お兄様の尊厳を守れ!
刺繍の会に向かう馬車の中。カインはディアーナを膝の上に乗せて一緒に窓の外をみていた。
こうしてみていると、ただ仲の良い兄妹なのにとエリゼは思う。
2人はとても似ている。父譲りの金色の髪に母譲りの青い目。少しつり目がちだがくりくりと大きい目なのでキツイ印象はなく、愛らしい顔をしている。
カインはディアーナが絡むとたびたび顔面が崩壊しているが、普段は朗らかに優しく笑っている。ディアーナは4歳の子どもらしく声を出して大らかに笑う。泣いたり怒ったりビックリしたり、表情がコロコロ変わるのでカインとは印象がだいぶ異なる。
そのせいで、あまり似てない兄妹だと親戚に言われることもあるが、こうして大人しく窓の外を眺めてる様子などはそっくりだった。
「くれぐれも、ディに構い過ぎないように。カインはきちんと刺繍の会の方に参加する事」
「何度も念を押さなくてもわかってます。刺繍を極めて、ディアーナの花嫁衣装に僕が刺繍を施すのを目標にしますよ」
何度目かわからない注意をカインに言いつけたら、思いも寄らない返事が返ってきた。エリゼは目を丸くして問いかける。
「カインあなた…ディアーナを嫁に出す気はあったのね」
その言葉を聞いて、カインは苦笑いした。
「僕を何だと思っているのですか。ディアーナの幸せが僕の何よりの願いですよ」
「兄バカ過ぎて手放す気がないのだと思っていたわ」
「そんなわけ無いでしょう。ディアーナを誰よりも幸せにする事が僕の人生の目標ですよ。万難を排して、ディアーナには誰よりも幸せになって欲しいと思っていますよ」
カインは仄暗い瞳をして口だけで笑った。
王太子と婚約しても王太子がヒロインを選べば年寄りへ下賜される。ヒロインが騎士見習いに恋をすれば魔王に体を乗っ取られて殺される。ヒロインが魔導師候補生に恋をすれば精神魔法の実験台にされて精神崩壊してしまう。ヒロインが暗殺者に心をよせればヒロイン以外皆殺し。
何度も、何度も、
たかが、前世でプレイしたゲームのシナリオだ。
ここは似た世界であるが、今の自分にとっては現実だ。シナリオ通りになるとは限らない。そもそもヒロインなんて居ないかもしれない。
それでも、カインは心に誓う。
今度こそ。今度こそ、ディアーナを幸せにする。
「だいたい、年齢的にはディアーナのプレお見合いより先に僕のお見合いがあってしかるべきではないんですか」
「…あなた、結婚したかったの?」
「公爵家の嫡男なんですから、しないわけには行かないでしょう。まぁ、3歳差ぐらいなら姉さん女房も有りでしょうから、王太子殿下の婚約者が決まってからじゃないと僕の婚約者は決められないのかもしれませんけど」
「時々、あなたが7歳であることを忘れそうになるわ」
頬に手を添えてエリゼはため息を吐く。
親から見ても詰めすぎと感じる学習スケジュールを淡々とこなし、家庭教師達はみなカインの吸収の良さを褒め称える。
子どもらしい我が儘はあまり言わずに妹の面倒もよく見る出来た兄。
放って置いても自分で何でもしてしまうので親らしく構ってやることが少なかったかもしれない。自分が与えられなかった愛情を妹に注ぎ込むことで欲求を満たしているのかもしれない。
そう考えて、エリゼは帰ったらカインを甘やかしてやろうかと思案した。
「カインの好みはあるの?お嫁さん貰うとして」
「僕と一緒にディアーナを愛してくれて、僕がディアーナを優先しても嫉妬しない女性ですかね」
「……本当に結婚する気あるのかしら?」
「にいさまおよめさんもらうの?」
「いつかはね。直ぐではないよ。もうしばらくはディアーナの兄様として側にいるよ」
「ディがにいさまのおよめさんになってあげようか?」
ディアーナが可愛らしく、小首を傾げて見上げながらそんな事を言う。
ディアーナの背後から光が溢れ、馬車の中は花が咲き乱れて蝶が舞う。祝福のラッパを吹きながら天使が舞い降りバラの花びらをまき散らす。春風のように暖かく柔らかい風が吹きディアーナの髪を緩くなびかせ、その背中からは白い羽根がバサリと生えて広げられた。
「カイン、顔を整えなさい。間もなく王宮に着きます。ディアーナも、兄様の尊厳のために王宮ではあまりカインに甘えないこと」
「そんげん」
「お兄様にカッコ良くいて欲しかったら人前でお兄様に甘えてはいけません」
「ハイッ!」
馬車は王宮の門をくぐり、王妃の来客用サロンのある棟へと到着した。
サロンへ入るといきなり王妃様がいた。
母と同じ年頃の女性で、シンプルなデザインながら上等な生地を使っていることが一目でわかる光沢のあるワンピースを着ている。二匹の狼の紋章が刺繍された腕章を肩から下げていたので、王妃様であることが一目でわかる。
「カインとディアーナね。会えるのを楽しみにしていました」
「参加をお許しいただきありがとうございます。おめもじ叶いまして光栄に存じます」
「おめおじかなまして、こーえいにぞんます」
カインが深々と頭を下げると、ディアーナも真似してぺこりと頭を下げた。ディアーナは頭を下げると両腕がピコンと後ろに伸びてしまう。
「ふふふ。しっかりしているわね。でも、刺繍の会の最中は無礼講よ。頭を上げて頂戴」
優しく笑う様は国母と呼ぶに相応しい慈愛に満ちた表情だった。
ゲーム中に王と王妃が出てきた覚えはないので、本当に初めましてだった。この優しそうな女性の子が、他に好きな女性が出来たからと婚約者を遠い領地に下賜するような男に成長するのかと思うと複雑な思いになるカインだった。
「王妃様こんにちは」
「こんにちは、エリゼ」
王妃と母エリゼが簡単な挨拶だけで済ませているのを見るに、本当に無礼講なのだろう。
「王妃様の居る場で無礼講など、大丈夫なのですか?」
「侯爵家以上の者しか居ないから大丈夫なのですよ」
無礼講といえど、マナーが徹底的に叩き込まれている上級貴族の子女のみの集まりだから大丈夫という事だろうか。
母について、大きな円形のテーブルに並べられた椅子の一つに座る。サロンは広く、庭に面した半分は温室のようにガラス屋根とガラス壁になっている。本日は子どもが多く来ることを想定してか、大きくてふかふかのラグが敷いてあり、絵本や積み木などが置いてある。
母がカインを座らせた後にラグの方で年頃の子達と遊んでおいでとディアーナの背を押している。
すでに到着して遊んでいる子どもたちに駆け寄り、挨拶をして遊びに混じるディアーナを、カインが切なげな視線で見つめている。
「ディアーナにも、同じ年頃の友達が必要よ」
「わかっていますよ。僕もディアーナの結婚式のために刺繍頑張ります」
大きな円卓の席がほぼ埋まった頃に、王妃様から挨拶があり刺繍の会が始まった。
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