモがリボンで結び付けられている。
カインはディアーナと自分の刺繍を枠から外し、糸の始末が出来ているかを再度確認したら綺麗にたたんでイルヴァレーノへと渡した。
「これを孤児院の売り物に足しておいてよ。少しでも売り上げに貢献できるといいんだけど」
「ありがとうございます。きっとみんなも喜びます」
「ディのアリアードもすっごい人気でるよ!」
「そうですね。何せ、聖剣ですもんね」
「うん!」
イルヴァレーノは、2枚の刺繍済みのハンカチを受け取ると大切そうに鞄にしまった。
孤児院は、毎年神殿の神渡りの神事のお手伝いをして奉納されたご馳走を食べて終わっていた。
今年は、神殿前に屋台を出して皆で刺繍したハンカチを売ってみようという話になっている。
カインがお下がりの刺繍枠を寄付して以来、孤児たちは雨の日や寒い日などは食堂で刺繍を練習するようになっていた。時々、上手にできたものがイルヴァレーノ経由でディアーナやエリゼにプレゼントとして届く。エリゼがそれを貴族の婦人として使う事は決してなかったが、受け取る時はいつもニコニコと嬉しそうにしていた。
エリゼが無地のハンカチと刺繍糸を時々寄付しているので、孤児たちの刺繍済ハンカチの在庫は少なくない。最初は、それを普段施しをくれる街の人にお礼として渡そうとしていた。しかし、雑貨屋の店主にハンカチを渡そうとした時に、店を手伝いに来ていた少女から「それを貰えるときっと皆喜ぶけれど、それを売って得たお金でお客様として来てくれたらきっともっと喜んでもらえるよ」と言われたのだ。店主もその方が良いとうなずいてハンカチを受け取らなかったのだ。孤児達はそれをイルヴァレーノに相談し、イルヴァレーノがカインに相談した。
カインは、まずその雑貨店に商品として卸すことを考えた。しかし、商品は孤児達の手づくりなので安定供給ができるわけでもないし、刺繍の出来にバラつきがある。商品として店に並べるのには向かないなと考え直した。
神殿にお土産コーナーみたいな売店を設置するのも、店番が必要だったり人の出入りが少ない神殿ではそもそも客が来ない。
フリーマーケットがあればいいのにというところまで考えて、そうだ神渡りの時に屋台を出したら良いじゃんと思いついたのだった。
神渡りでは神殿に来る人も多い、一日限りの屋台営業なら神殿もしくは孤児たちの負担も少ないんじゃないかと思ったのだ。
今回の屋台が成功すれば、在庫がたまった頃にバザーを開催するのもありかもしれない。なんにせよ、まずは今回の屋台を成功させなければならないので、カインはわずかながらでも貢献しようと商品提供をしているのだった。
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ご心配おかけしました。
またよろしくお願いします。
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