心の中でアニキと呼ばせてもらいたい
いつも読んでいただきありがとうございます。
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カインとディアーナによる王子様の頭ナデナデまつりは、侍女から食堂に移動しますよと声を掛けられるまで続いた。
その後、長い廊下を皆でぞろぞろと食堂に向かって歩いていく。
「お城の中は広いでしょう?廊下を馬車で移動出来たら良いのにっていつも思っているのよ」
「馬車を通すには廊下を広げなければなりませんね」
「今の広さでも小型の馬車なら通りそうだけれども、一方通行になるわよね。部屋によってはぐるっと回らなくてはならなくなってかえって時間が掛かってしまうかもしれないわね」
「そうですね。ソレよりも何よりも、やはり屋内で馬車を走らせたとすると一番の問題は…」
「「馬糞ね!」」
ふふふふふ。ほほほほほ。
王妃様と公爵夫人が馬糞とか言いながら朗らかに談笑している後ろを、子ども3人が歩いていく。
「カインのこと、カイン兄さまと呼んでも良いか?」
「ダメです」
「少しぐらい考えてくれても…」
「ディをお姉さんって呼んでも良いよ?」
「えっ。なんで…」
「僕のことは、カインと呼び捨てでお呼びください。殿下」
「…わかった。カイン」
「ディのことは、ディって呼んでも良いよ?」
「ダメ。ちゃんとディアーナと呼んでください。愛称で呼ぶことなど許しません」
「ディのことは、ディアーナって呼んでもいいよ?」
「…カイン、ディアーナ。今日が終わってもまた一緒に遊んでくれるだろうか」
「殿下が刺繍を頑張れば、刺繍の会でお会いできますよ」
お茶会の折り、カインは王妃様から改めて刺繍の会に参加するようにと言われていた。問題を起こしたので除名だろうと思っていたのだが、どうも他の参加者のご婦人方がすっかりカインのファンになっているらしい。
社交の場では、女性をエスコートし、紳士であれと言われて節制を強いられ、ダンス相手を選ぶ権利は女性側にあるなど、常に女性を立てる立場にある男性だが、家庭に戻ればまた話は違ってくるのだ。
亭主関白な家庭が多く、跡継ぎさえ出来れば外に愛人を作り妻を顧みない夫も多いらしい。爵位や家格の釣り合いや、所属する派閥のしがらみ等から政略結婚した後、愛を育めなかった夫婦も少なからず居るのだろう。
そう言った「外では優しいけど家庭に戻れば家のことも子どものことも任せっぱなしの旦那に不満がある」婦人たちの前に、颯爽と現れたのがカインなのだ。
カインの語った女性礼讃は、通り一遍の見た目の美しさを褒め称えるものではなく、子を産み育てる事への讃美、尊敬、感謝があったのだ。
その上、カインはちゃんと刺繍を練習してきた。課題をこなして、見られるレベルの物を提出したのだ。
刺繍なんて女のやるものだと見下し、それなのに必要なときにはやっておけと命令口調で指示してくる。そんな夫にうんざりしていた婦人たちには、光輝いて見えたのだ。
自分たちが情熱を燃やし、熱意を持って取り組んでいる趣味を理解し、自ら乗り込んできたカインは彼女たちの希望の星だった。
「皆が、カインを引き続き参加させて欲しいと言うのですよ」
とは、王妃の言葉だ。ソレもあって、カインの王太子に対する暴力は言葉の謝罪で済ますという破格の待遇で許された。もちろん、未遂で無傷で済んだことも大きいが。
会話をしているとやがて食堂にたどり着き、各々席へと座った。今度はカインが何をするでもなく、ディアーナ・カイン・アルンディラーノという並びになった。
そこでもカインは4歳児2人の面倒を甲斐甲斐しくみてやり、最後のデザートは4分の3をディアーナに、4分の1をアルンディラーノに譲ってやっていた。
カインが子どもの面倒をよく見るので、母達はずっと2人で楽しそうにおしゃべりをしていた。
最後のお茶も終わると、そろそろお開きである。
「あぁ、楽しかった。何の裏も意図もなく単純におしゃべりするのはやっぱり楽しいわね」
「今度はぜひ我が家にもいらしてください。王太子殿下と一緒なら、王妃が公爵家へ訪問。ではなくて、友人宅に遊びに来た息子の付き添いの母親として来ていただけますものね」
カインは後で知ったのだが、王妃とエリゼは魔法学院時代からの友人なのだそうだ。どちらも侯爵家の長女で、とても仲が良かったのだとか。
それぞれ結婚して立場が出来てしまって以降はなかなか、単純な友人としての逢瀬を楽しむことは難しかったようだ。
今後は、子どもたちを遊ばせることがメインで、あくまで自分たちは付き添い。子どもたちが遊んでる間の暇つぶしにおしゃべりを楽しむだけなのよおほほほほ。という体で、友情を深めたいらしい。
「カイン、ディアーナ。今日は楽しかった。また遊びに来て。おもちゃもたくさんあるんだよ!」
馬車に乗り込み、ドアを閉める前に挨拶をしようと身を伸ばしたら、アルンディラーノが一生懸命に話しかけてきた。正直なことを言えば、カインはあまり王宮には近寄りたくなかった。王太子と親密になっても良いことが無いと考えているからだ。遊びに来るとなれば絶対にディアーナもセットで連れてこられるのだ。顔を合わせる回数が増えればそれだけ婚約者になる確率が増えそうで怖い。
「さようなら王太子殿下。機会があればまたお会いしましょう」
「ばいばい!またね!」
ドアが閉じられて、馬車が動き出す。
しばらく外をみていたエリゼが、見送りが見えなくなったのか、深く座り直して視線も馬車の中に戻した。
「お母様。僕の謹慎は今日を以て解かれたと思っていいのでしょうか?」
「そうね。家に帰って、お父様の判断を待つことにはなるけれど、おそらく明日からは部屋を出ていつも通りに過ごしても良くなるのではないかしらね」
「それでは、イアニス先生に連絡してまた勉強を再開してもらわないと。サイラス先生やティルノーア先生にも連絡を…」
「お父様に正式に許可を頂いてからよ」
「イアニス先生は明日くるよ。ディのお勉強の日だからね!」
ニコニコと明日のイアニス情報を教えてくれるディアーナ。
こんなに気の利く素敵なレディが他にいる?ね、ディアーナが素敵なんですよ!という顔で母親の顔を見るカインだが、ジトッとした視線が返されるだけだった。
「とにかく、無事に仲直り出来て良かったわ。カインがもっと殿下とぶつかるかと思っていたから驚いたけれど安心したわ」
「僕自身もビックリですよ…」
馬車に揺られると眠くなってしまう体質のディアーナが、コックリコックリと船を漕ぎ出したので、そっと横たえてカインの膝の上に頭を乗せる。優しく髪を手櫛ですいてやりながら、蕩けるような顔でディアーナの寝顔を見つめる。
「私は本当にアナタの将来が心配よ。カイン」
エリゼは大きくため息をついた。
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