家庭訪問

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「イアニス先生。せっかく来ていただいて申し訳ありませんが、本日カイン様は謹慎中でございまして、お勉強はお休みにさせていただきたく存じます」


イアニスがエルグランダーク公爵家を訪ねると、出迎えた執事にそう言われた。

はて?そうであれば、前もって休みの連絡が来るのでは無かろうかとイアニスは不思議に思った。

顔に出たのであろう疑問に、執事が話を続ける。


「前もってお休みのご連絡をすべき所ではございましたが、旦那様がイアニス先生とお話がしたいと申しております。本日は執務室の方へご案内いたします」

「かしこまりました」


なんだろう。何かヘマしちゃったかな?とイアニスは一瞬不安になるが、カインの勉強の進捗は順調過ぎるほどに順調だし、特に思い当たることはなかった。

イアニスの方からも公爵家にお願いしたいことがあったので、ちょうど良いやと気楽にとらえることにした。元々は執事か侍女経由でお願いしようとしていたことだけど、直接説明できるならその方が良いだろうと考えた。


「お時間頂いて申し訳ないね。イアニス先生。どうぞおかけください」

「お久しぶりです、エルグランダーク公爵様。失礼いたします」


イアニスは、公爵という地位にありながら、偉ぶったところがなくて人当たりの良いエルグランダーク公爵に好感を持っていた。


子爵家の次男だったイアニスは、結婚を機に家を出ているので身分としては現在平民である。魔脈の探索と人工魔石作成の研究で成果をあげており、叙爵の噂もあるが、カインの家庭教師の打診を受けた頃にはまだなかった話である。

貴族出身とはいえ、平民のイアニスを学力と人柄重視で取り立ててくれたことに感謝をしていた。

なにせ、研究には金がかかる。


「エルグランダーク様、後ほど私からもお話ししたいことがございます。そちらのお話が済みました後、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」

「おや。それでは先生のお話からお伺い致しましょう。私はカインの勉強の進捗を伺いたかっただけですので」

「それなら、お話の内容は同じです。カイン様の勉強の進度についてお願いしたいことがありましたので」


ふむ、頷くとディスマイヤはソファに深く座り直し、背もたれに背を預けた。

視線で話を続けるよう促す。


「現在のカイン様は、アンリミテッド魔法学園の三年生修了程度のところまで勉強が済んでおります」

「……は?」

「ですので、科目によっては私では教えることが難しい物が出てきます。それぞれに専門家を雇って頂くのがよろしいでしょう」

「え?」

「自然科学と魔術理論、国内史、算術は引き続き私が担当させていただければと思いますが、外国語と詩作、法律や経済については別の先生を……エルグランダーク様?」


魔法学園入学は12歳から。三年生といえば14歳。今のカインは7歳だ。

頑張ってるなー出来が良いって褒められるなーとは思っていたが、そこまでとは思っていなかったディスマイヤである。

貴族として表面上何てことない表情をしているが内心は動揺の嵐だった。そのため見てくれは繕えたが相づちも返事もうまく出来ずにイアニスから訝しがられてしまった。


「いや、失礼。そんなに進んでいたとは思わなかったもので…。ご申告ありがとう。外国語と詩作と法律に経済だね。わかりました、家庭教師を探したいと思います」

「ありがとうございます。カイン様はとても素直で良い子です。出来れば私が最後まで教えたかったんですが、それでは伸びしろがもったいないと思いまして」

「いやいや。引き続き自然科学や算術などはよろしくお願いします」

「はい。喜んで勤めさせていただきます」


話が一段落したところで、ディスマイヤが身を乗り出して膝に腕を置いて上半身を支えるポーズを取る。少し砕けた態度になって、イアニスはまだ何か用があるのだなと察した。


「イアニス先生。カインの授業が半分になると時間が少し空きますね?研究の方は忙しいでしょうか?」

「研究はいつも通りの忙しさですね。お恥ずかしい話ですが、実入りが減る分どうしようかなと思っている所です。他家で自然科学や算術だけの家庭教師などのあてがあれば紹介していただけるとありがたいのですが…授業を減らすのはこちらから申し出た事ですし、そこまで図々しいことは申せません」


イアニスが授業の半分を他の先生へ、と願い出たのはイアニスの都合ではなくカインの為だ。黙っていれば引き続きカインの家庭教師として全教科受け持ち続けられたのだから、人がよいとしかいえない。

ディスマイヤはにっこり笑うと「それなんですが」と一つの提案をした。

それは、イアニスにとってもありがたい申し出だった。



イアニスはイルヴァレーノに案内されて廊下を歩いていた。

やがてひとつの扉にたどり着き、イルヴァレーノがノックして戸をあける。


「やぁ、ディアーナ様。ご機嫌いかがですか?」

「イアニスせんせー?こんにちは!」


そこは、ディアーナの部屋だった。

まだ両親と一緒に寝ているので、日中のわずかな時間を過ごすだけの部屋だったが、絵本の並んだ本棚や低い机と椅子などの調度品は一通り揃えられていた。

イアニスはディアーナの前まで進んで膝を付くと、目線を合わせてにっこりと微笑んだ。


「今日から、自然科学と歴史と算術を教えることになったイアニスです。一緒に楽しくお勉強しましょう」


そう言って右手を差し出せば、パアと明るく笑顔を輝かせて両手でイアニスの手を握り返してきた。


「イアニスせんせーが、ディも教えてくれるのね!おにいさまと一緒に勉強できるのね?」

「進み方が違うから、勉強は別々になります。でも、野外での観察なんかは一緒にやりましょうね」

「はい!」


ディアーナが元気よく右手を上げる。

イアニスはその様子にニコニコしながら、後ろに立つイルヴァレーノにも声をかけた。


「カイン様はしばらく謹慎だそうだね。その間に追いつけてない所やわからないところがあれば聞いてくれて構わないよ。カイン様について行くのは大変だっただろう?」

「……良いのですか?」

「もちろん。算術なんかは途中から入ってもさっぱりだっただろう?」


4歳のディアーナの勉強を見る間なら、カインの勉強を見るよりは時間にも準備にも余裕が出来る。

そもそも、孤児院から引き取られたばかりで侍従という立場のイルヴァレーノが、3歳から勉強を始めているカインについて来いというのがむちゃな話だったのだ。一部教科についてはなんとか付いてこられていたが、基礎から積み上げる系の教科は厳しかった。


「頑張ってお勉強しようね」


朗らかな笑顔で言うイアニスに、ディアーナとイルヴァレーノは大きく頷いたのだった。

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