悪役令嬢の兄の侍従

余談です。

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刺繍の会より少し前のある日のこと。



公爵家にいくつかある庭のうちのひとつ。規模は小さめで、小さな木製のベンチと雨の日には役に立つか怪しい程度の屋根があるその庭は、カインのお気に入りだった。

家庭教師に用事等があり、授業が休みになった時には時々ここにいる。


勉強に鍛錬に、忙しすぎるのではないかと心配になるほどに詰め込まれたスケジュールは、ほとんどがカインが希望して詰め込んでいるらしいと聞いている。

姉妹が他家に仕えているというハウスメイドが言うには、入学前の貴族令息とはいえこんなに予定を詰め込んで勉強している家は無いらしい。


イルヴァレーノがカインの侍従になってから、午前中の座学は一緒に受けさせられている。カインの侍従となるなら、それなりに頭が良くなくては務まらないからだと言われた。

あくまでカインの勉強なので、わからなくてもつまずいても待たないとは言われている。置いて行かれないように寝る前の復習が日課になっていた。


午後、カインが芸術や礼儀作法などの授業を受けている間はエリゼの侍女に付いて紅茶の入れ方やあるじの世話の仕方、各関係部署への先触れ、伝達連携の仕方など侍従としての勉強をしていた。


その日も侍女からお茶菓子のサーブの仕方を教わっていた。

カインのレッスンが一つなくなったと連絡を受け、部屋へと向かったがカインは部屋から消えていた。

ここだろうと思って小さな庭園に来てみたら、やっぱりカインはそこにいた。

声をかけようとして、持ち上げかけた手を止める。


歌が、聞こえてきた。


「ちょうちょ、ちょうちょ、おはなにとまれ。おはなにあきたらディアーナにとまれ」


膝の上にディアーナを乗せて、歌の節に合わせてポンポンとディアーナの肩を優しく叩いている。

歌詞は明らかに子ども向けの、内容が有るようで無い簡単な言葉の繰り返しになっている。童謡だろうと思うがイルヴァレーノは聞いたことのない歌だった。


孤児院には、慰問と称して歌手が派遣されてくる事がある。どこかの貴族が気まぐれに歌手を派遣し、歌手は子どもの好きそうな童謡を何曲か歌って帰る。

その、歌手の誰からも聞いたことがない歌をカインが歌っている。


幼い少年に見合った、少し高くて細い声。それでも、優しく丁寧に歌っているのがわかる。


蝶の歌、花の歌、ドングリの歌。

どれも、蝶が飛んだ、花が咲いた、ドングリが落ちたという意味しかない単純な歌詞の歌ばかりで子どもでもすぐに覚えられそうだった。

その証拠にディアーナもすぐに覚えて二周目からは一緒になって歌っていた。


初めてあった時からだが、本当に仲の良い兄妹だとおもう。

単純に兄が妹を溺愛しているかのようにも見えるが、妹も兄の言うことをよく聞いている。

妹の我が儘を何でも聞いてやっている様に見えて、駄目なことは駄目だとやんわりと、きちんと理由を添えて注意していたりする。

甘やかしている様に見えて、自分で出来ることは自分でやるようにと誘導しているところもある。


ディアーナが孤児であるイルヴァレーノを下に見ず、忌避もせず、イル君と慕ってくれるのも、孤児院の仲間たちを対等な友人として接してくれるのも、カインがそうあるのが当然である様に振る舞うからだ。


ディアーナは兄であるカインをよく見ている。

カインに全幅の信頼を置いて、カインのする事に間違いはないと思っているからカインの真似をするのだ。


今も、カインの膝の上で歌の節にあわせて体を揺らしながら安心しきった顔をして一緒に歌を歌っている。


金髪に夏の空のような青い瞳。幼いながらに美しい顔。

作る表情がまるで違うので似てない兄妹だと言われる2人だが、こうして2人で穏やかに歌う姿は、兄妹である事を疑いようもないほどにそっくりだった。


歌が終わるまで声をかけるのは待とう。

イルヴァレーノは少し離れた木陰で美しい兄妹を見守っていた。






蝶に気を取られて視線をズラしたディアーナに見つかったイルヴァレーノは、その後『1人ずつ歌い出しをずらして歌う』輪唱という遊びに付き合わされたのだった。

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