寄り道:カインの冬支度
騎士団との訓練から帰宅し、カインは自室のソファに座ってマフラーを編んでいる。
一本目は編み始めを何度も解いて編んでを繰り返していたせいで端がヘロヘロになってしまっていた。そのため、完成したマフラーはイルヴァレーノのものになった。
2本目は最初から最後までやり直すことなく編めたので自分の分にした。
自信を持って挑める三本目のマフラーは、両端に大きなポンポンを付けてディアーナにプレゼントした。
ディアーナはマフラーを貰った日は室内でもどこでもマフラーをつけたまま歩き回って家中で自慢して回っていた。
カインは今、四本目のマフラーを編んでいた。
考え事をするのに刺繍や編み物は最適だった。これから寒い季節になっていくので刺繍よりは編み物だろうとマフラーを編んでいた。
ポンポン付きのマフラーをしたディアーナが天使かと思うほどに可愛かったので、おそろいで帽子と手袋を編もうかとも思ったカインだったが、考え事をするために編み物をしているので、複雑なものを編むのはやめておくことにした。
騎士団の訓練から帰宅して、今はカインの空き時間だ。
イアニスが別室でディアーナとイルヴァレーノに勉強を教えているので、カインの体があくのだ。
カインは原作ゲームを思い出しながら、黙々とマフラーを編んでいく。
「最悪の皆殺しエンドは、一応回避したと言って良いか…?」
幼い頃に主人公に優しくされた思い出を胸に、裏稼業をやらされ続けたイルヴァレーノが主人公に再会し、主人公と自分以外全てを殺して2人の世界を作るというエンディング。ゲームではぼかされていたがファンの間ではその後2人も心中したんじゃないかと言われていた。メリバエンド好き一押しのエンディングで意外と人気は高かった。
「イルヴァレーノと主人公の過去エピソードを無かったことにしたし裏稼業も今のところ復帰する素振りはないしな…」
カインの父が金で話を付けても、接触してきて頻度を落として仕事をさせていた裏組織。上位組織と下位組織の連携がいまいちだったのか、組織内の誰かの独断だったのかは解らないが。
それも、下位組織はもはや無くなったので復帰することはしばらく無いだろう。
「王太子ルートを回避するためには、ディアーナを王太子の婚約者にさせないことが必要なんだがなぁ…」
ディアーナという婚約者がいながら主人公に心引かれた王太子は、婚約破棄はせずに一度はディアーナと結婚する。しかしそれは書類上の話で、すぐに地方の年寄り貴族に下賜してしまう。
それを避けるには主人公と王太子を恋仲にさせないか、ディアーナと王太子の婚約を阻止するしかない。
他人の心なんか動かせるものではないので、婚約させない方が確実である。
「そもそも、ディアーナはあんなに可愛くて素直で優しくては愛らしいのに、なんで
子どもであるカインでは、親同士が決める婚約をひっくり返すことは難しい。
それでも、自分はその婚約を歓迎しないというアピールはやっていかなければならない。
ことある事にディアーナは嫁にやらない。ディアーナを王妃になんてさせない。ディアーナを王太子と結婚させない。と親とディアーナに言い続けている。
どうも、兄バカこじらせて嫁にやりたくないだけと思われている節はあったが「2人の気持ちもちゃんと聞いてからね」という言質はどうにか取っていた。
ディアーナに王太子は結婚相手としてふさわしくないと言い聞かせると共に、アルンディラーノに他の人をあてがえないかと考えていたが。
「デディニィさんには母性を見ていただけだったしな…」
とにかく今は、親に付いてあちこち外に出させて人とあう機会を増やさせてやろうと考えていた。
カインと2人で昼食を食べてる時や剣術訓練中の休憩時間などにふにゃふにゃになるアルンディラーノではお話にならない。
王太子連れで公務に出る事が普通になれば、それを見越して視察先に娘を連れてくる貴族も増えるだろう。
仕事中のアルンディラーノは比較的シャッキリしてるらしいし、そこでラブロマンスでも発生してくれれば御の字である。
「教師ルートと、隣国の第2王子ルートは今はどうにも出来ないしなぁ…」
教師ルートは、子爵家の次男だか三男で王宮魔術師団への入団を目指していたが試験に落ち、仕方なく教職に就いたという人物が攻略対象だ。長男が当主となったら家を出て身分を無くさねばいけない身だった。
平民になっても魔術師団員でさえあればどうにかなったのに…とくよくよして無気力になっている所を主人公に励まされて心惹かれるのだ。それと同時に、公爵令嬢として相応しい点数を取るためにカンニングしていたディアーナを見て身分に拘るのは見苦しいと言うことに気が付き、主人公と一緒になってディアーナを糾弾する…その後主人公の家に婿入りして幸せになりました。というあらすじなのだが。
「なんでや。ディアーナは関係ないやろ」
思わず関西弁で突っ込むカイン。
「取りあえず、カンニングなんかしなくても良い成績を取れるようにディアーナに勉強させれば良いか…?」
一時期はカインと比べられるから勉強嫌いと言い出したディアーナだが、そのカインと一緒に勉強したり、イルヴァレーノと一緒に勉強したりする事で今は新しいことを学ぶのが楽しくなっているらしい。
授業が終わると新しく習ったことをカインに披露しに来てくれる。楽しそうだ。
ちなみに、カンニングを糾弾されたディアーナは、親からも家の恥曝しと言われて家を追い出されてしまう。わがまま放題に育てたと言うのに手のひら返しである。
「とにかく、まだ社交界に顔を出せるわけでもないし、教師になるハズの子爵家の次男だか三男だかとは接触のしようがないからなぁ…」
それは隣国の第2王子も同様で、今から何かを仕込むとしたら自分かディアーナの行動を変えるしかない。
隣国の第2王子ルートは、留学してきた王子が文化の違いに戸惑っているところに平民の主人公が私も貴族のルール良くわかんないなどと声をかけて親近感を持つのが始まりだ。
わからないままではいけないと2人でこの国の文化と貴族のルールを一緒に学ぶ内にどんどん親しくなっていく…という、前向きな内容なのだが。
国同士の縁を深めるために、第2王子にはこの国から嫁をとって貰おうという話が持ち上がり、公爵令嬢であるディアーナが候補にあがるのだが王子はそれを拒否。王子は主人公と結婚し、ディアーナは女癖が悪くすでに正妃も側室もいる第1王子の側室にされる。
「なんでや!ディアーナ関係ないやろ」
平民の主人公と第2王子が結婚できるならそれでええやろがい!とカインは毒づく。
第1王子の王位継承に反意はありませんと示すためにも平民を嫁にとるとか、王家に次ぐ権力がある公爵家から嫁を取れば第1王子派と第2王子派で派閥争いが起こるとかもっともらしい理屈を付けてディアーナを兄に押し付けた第2王子。
これは、もう今のところ手の出しようがない。
学校が始まってから、主人公より先に第2王子に声をかけ、この国の文化と貴族のルールを伝えるようにするか。
結婚による縁付けならば、アルンディラーノに向こうの王女を嫁入りさせたって良いわけだ。
「向こうの国に王女が居るかどうか調べてみるか…」
同級生魔導士ルートと年下後輩ルートも教師と同じ理由で今は手が出せない。
以前の刺繍の会のような王太子のお友達作りパーティなどが今後開催されれば、そこでそれらしい子を見つけられるかもしれないが…
とにかく、今はまだ子どもで社交もないのでそもそも出会えない。出会えなければ、ディアーナの可愛さをアピールして主人公に恋してもディアーナに辛く当たらないように仕向ける事もできない。
イルヴァレーノとアルンディラーノと関係が持てたのは運が良かったのだろう。
とにかく、今のところはディアーナを心優しいまっすぐな女の子に育てていくのが一番確実な方法だろう。
誰も彼もをディアーナの味方にしてしまえば良いのだ。
最悪、王太子殿下と婚約してしまって、そして王太子殿下が主人公に惚れてしまったとしても、ディアーナとの関係が良好であれば誠実な対応で婚約を白紙にしてくれるかもしれない。
カンニングしなければ教師からも糾弾されないし、優しくて可愛いディアーナを浮気者の兄王子に差し出したりしないかもしれない。
全てはまだ可能性でしかない。
「ゲーム開始時間までは、とにかくディアーナを可愛くて賢くて優しくて愛らしい女の子になるよう見守って導いてあげるしかないな」
色々と考えた割には、ディアーナを可愛がるしかないという結論に至ったカインだった。
手元には、三本のマフラーが出来上がっていた。
「あの、カイン様」
夕飯後に廊下を歩いていたカインに、執事が声をかけてきた。
「どうしたの?パレパントル」
「カイン様は最近マフラーを編んでいらっしゃるそうですね」
「うん。もうすぐ寒くなってくるしね。単純な柄のマフラーだと考え事に集中するのに丁度良いんだよ」
「さようでございますか。ところで、そのマフラーはいかが致しましたか?」
変なことを聞いてくるな、とカインは思った。
「最初に編んだのは、へたくそだったんでイルヴァレーノにあげたよ。二つ目はマシだったけどまだまだだったんで自分用にした。三本目は綺麗にできたんでディアーナにあげた。その後は、考え事しながら機械的に編んでたんでちょっとつまらない模様になったんで、庭師のお爺さんと、アルノルディアとサラスィニアにあげたよ。外の仕事は寒いもんね」
「マフラーは、それで全部でございますか?」
「今のところは、それで全部だけど…あ、パレパントルも欲しいの?」
マフラーの行き先や他にないか聞いてくるなんて、欲しいのかなと思って聞いたカインだが、執事はゆっくりと顔を横に振った。
「実はですね、旦那様が今日は自分の分か明日は貰えるか…と気にしておいででして…。お時間ある時に、もう一つ。できればもう二つ編んでは頂けないでしょうか?」
貴族である父と母が、外出するのに子どもの編んだマフラーなどしていけるものではないと思っていたので、カインは両親のために編み物をするなどこれっぽちも考えていなかった。
それを執事に伝えると
「身につけて出かけられるか出かけられないかではなく、貰えるか貰えないかが重要なのでございます」
と言われた。
まぁ、持ってるだけで満足するならとカインは少し凝った編み模様のマフラーを3日ほどかけて編み、両親にプレゼントした。
これから寒くなるとは言え、まだ小春日和で日差しの暖かいその日、父はマフラーをして仕事に行った。
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