貴族の義務。積むべき善行。

孤児院の子供たちと友達になろうと駆けだしたディアーナは、直後に転んでドレスが砂だらけになってしまった。すぐに駆け寄って抱き起こして体中撫でまわしたい気持ちをグッと抑えて、カインは孤児院の子が駆け寄るのを見ていた。

孤児院の子たちに心配され、助け起こされたディアーナは、照れ笑いしながらお礼を言い、起こしてもらった手をそのままつないで庭の真ん中へとかけていった。


「お前、手が握りすぎて真っ白になってるぞ」

「転んだディアーナを助けるのを我慢したせいで吐きそうなんだ。話しかけないでくれないか」

「……重症だな」


孤児院の子に最初に教わったのは『石はじき』という遊びだった。

棒きれで地面に円を描き、そこに拾ってきた石を投げ込む。次に石を投げ込む人は前の人の石を円の外にはじき出すように投げる。はじき出せれば勝ち、はじき出せなければ負けというおはじきのようなベイゴマの様な遊びだった。

森に食材探しに行くときなどに、を拾ってくるのだそうだ。何をもって強そうと判断するのかは、何度聞いてもカインに理解できる理屈ではなかった。

「お前はおきゃくさんだから俺の石をかしてやるよ!」と男の子が黒くてツヤツヤした石をディアーナに手渡していたり、カインがその男の子の石を思いきりはじき出したりして盛り上がった。


単純な追いかけっこや、靴を遠くまで飛ばす競争などをして遊んでいるうちに母エリゼが帰りますよと木戸から顔を出した。


「じゃあ、俺たちは畑に夕飯の材料取りに行くし」

「また遊びにきてね」

「ばいばい!」


すっかり仲良くなった子供たちとにこやかに別れ、母エリゼの元に駆け寄った。


「まぁまぁ。二人とも埃だらけの砂だらけね。帰ったらすぐお風呂にはいらなければいけないわね」

「おかあさま。石をひろってかえりたいです!」

「石?お庭にある石ではだめなのかしら?」

「つよい石はかわらにあるのです!」

「強い石?」

「ディアーナ。石はまた今度にしようよ。川は日が暮れたら明かりが無いから、暗くて強い石か弱い石か見分けがつけられないよ」

「またこんど?おにいさまぜったいね?」


母エリゼとカインに両方から手をつながれて、半分ぶら下がるように歩くディアーナが強い石について熱く語っている。

孤児に交じって遊んで埃だらけの砂だらけになった息子たちを、叱るでもなく手をつなぎ話を聞く公爵夫人のエリゼという存在に、カインは素直に感心していた。


ゲームではディアーナとカインの両親については何の情報も出てこない。筆頭公爵家の令嬢と令息であるという設定になっているだけでシルエットすら出てこない。

だからこそ、カインは妹が生まれてディアーナという名前が付けられるまで、転生先が乙女ゲームの世界であることに気が付かなかったわけだが。


「カインっ…様、エリゼ様」


後ろから、イルヴァレーノが走って来た。

馬車の前で立ち止まり、振り向くと肩で息をしていた。先ほど孤児院の庭で別れたばかりなのにどうしたことだろうか。


「あの…怪我の手当と…しばらく泊めていただいたこと感謝いたします。お礼が遅れてしまい…もうしわけございません」

深々と、頭を下げた。


「ふふっ。お礼が言えるのは素晴らしいことよ。最初は、カインが勝手に拾ってきてどうしましょうって思ったのですけどね。ディも本を読んでもらったり、カインもお友達ができて楽しそうでしたもの。私からも、感謝をつたえますわ。ありがとう、イルヴァレーノ」


母エリゼは、頭は下げずに謝意を言葉だけで伝えた。

貴族としてのけじめのラインなのだろうとカインは母を見上げた。


「ではね、イルヴァレーノ。またね」


そう言って、護衛騎士にエスコートされて母エリゼは馬車に乗り込んだ。次いで、騎士に抱っこされてディアーナが馬車に乗せられ、カインは自分で馬車に乗る。

窓から外をみれば、見えなくなるまでイルヴァレーノは頭を下げて見送っていた。


馬車の窓から見える空が藍色になり、通り過ぎる家の煙突からは白い煙が立ち上がり始めていた。


「カイン」


窓から外をみていたら、母から名を呼ばれて視線を戻す。

母の膝の上では、遊び疲れたディアーナがすやすやと寝息を立てていた。


「孤児院に預けられている子は、7歳になると住み込みで働けるところに出されるのですって」

「そうなのですか…」


それで、イルヴァレーノが最年長ということになるのか。7歳といえば、前世で言えば小学一年生。そんなころから働かされるというのは、かなりハードな人生なんじゃないだろうか。

ちゃんと小遣いをもらえたり、手に職を付けられるように指導してくれるところに行ければ良いが、すべての子供たちがそういうところに行けるわけではないのかもしれない。


「お母さまは、イルヴァレーノを大変気に入ってしまいました。来年奉公に出されるイルヴァレーノを予約したいと司祭様と孤児院長様にお願いしてきましたよ」

「本当ですか!?」


(ナイスお母さま!)


「本当は、領地からお父様が帰ってきて相談してからでないとダメだと思うのですけどね…3対1なら勝てると思わない?カイン」

「もちろんです。僕もディアーナもイルヴァレーノを気に入っていますから。一緒にお父様にお願いしようと思います」

「ふふふっ」


カインは心の中でガッツポーズをする。イルヴァレーノをそばに置くために、どう親を説得した物かといろいろと考えていたが、母が味方になるのなら決まったも同然だった。


「あとね、孤児院長様が『1年ぐらい誤差ですから』って、お父様に許可を頂き次第イルヴァレーノを引き取って良いと許可をいただきましたのよ」

「えっ!?」


さすがにそれは…大丈夫なのか? 7歳から働きに出されるっていうのは何か法律とかそういうのはないんだろうか?規則破りにならないのだったら良いのだが…とカインが怪訝な顔をして母エリゼの顔を伺うと、エリゼはにっこりとほほ笑んだ。


「きっと、明日からは孤児院のお食事が少し豪華になるのではないかしら?神殿の欠けた窓枠も直るかもしれないわね」

「…それは…大丈夫なのですか?」


寄付金を積んで話をつけたとエリゼは言っているのだ。人身売買ではないのか。バレたときに不都合はないのかと、カインは眉をしかめるが


「神殿や孤児院に寄付金を収めるのは、貴族の美徳、やるべき善行ですもの。何も問題ないのよ、カイン」


筆頭公爵家の夫人というのは、穏やかに笑う優しい母という顔だけではないのだとカインは背中に冷や汗をかいた。

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