お父様とデート2

いつも読んでくれてありがとうございます

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ディスマイヤに見せられたメニューをじっくりみているディアーナは、どれもこれも聞いたことのない名前ばかりで迷ってしまってなかなか選べなかった。

うーんうーん、こっちはどんなのだろう、あっちはどんなのだろうと視線をあっちこっちに移動して、ページをめくったり戻したりしていた。

にこにことそれを見ていたディスマイヤは、店員を呼ぶとメニューにあるケーキをすべて1つずつ持ってくるようにと注文した。


隣の席のテーブルも寄せられて、十数個のケーキがディアーナの目の前に並べられた。

ディスマイヤの前にはティーカップが置かれている。

目の前に並べられたケーキを見て、目をキラキラさせて興奮した様子でケーキを眺め、1つずつ指をさしては「これは?」「これは?」と店員にケーキの名前を聞いては復唱していくディアーナはとても楽しそうだった。


一通り名前を聞いて、どれを食べようかと選んでいたディアーナだが選びきれなくなってきた頃に不安そうな顔になった。


「お昼ごはん前にケーキ食べたら、お昼ご飯食べられなくなるよ?」


首をコテンと倒しながら、ディスマイヤに困ったような顔を向けた。

ディスマイヤはニヤリと悪い顔をして見せると、人差し指を口の前に立てて「内緒だよ」と小さな声で言った。


「今日はお昼ご飯を食べた事にして、ケーキを食べよう。黙っていればわからないよ」

「いいの?」

「いいさ!」


ディスマイヤから肯定されて、ディアーナはまずイチゴのケーキを手元に置いた。

ディアーナは好きなものから食べる。イチゴのケーキはイチゴから食べていく。なぜなら、食べ終わる頃にイチゴが無いとしょんぼりした顔をすれば、カインが残しておいたイチゴをくれるから。

今日も、イチゴにぶっすりフォークを指すと大きく口を開けてイチゴを丸ごと口に入れた。フンフンと鼻息も荒く白いクリームのケーキを一個食べきると、次はどうしようかなとテーブルに並ぶケーキを眺めていく。


「お腹いっぱいになっちゃうから、全部は食べられないね」

「そうしたら、全部一口ずつ食べたらいいよ」

「食べきれないのは、お父様が食べる?」

「食べきれない分は、残せばいいよ。その分のお金は払っているからね、安心して残しなさい」


ディスマイヤは優しく微笑んでそう言うが、ディアーナは眉毛をさげて困った顔をした。

ディアーナは、いつもカインからお残しはゆるしまへんで!と変な方言ほうげんで言い含められていた。好き嫌いをしてはいけないよという意味の他に、食べきれないなと思ったら新しいものに手を付けてはいけないよという意味でも。

手を付けていない食べ物ならば、別の人が食べられるからだ。邸の食堂で3食出てくる料理は、料理人がディアーナの食べられる量を把握しているのでいつもちゃんと食べきれる。きちんと食べればカインが褒めてくれた。

母の来客に合わせた茶会で、スコーンやクッキーを半分ずつ食べて残した時にカインに優しく注意されたのだ。客人のお土産を、手つかずで残せば使用人のおやつにできるし、ディアーナの明日のおやつに残しておく事もできるんだよと。食べかけは捨てるしかないんだよ、と。


でも今、父であるディスマイヤは残していいと言う。お金を払っているから大丈夫だという。

それでいいのだろうか?と、幼いながらにディアーナは考えた。


「お父様、食べきれない分を持って帰っても良い?」

「うっ」


ディアーナは、カインの「手つかずで残しておけば明日のおやつにできる」という言葉に従うことにした。ここでは食べられるだけにしておいて、持って帰れば明日もケーキが食べられるし、カインやイルヴァレーノとも一緒にケーキが食べられる。

カインの喜ぶ顔を想像してウキウキしてきた。

しかし、ディスマイヤは渋い顔をした。


「ケーキを持ち帰ったら、お昼ご飯を食べずにケーキを食べたことがバレてしまうよ…?カインに怒られちゃうよ」

「あ!」


そもそも、お昼ご飯をケーキで済ませようというのがカインに内緒の話だったのを思い出したディアーナは目を見開いて、そして泣きそうな顔をした。

カインが喜ぶことを想像していた直後に、カインの困ったような怒り顔を思い出したからだ。

どうにか、この大量のケーキを残さずに、しかしカインにも怒られない方法はないかとディアーナはうんうんと腕を組んで考えていた…そして、思いついた。


「良いこと考えひらめいたー!!!」


そう叫んだディアーナは、ニッコニッコと良い笑顔でもう3つケーキを食べると残りのケーキを店員に包んでもらった。



石と、服と、ケーキを積んだ馬車は王都の西を目指してゆっくりと走っていた。

やがて馬車がたどり着いたのは、孤児院が併設されている神殿だった。

御者がドアを開けると、ディアーナは1人で飛び降りて神殿へと入っていく。ディスマイヤは珍しいものを見るかのようにあちこちを見ながらゆっくりと後を歩いてついて行った。


「おや。ディアーナ様。こんにちは」

「神殿長さま、こんにちは!」

「今日はカイン様は?イルヴァレーノは一緒じゃないのですか?」


カインやイルヴァレーノ程ではないが、最近はディアーナも時々孤児院に来るようになっていたので神殿長とは顔見知りになっていた。

それでも、ディアーナ1人でくることは無かったので、兄二人組や母が見あたらないことを神殿長は聞いていた。

ディアーナは後ろを振り向いて指を指した。


「お父様だよ!」


それを聞いた途端、孫を見るような顔でニコニコしていた神殿長がシャキンっと背筋を伸ばし、真顔で深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。西の神殿を預かるシモンズと申します。本日はようこそいらっしゃいました」

「うん」


神殿長のかしこまった挨拶に軽く頷いて答えたディスマイヤだが、ディアーナがその太ももをペチペチと叩くと厳しい顔をしてメッ!と言ってきた。


「ようこそって言われたら、お邪魔しますって言わなきゃだめだよ」

「えっ…うん?…えっと、お邪魔します」


それを受けて、神殿長は応接室へ案内しようとするが、ディアーナがその裾を引っ張って止めた。

振り返る神殿長へ向かって、ディアーナは良い笑顔でこう言った。


「お土産があるんだよ!」






孤児院の食堂で、みんなで並んでケーキを食べた。

ディスマイヤにはお茶が出されたが、子ども達はみんな水を飲んでいたのでなんとなく居心地が悪かった。

狭い長椅子に並んで座っているので、隣に座る子の汚れた服がディスマイヤの服とくっついてしまうのも気が気では無かった。

反対隣に座っているディアーナは気にすることなくニコニコと本日5つ目のケーキを食べている。

ディスマイヤとは反対の隣に座っている子どもと楽しそうに会話をしながら、味の違うケーキを一口ずつ交換していた。

ディスマイヤは背筋がゾワゾワとしてきてしまって、その場に居られなくなってしまった。


「ディアーナ。父様は先に馬車に居るので、食べ終わったら神殿長に馬車まで連れてきてもらいなさい」

「はい!」


ディスマイヤはディアーナを残して先に馬車まで戻ってしまった。



「アルンディラーノ王太子殿下も、孤児たちに混ざって遊んだとは聞くが…。しかし、今日のディアーナの諸々は貴族としてはあまり歓迎できる態度では無かったな…」


地べたにしゃがんで石を拾うなんて淑女のする事ではないが、ディアーナがまだ幼いからこれはまぁ許せないことはない。

ケーキは嗜好品である。食べたいだけ食べて、いらない分は残すなんていうのは別に恥ずべき事ではない。食べきれないものを持ち帰る方がディスマイヤにとっては恥ずかしかった。

そして、孤児へのケーキの差し入れは貴族からみれば施しである。

それを、一緒になって食べるなどどうかしているとディスマイヤは思った。

貴族であるエルグランダーク公爵家は支配者層であり、孤児や神殿長は支配されるべき平民である。

挨拶などは受けた事を示すのに相づちを打てば十分である。



「カインの影響なのか…?」


カインも王城へ通う以外はほぼ外出はしない。

家庭教師も性格がな者は居るがみな貴族出身であることは確認済みである。

感覚はどこから入ってきたのか?


ディスマイヤは子どもたちの今後について、改めて考え直すべき時なのではないかと思案するのであった。

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