理想の花嫁像とは

いつも読んでくれてありがとう

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早朝のエルグランダーク邸。その、正門前。運動着を着た子どもが3人並んで体操をしていた。


「腕を前から上にあげて背伸びの運動ー」

「いっちに、さんし、ごーろく、しちはち」


「足を大きく開いて屈伸運動ー」

「いっちに、さんし、ごーろく、しちはち」


「ディアーナ、体暖まってきた?」

「はい!」


ディアーナは、若草色の運動着にマフラーを巻いていた。ポンポンの付いた、カインの編んだ毛糸のマフラーだ。

マフラーを外す様子がないので、身体は言うほど暖まってないのだろう。


「じゃあ、走るか」

「走るの?」

「走るよ」


体力づくりのためのランニングなので、ゆっくり走り出す。

走った先で何か面白い遊びが始まるのだと思っていたディアーナは、最初は楽しそうに走っていたが裏門まで来たあたりで息切れがしてきて、正門に戻ってきた時には遊び要素が無い事に気が付いて座り込んだ。


「遊んでない!お兄さま嘘ついた!」

「うそなんてついてないよ。イルヴァレーノと朝から遊んでるなんて言ってないからね」

「ずーるーいー!」


息切れをして疲れて座り込んだはずのディアーナが元気よく地団駄を踏む。

元気じゃん、と思いながらもカインとイルヴァレーノは「じゃあ僕らはもう一周走ってくるから」と言って走り出してしまった。


早朝なので、正門の警備をしているのはアルノルディアとサラスィニアではなくヴィヴィラディアという騎士だった。

ヴィヴィラディアは深夜から早朝にかけてを警備することが多いのでディアーナとはほとんど面識がなかった。

男子二人が戻ってくるまで暇だろうと声を掛けようと思ったが、このくらいの小さい女の子になんて声をかけてよいのか全く思いつかなかった。

成人して領地で騎士になり、慣習として公爵家の警護に付くために王都に来たばかりでまだ若い。子どももいないし長男なので姪っ子も甥っ子もいない。

小さな子の扱いなんてさっぱりわからない。暇つぶしの相手になろうとは思うものの、下手に声をかけて泣かれでもしたらどうしていいかわからない。

でも、男子二人が戻ってくるまで無言で二人きりでいるのも耐えがたい。どうしたものか。

手を上げたり下げたりしながら、言葉を探しているヴィヴィラディアの前に座り込んでいたディアーナが突然立ち上がった。

そして振り向くと、淑女の挨拶のポーズを取る。


「ごきげんよう。私はディアーナと申します。初めてお目にかかりますね、お名前をお伺いしてもよろしいかしら」


運動着を着た小さな女の子が、突然しっかりとした淑女の挨拶をしてきてヴィヴィラディアは面食らった。

咄嗟に左手で右手首をつかみ、右手のこぶしを胸に当てて背筋を伸ばした。

領地の騎士団に入るとまず教わる騎士の礼のポーズだ。


「ヴィヴィラディア・ランドルースと申します。ディアーナ嬢。お会いできて光栄です」


きちんと挨拶を返されて、ディアーナはフンスと鼻息を荒くしてドヤ顔をした。淑女の礼が台無しである。子ども扱いせずにきちんと挨拶を返されたので満足したらしい。

それをきっかけに、どうでもいい話をぽつりぽつりと二人でしていたら、男子二人が一周回って戻って来た。

ヴィヴィラディアは二人の来る方向に体を向けると手のひらを開いて待ち構えた。カインとイルヴァレーノが、すれ違いざまにヴィヴィラディアとハイタッチをしていく。

パチンパチンと小気味よい音を立てて手のひらをぶつけてすれ違う二人をみて、ディアーナが目を丸くした。


「なにそれ!なにそれ! ディもする!ディーもパッチンする!」

「だーめ。これは一周回って来た人しかできないんだよ」


ディアーナとハイタッチするためにヴィヴィラディアは屈もうとしていたが、それを遮ってカインがダメ出しをしてしまった。

中途半端な体勢になってしまったヴィヴィラディアは広げていた手のひらをグーパーグーパーしてあさっての方向を見ながら何となく姿勢を正した。


「じゃあ、ディも走る!」

「もう、疲れ治った?走れる?」

「走れるもん!」


その場駆け足をしていたカインとイルヴァレーノは、真ん中にディアーナを挟んでまた走り出した。

結局その日は、カインとイルヴァレーノが10周走る間にディアーナは休みを入れつつ3周走ったのだった。

ハイタッチと走っている間の内緒話が楽しかったのか、次の日からもディアーナは朝のランニングに(時々さぼりながら)参加するようになったのだった。





ある日の朝食の場で、ディスマイヤが改まった顔をしてカインに質問をした。


「カイン。好きな女の子はいるかい?」

「ディアーナですが」

「ディもお兄さま好き!」


ディアーナに好きと言われてデレた顔をしたカインがフォークを置いてディアーナの頭を撫でている。ディアーナも頭を撫でられてまんざらでもないという顔をして、もっと撫でてもいいのよと言うように頭を寄せてきている。


「ゴホン。ちゃんとご飯を食べなさい。‥‥そうではなくて、結婚相手にと望む相手などはあるかい、カイン」

「知り合いの女性というと刺繍の会の御婦人方ばかりですので、そもそも歳の合う相手がおりません」

「そ、そうか。そうだな」


ディアーナの王太子との婚約阻止ばかり考えていたが、そういえばカインは自分が公爵家の嫡男だった事を父の言葉で思い出したのだった。

ド魔学のゲーム内で、カインルートでは婚約破棄という話は無かったはずなので、学校に入って3年経つまでは少なくとも婚約は無いと思っていた。

ただ、そこまで全く話が無かったというのは確かに考えにくい。もしかしたらゲームのカインは親と不仲だったために勧めてくる縁談を片っ端から突っぱねていた可能性もある。


「例えば。例えばだ。すぐにどうこうという話ではないのだけどね。カインはどんな人がお嫁さんに欲しいとかあるかい?」

「ディアーナの事を愛してくれる人で、僕がディアーナを優先しても嫉妬しない人ですね」


ディスマイヤは、安心していいんだか悪いんだかわからないカインの答えに、暗い目をして目玉焼きの黄身をつぶしながらつぶやいた。


「一応、ディアーナ以外の人と結婚する気はあるんだね…」

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体調不良のため、明日と明後日は更新をおやすみさせてください

すみません

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