可能性はたぶん無限大(無限大とは言っていない)
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その日の夜、仕事から帰って来た父ディスマイヤは夕飯後にカインを執務室へと呼びだした。
「王太子殿下の公務への参加は、カインが進言したと聞いたのだが…そうなのかな?」
向かい合わせに座っているディスマイヤからは、怒っている様な気配は感じられない。感情を隠すという貴族のたしなみを完ぺきにこなしているのか、本当に怒っていないのかはカインにはわからなかった。
「はい。アル殿下がご両親との時間が少ないと話しておられたので、なんとか王妃殿下との時間を作る方法が無いかを考えて、愚考ながら進言させて頂きました」
とにかくフラットに。平坦な声になる様に気を付けてカインは回答する。アルンディラーノをデディニィさんに押し付けようとしたら人妻だったので次善の策でしたなどとは言えるわけもない。
「僕も、剣術訓練に参加するようになってからお父様との会話の時間が増えました。僕は仕事までご一緒するわけではありませんが…、仕事に向かう馬車をご一緒させて頂くだけでも一緒に居る時間が取れるのだと気づきましたので、同じことを提案してみただけの事ですよ、お父様」
暗に、思いついたのは父のおかげですと責任転嫁を滲ませる。
「事前に、孤児院に連れ出して予行練習までさせたのだそうだね?」
「以前、殿下はディアーナを転ばせました。意地悪のつもりではなかったようですが、感情のすれ違いで強引に手を引くなんて行動に出てしまった結果です。
孤児院には同じ年頃だけでなく小さい子も僕と同じぐらいの年の子もいます。上の子が下の子の面倒を見る様子や大勢がちゃんと仲良く助け合っている場所に交じることで、殿下がディアーナを含め女の子たちに優しくなってくれたらいいな~。という思いでお連れしただけです。
予行練習のつもりなんかありませんでしたよ。お父様」
感情のすれ違い(?)でアルンディラーノの脳を焼こうとした自分の事は棚に上げるカインである。もちろん、本当は予行練習のつもりで連れて行ったので「そんなつもりはなかった」も嘘だ。
孤児院へ連れ出した事自体は、近衛騎士団副団長のファビアンが許可を取ったうえで出かけた事になっている。目を離したつもりもないのに子供二人を見失ったメイドはファビアンが許可を取りに行くまで中庭からいなくなっていることに気が付いていなかったらしく、書面上ではメイドからファビアンが二人を引き継いだ事になっているので特に問題はなかった。
何も問題のない行動ということになっているので、エルグランダーク家へは特に連絡も報告もなかったのだ。アルンディラーノと連れ立って外出するという事は、カインから事前に報告を受けているだろうと誰もが思っていた為だ。
カインの答えを聞いたディスマイヤは、深いため息をついて目をつむり。何事かを考えていた。
膝の上に置いた手のひらの、人差し指でトントンと膝頭を叩いている。そして、もう一度深く息を吐き出すと目を開けてカインの瞳をじっと見つめた。
「カイン。お前は、王太子殿下や王家の評判を上げるためにやったわけではないんだな?」
探るような目で質問をする。
「結果的にそうなったことは、喜ばしいことだと思います。ですが、そういった意図はありませんでした。アル殿下と王妃殿下がより仲良くなれれば良いなと思ってしたことなのです」
ディスマイヤの質問に、そう答えるカイン。
この回答内容については嘘はない。ただ、付いて行ったのに大失敗でしたでは親子関係がこじれてしまう可能性があったので、なるべく成功するように事前準備をしただけのことだった。
「分かった。私から行事選定の件についてはお断りする方向で話をしよう。それとも、やりたいか?」
「いえ。そんな責任重大な事は僕にはできません。是非お断りしてください。おねがいします」
「うん」
一旦、重大な話は終わったとばかりにディスマイヤはソファに深々と座り直し、背もたれに背も頭も預けてのけぞった。
「はぁ~~~~」
声を出しながら肺の中の空気をすべて出し切る勢いでため息をついたディスマイヤに、カインは珍しいものを見たという顔をした。
退出して良いとも言われていないので、とりあえず座ったままで父の行動を見守っている。
「カインが優秀すぎて
珍しく、エルグランダーク公爵当主の仮面が外れたな。とカインも肩の力を抜いてソファの背もたれに体重を預けた。
「派手な顔とは何ですか。顔はお父様とお母さま譲りですよ。まんべんなく二人に似てるじゃないですか」
「パーツの配置位置でこんなに美醜が変わるもんなんだねーと感心している所だよ!勉強も魔法も剣術も、なんか皆してカインの事すごいすごいって褒めてるし、もっと派手な仕事したらいいじゃないのさ。まだ子どもなんだから、夢は無限大だよ!」
「じゃあ、冒険者になりたいです」
「君は公爵家の長男だからー!!自覚はもってー!?」
「ほらね。夢にだって限界はありますよ」
王家に次ぐ権力を持つと言われている筆頭公爵家のエルグランダーク。その現当主のディスマイヤは両親を早くに亡くしている。祖父母は健在だが領地に引っ込んでおり、弟と一緒に領地運営をしている。
若くして筆頭公爵家の当主を継がなくてはならなかったディスマイヤは当時相当苦労したそうだ。
カインは時々、母エリゼから当時の苦労話を愚痴られていた。
ディスマイヤは法務省の事務次官という役職で仕事をしているが、それとは別に国に関する重要な事柄を王を含めて相談するための組織『元老院』のメンバーでもある。
元老院には『家』が所属するので、国内の公爵家4家と、建国から存在する老舗の侯爵家3家の合わせて7家の当主で構成されている。
二十代の前半、エリゼを嫁に貰って間もない時に当主となったディスマイヤはだいぶ苦労をした。70歳を過ぎてもなお息子に家督を譲らず元老院に居座り続けている侯爵家の老人にネチネチといびられたり、経験を盾になんでもかんでも言う事を聞かせようと理屈の立たない説得をされ続けたりしたのだ。
3年もすれば、何事にも動じない公爵家当主の顔と態度を取れるようになっていたディスマイヤだが、時々タガが外れると素が出て子供っぽい態度になる事がある。
今日がその時だった。
「こないだだってさ、ディアーナが淑女の挨拶を覚えたってんで披露しに来てくれたんだけどさ、『初めまして!』だよ!もう4年もお父様やってるのに!しかも、またカインの方が先に挨拶されたらしいじゃん!」
だんだん話が逸れて来た。こういう時は母エリゼに丸投げするに限る。カインは立ち上がって辞去の挨拶をしようとした。
「あー…カイン。行事を選定するのはお断りできると思うんだけどさ、もうスケジュール空けちゃってるとしたら、王様との謁見は避けられないかもしれない。そこはごめんね。友達のお父さんに会いに行くぐらいの気持ちで行って来てくれたら助かる」
「友達のお父さんて、そんなわけにいかないでしょう…。謁見については了承しました。ふさわしい服を買ってもいいですか?」
「いいよ。パレパントルに言っとくから好きにして」
今度こそディスマイヤに辞去の挨拶をして部屋を出たカインは、ディアーナにおやすみなさいの挨拶をしてから自室に戻ると布団に潜り込んだ。
布団からは、安眠効果のあるというハーブのにおいがした。
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いつも誤字報告ありがとうございます。助かっています。
感想も沢山ありがとうございます。励みになっております。
のんびりがんばります。
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