子どもはいつだって可能性のかたまりだ

いつもありがとうございます。

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家に帰るなり、カインは布団に倒れ込んでふて腐れていた。


「なんですか、帰るなり。ディアーナ様をお部屋までお運びできなかった事にふて腐れてるんですか?」


馬車の中で寝てしまい、ぐでんぐでんになっているディアーナは、さすがに7歳のカインでは抱いて寝室まで運ぶには体格が足りない。

毎朝毎夕のランニングのお陰で体力はあるが腕力がまだまだ足りない。

母エリゼが抱いて馬車からおろし、待ちかまえていた執事が部屋まで運んで行った。


「はぁ~~」


イルヴァレーノの問いかけに、大きなため息で答えたカインは今日の反省をする。


「ボコボコにしてやる予定だったんだよ」

「あぁ、王太子殿下ですね。出来なかったんですか?」

「出来なかった」

「なぜです?王妃様と奥様の目があったからですか?」

「違う…」


ゴロリと寝返りを打って、イルヴァレーノに背中を向けた。


「17歳と20歳とか、12歳と15歳では、そんなに圧倒的な差は付けられないかもしれないけど、7歳と4歳なら圧倒的な力の差ってのを見せつけられると思ってたんだ」

「まぁ、そうかもしれませんね?」

「今の内にボコボコにして、俺には絶対に勝てないって印象づけしておこうと思ってたんだけどさぁ」

「そう言うのを、トラウマって言うんですよ」


だって可愛かったんだもん。とカインは口の中でつぶやいた。


カインは前世で、知育玩具メーカーの外回り営業をやっていた。

営業先には保育園や幼稚園もあり、小さな子どもたちと触れ合う機会は多かった。試作品の遊び方を説明するために子どもたちに混じって一緒に遊んだり、試作品の反応や意見を聞き取るために子どもたちに混じって一緒に遊んだりしていた。


「ディアーナを守るために、排除しようと思ったんだよ」


子どもたちは、可能性のかたまりだ。

提供したおもちゃを思っても見なかった遊び方で遊んでいたり、狙った以上の効果を発揮したりするのをたびたび目にしていた。


「最初から意地悪な女の子なんていません…か」

「女の子にいじめられたんですか?」


昼間に自分でいった言葉だ。ディアーナの事を考えていった言葉だが、それはアルンディラーノに対してもいえることだ。

ついでにいえば、イルヴァレーノだってそうだ。最初から無慈悲で心を病んだ暗殺者なんて居ないのだ。


「意地悪に意地悪で返してはいけません」

「きれいごとですね」


これも、昼間に自分でいった言葉。

そもそも、ディアーナの腕を引いたアルンディラーノに仕返しをしようとしたカインが言えた話ではなかった。

カッとして。咄嗟に。魔が差して。

自制していても、抑えられない時というのはあるものだ。


「アルンディラーノ王太子殿下はさぁ」

「王子様はそんな名前だったんですね、舌を噛みそうですね」


「キラキラ光る明るい金髪の髪の毛でさぁ」

「カイン様とディアーナ様と同じ色ですね」


「手入れが良いのか、ふわふわしててさぁ」

「カイン様とディアーナ様はしっとり艶やかで美しいですよ」


「日に透かした若葉みたいな緑色の瞳でさぁ」

「カイン様とディアーナ様の夏の空のような深く青い瞳は吸い込まれそうで魅惑的ですよ」


「頬を染めて照れ笑いする顔は愛らしかったんだよなぁ」

「ディアーナ様を見つめるカイン様の、蕩けるような微笑みは傾国の危険すらある魅力ですよ」



ゴロンと寝返りを打って、カインは体をイルヴァレーノに向けた。頬が赤くなっている。


「なんなの。今日はなんでそんなに褒め殺ししてくるんだよ」


ようやく見えたカインの顔に、もう拗ねた表情がのってないのを見てイルヴァレーノはニヤリと口角をあげた。


「カイン様がわかりやすく落ち込んでたから、励ましてやってるんですよ」


刺繍の会からわかりやすく落ち込んで意気消沈し、ようやく浮いてきたと思ったら不意打ちで王宮に連れて行かれ、帰ってきたら即ふて寝を決め込んだカイン。

また寝込んでグダグダされたらイルヴァレーノとしてはやりがいがない。カインが元気がない間のディアーナのつまらなそうな顔も見たくない。

ほめ言葉だって、全く思っていない事でもない。元気になってまた一緒にランニングしたり、鍛錬したりしたいとイルヴァレーノは思っている。


「それはありがとう。気恥ずかしいからもうやめてくれると嬉しい…」

「元気になりましたか?」

「なった。なったから」

「それはようございました」


カインは肘を立てて頭を支えるように体勢を変えて、イルヴァレーノをじっとみる。視線に気が付いたイルヴァレーノはベッドの側へと近寄っていく。


「何かご用ですか?着替えますか?お茶でも入れますか?」

「いや…さっきからその言葉遣いはなんなの?2人きりの時は素だったじゃん」


カインがそう言うと、イルヴァレーノは困った様な顔をして首を傾げた。

そっと頭を寄せて耳元で小さくしゃべる。


「執事のウェインズさんに、周りに誰もいないと思っても油断するな。身につくまでは節度を持った態度を貫けって言われたんだよ」


言い終わると、身を起こして一歩さがる。

な?と視線で問いかけてくるイルヴァレーノに、瞠目するカイン。


私室に2人で居るとき、朝と夕のランニング、孤児院に慰問に行っている時。どこだ?どの時に執事に見られていたのか?

2人で悪巧みしている所を知られているかもしれない。両親にまで伝わっているのかいないのか…。いろいろと、解らないのが怖い。

前世のアラサー記憶があるからと油断したら、今世の大人に手のひらの上で転がされかねない。


「もっと精進しないとならないな…」


貴族の大人は怖い。

カインは自分の身を抱くとぶるりと身震いしたのだった。

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異世界転生の恋愛ジャンルの、日間と週間で一瞬だけ1位をいただきました。

レビュー、感想、評価、ブックマークありがとうございます。

記念に、明日と明後日は番外編です。ヨロシクお願いします。

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