優しい王子様

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「2人とも落ち着いて」


足はついているけどかかとが少し浮くぐらいに持ち上げられた4歳児2人は、カインを挟んで両側に離された。

7歳と4歳の3歳差があるとはいえ、カインも精一杯手を上にのばさないと2人の体を引き上げるのは難しい身長差なので、まるで万歳しているような格好になっている。そのまま、腕を前後に大きく振ってぶら下がっている2人がつられてあわあわと足を動かすのを見て手を下げて一歩下がった。

手はつないだまま、カインはしゃがみ込むと二人の顔を交互に見つめる。


「落ち着いた?」

「うん」「はい」

「良かった」


にっこり笑うと、2人ともホッとしたような顔をした。

カインはまずディアーナの顔を見つめて困ったような顔を作った。


「ディアーナ。声をかけられて、お返事するときはちゃんと顔をみてしなくてはダメだよ。大勢居るところなら、誰に対する返事なのか解らなくなってしまうからね」

「でも、お兄さま。見てっていわれたすぐ後にあとでっていったもん」


だから、見てという言葉に対する返事だとわかるでしょ?とディアーナは言いたいのだろう。

カインはゆっくりと顔を横に振ると


「ディアーナその時、別の子とお話していたのでしょう?ケーちゃん?」

「うん。ケーちゃんがなぞなぞの答え考えてて、ヒント言ったりしてた」

「そうしたら、殿下にはディアーナとケーちゃんのお話の続きに聞こえたかもしれないよ?」

「えー」

「だって、もしかしたらケーちゃんにもっとヒントちょうだいっていわれて、次のヒントはあとでって言ったかもしれないって思うかもよ?だって、ディアーナはそのときケーちゃんのお顔を見ていたんだから」


ディアーナは返事をしなかったが、バツの悪そうな顔をしている。

それをみてカインは笑顔を深めた。きちんと説明すれば理解できる賢い子だ。やっぱりディアーナは世界一の妹だ。

家の中では皆がディアーナを優先してくれるので、ディアーナが投げやりな返事をする事がそもそもない。あったとしても、カインの視界の範囲で事が起これば、優しく誘導するようなやり方で注意を促すので、ディアーナが悪いよと注意されるのは初めてだった。


「偉いね。ディアーナは賢いね。もう、次はちゃんと相手のお顔をみてお返事できるね?」

「うん」


素直に頷くディアーナの頭を撫でたかったが、両手が塞がっていることに気がついたカインは、繋いだままの手を持ち上げて手の甲で優しく頭をなでた。

そして、ディアーナがエヘヘと笑ったのを見ると、今度は振り返ってアルンディラーノと視線を合わせた。


「殿下。殿下も、声をかけるときは相手の顔を見てください。王族ですから、一度に沢山の人へ声をかける事ももちろんあるかと思います。でも、この前はディアーナとケーちゃんに振り向いて欲しかったのでしょう?だったら、ディアーナとケーちゃんの前まで行って、顔を見てから『お城を見て』って言えば良かったんです」

「でも、最初に見て!って言ったときに他のみんなは見てくれた…」

「遠くにいたり、他のことに夢中になっていたら意外と他の声は聞こえなくなるものなのです。後ろから声をかけるときは、名前を呼びましょう。そうしないと、後ろから聞こえた声は、自分に対しての呼びかけなのかどうか解らないのです」

「でも、あのときはまだ名前知らなかったもん…」

「そうですね。だから、前まで行って話しかけなければいけなかったんですよ」


そこまで優しく語りかけていたカインだが、顔を厳しく引き締める。視線を強くしてアルンディラーノを睨みつけた。


「声を無視されたとしても、後回しにされたとしても、女の子の腕を引っ張って良い理由にはなりません。先ほど謝罪されたのでこのことについてもう責めませんが、今後は決して女の子に乱暴な事をしてはいけません」


コレだけは絶対に言い聞かせなければならない。

万が一王太子ルートへの道を回避できなかったとしても、王太子そのものが女の子につらく当たることに罪悪感を持つ人間になってくれれば、おっさんへの下賜などという扱いだけは避けられるかもしれない。


ディアーナの悪役令嬢化を回避し、王太子ルートとの婚約を阻止する。それがカインの自分に課した使命だが、保険はいくら掛けておいたって足りないなんて事はないのだ。


「意地悪な女の子が相手でも?」

「意地悪な女の子が相手でもです。意地悪に意地悪で返してはだめです。出来る男は意地悪を華麗に回避するのです」

「女の子が先にぶってきても?」

「そもそも、女の子にぶたれないように行動するんですよ。とても難しい事ですが、殿下は王子なのだから出来るようにならなければなりませんよ」


アルンディラーノは、カインに言われたことを一生懸命考えている。拳を口に当ててうーんうーんと唸っている。


「わかった。僕は王子だから、僕が我慢すれば良いのでしょう」


わかってない。


「ちがうよ。お兄さまは、ちゃんと顔を見てお話ししましょうねって言ったでしょ」

そばで聞いていたディアーナが話に割り込んでくる。


「あとでって顔見ないでお返事したのがいじわるだとするとね、王子さまがディアーナこっちみて!っていってたら、ディは振り向いてからあとでっていったとおもうの」

「ディアーナは賢いね!そうだよ。そう言うことだよ!」


カインはついに繋いでいた手を離してディアーナの頭をしっかりなで始めた。


「殿下。最初から意地悪な女の子なんて居ないんです。意地悪したくなる何かがあるんですよ。だから、殿下が先にその何かを取り除いてあげるんです」


最初から意地悪な女の子なんていない。それはディアーナの事だ。ディアーナだって産まれたときから悪役令嬢なのではないし、カインが大切に育てているから今のところは可愛くて素直で良い子でめっちゃ可愛い女の子だ。


カインは、前世のアラサーサラリーマン(外回り営業職)の記憶から、最初から意地悪な人間も実は存在することを知っている。原因などなくとにかく周りに悪意を振りまくのが楽しいという人間が居ることを知っている。

でも、それをここで言っても仕方がないし、王子という立場ならそう言う悪意のある人に当たることもそうそうはないだろう。


「誰だって、優しくされたら、優しく返します。どうか、優しい王子様で、あろうとしてください」


カインが言葉を小さく区切りながら話す。どうかこの幼い王子に伝わりますように。けして、我慢して欲しい訳ではないことが、伝わりますように。


「良くわからないけど、わかった。我慢するんじゃなくて、優しくする。わかった」


コクコクと頷くアルンディラーノの頭を、えらいですねーと言いながらディアーナが撫でる。遠慮なくなでるので髪の毛が乱れていく。


「えらいですね、殿下」


カインも、アルンディラーノと繋いでいた手を離して頭を撫でる。カインの手とディアーナの手で左右から頭をなでられて、アルンディラーノの首はグルングルン回っているが、その顔は嬉しそうだった。

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