もう1人の転生者
―――――――――――――――
ゲームの舞台となっているこの国の名前はリムートブレイク王国という。
ゲームでは隣国の第2王子が自己紹介する時くらいしか出てこない名前なので、プレイヤーとしては記憶に薄い名前だ。
カインにとっては産まれた国なのでもちろんしっかり記憶しているが、今生でもやっぱりいまいちな名前だと思っている。
「リミットブレイクで限界突破のつもりだったのかな」
出勤する父と一緒に馬車に乗っているカインは、街並みを眺めながらつぶやいた。
そのリムートブレイク王国の、王都ランドプレーメは城郭都市になっている。
まず、王族のプライベート空間である王宮と執務系機能が詰め込まれた王城をぐるりと城壁が囲み、そこから放射状に広い街道が街の外側へと延びている。
王城に近いところから高位貴族の屋敷が並び、次いで中位から下位の貴族たちの屋敷が並ぶ。
そこから先は広い道を挟んで市民街となる。
平民の家や職人の工房や八百屋や雑貨屋などの商店などが雑然と建ち並んでいる。
市民街の外側には、街をぐるっと囲むように城壁が建っており、その外側には堀が掘られていて、近くを流れる川から水が引かれている。
カインの邸から王城へ向かうには、道の広さの関係で一旦貴族街と市民街の間の街道へ出てからぐるりと街を四分の一周する必要があった。
カインは窓の外を眺めてぼんやりしていたが、目の端を鮮やかなピンク色がかすめたのに気が付いた。
椅子から腰を上げて、窓の外の流れる景色を追うように後ろを見ると、道の端を駆けていく小さな女の子の後ろ姿が見えた。
ピンク色はその女の子の髪の毛の色だった。
「おかあさん!お薬貰ってきたよ!栄養取るのに卵もどうぞって!」
木戸を勢いよく開けて、小さな女の子が部屋に飛び込んでくる。
クリクリの金色の瞳に、鮮やかなピンク色の髪の毛。走ってきたせいで桃色に染まっている頬が可愛らしい顔をより一層愛らしくしていた。
息を切らしながら、小さな紙袋に入った包みを母親に手渡した。
「ありがとう、アウロラ。走らなくても良かったのに」
母親は走って汗をかいているアウロラの頬や首筋を優しく手ぬぐいで拭ってやると、優しく頭を撫でた。
アウロラは嬉しそうに笑うと「だって早くおかあさんに良くなってほしいから」と言って母親に抱きついた。
夕方になると、アクセサリー工房で働く父が帰ってきたので家族三人で食卓を囲む。
「今日はアウロラがご飯を作ってくれたのよ」
「卵入りの麦粥だもん。煮込むだけだから大したことないよ」
「まだ4歳でそれだけできたらすごいことだ」
テーブルを挟んで向かいに座っていた父が腰を半分浮かして乗り出し、腕を伸ばして頭を撫でてきた。
「もー!ご飯中だよ、お父さん!」
アウロラは頬を膨らませて怒るが、その怒った顔すら可愛らしい。
「そうだ、アウロラ。アクセサリー工房に新しく住み込みの子が来たんだ。手先が器用で見込みがあるんで、発注書やデザイン書を書けるように字を教えてやってほしい」
アウロラはまだ4歳だったが、もう読み書きがきちんとできた。
それだけでなく、買い物に連れて行った時に加算減算だけでなく、乗算と除算も出きる事がわかり、近所では天才少女と呼ばれていた。
「いいよ。同じくらいの子?」
「いや、もう7歳になる男の子だ。少しは文字が読めるらしいんだがな…」
「ふぅん」
平民にも、勉強を教える施設等はある。学校というよりは塾に近い形式で、習いたい教科のみ習える。
商家の生まれの子なら、算術と読み書きを、工房の職人の子なら読み書きだけを…と言った感じで、家業の手伝いの合間に通うことができる。
それでも金がかかるので、近くにできる人がいればお願いするなんてことは良くあることだった。
食事もおわり、アウロラは自室に戻ってベッドへ倒れるように横になった。
「マジおかしくねぇっスか?今日もイル様と出会わなかったんスけど。皆殺しルートの過去回想シーンにあった優しい思い出ってのが起こらねぇんスが?」
小さな愛らしい女の子の姿から発せられるには違和感のある口調で、アウロラは独り言を呟いた。
ゴロリと寝返りを打って仰向けになると、腕を目の上に乗せてふぅとため息を付く。
「それにしても、平民だと勉強の機会無さすぎ。コレで奨学生枠でド魔学に入学するとか無理ゲー。前世知識無しでそれを成し遂げるとかアウロラたんマジ神童。さすが主人公属性」
そこまでつぶやいて、ガバリと身を起こしたアウロラは目を見開いてガッツポーズのように両手の拳をグッと握った。
「待って待って待って。アウロラたん本気で転生者ってのが明かされてない裏設定って可能性が微レ存では?オイオイオイやばいーこれはヤバイですぞ。拙者、宇宙の真理に一歩近づいてしまったかもしれぬでござる」
そこまでしゃべって、またボスンと音を立ててベッドに倒れ込む。
「なわけねーっつの…。あー…ゲームしたいッスよ…娯楽無いのマジツラタン」
アウロラはしばらくブツブツと独り言を呟いていたが、やがて寝息を立てて寝てしまった。
剣術訓練から帰宅して、自室に戻ったカインはイルヴァレーノを呼んでソファに座らせた。
「お前、市民街とか行った事あるか?」
「そりゃあ…。孤児院がありますので、街には行きますよ」
「西地区だけか?」
「ええ。他の場所には用事もありませんし」
今日、ピンク色の髪の少女を見かけたのは南側だ。王城の正門が南側にあるので、馬車は西側から大通りを通り抜け南に向かって進むのだ。
「いいか、これからは誰かに何かを頼まれたとしても、南側の市民街には行くな。俺から行くなと言われているからとか言って断れ」
カインの真剣な顔に、思わずゴクリとのどを鳴らすイルヴァレーノ。そもそも最近は孤児院に行く以外では邸の外にも出ないので、いらぬ心配ではあった。
それでも、カインは万が一すら許したくないのだった。
「わかりました。そもそも、僕はカイン様の侍従ですから他の人から外にでる様な用事を言いつかることはありませんから」
その言葉を聞いて、カインは大きく頷くとふぅーと息を吐き出した。
「お前にとって、良い思い出ってなんかあるか?」
いかにも雑談だよという顔に切り替えて、カインはイルヴァレーノに質問した。
イルヴァレーノは斜め上に視線を投げてしばらく考えていたが、やがてカインの顔を見つめ返してこう言った。
「奥様に、赤い刺繍枠と針箱を戴いた事でしょうか?僕自身の…僕だけの持ち物を手に入れたのはあれが初めてでしたので」
カインの青い刺繍枠と、色違いでお揃いの赤い刺繍枠。カインが刺繍を始めるときに巻き込まれて刺繍を指していたら母エリゼから贈られたものだった。
イルヴァレーノは最初別の思い出を語ろうと思ったが、それを目の前にいる人物に語るのは恥ずかしいと思い直し、刺繍枠と答えたのだった。
「そうか」
と頷いたカインの顔は、嬉しそうに目尻を下げて微笑んでいた。
―――――――――――――――
誤字報告いつもありがとうございます。
感想も沢山ありがとうございます。時間できたら読ませていただきますので!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます