貰っているもの、返さなければならないもの
公爵家の家紋入りの豪華な馬車に、カインとディアーナと母のエリゼ、そしてイルヴァレーノが乗っていた。
イルヴァレーノは、不機嫌が顔に出そうになるがエリゼがいるために無理して笑顔を作っていた。口の端がひくひくとひきつっている。
「イル君がディに本を読んでくれるようになって、ディのお勉強が捗る様になったのよ。本当にありがとう。家庭教師の先生もとても喜んでいたわ」
「とんでもないことでございます。…ディアーナ様本来のお力でございましょう」
「もちろん!ディアーナの実力が根底にあるさ。そして可愛い!」
「…カインが甘やかすから、ディアーナがわがままに育ってしまわないか心配なのよね…」
「ディ、わがまま言わないよ?にんじんちゃんと食べるもん!」
「そうだね、ディアーナは嫌いなニンジンちゃんと食べるもんなぁ。わがままなお嬢様だったらこうはいかないもんなぁ。…母上。僕はほめて伸ばす方針なだけで、決して甘やかしているわけではないのですよ」
隣に座るディアーナの頭を優しく撫でまわし、バタつく足でめくれたスカートをこまめに直してやりながらカインはデレデレした顔で反論する。
馬車内の席次が、カインとディアーナで隣同士に座り、イルヴァレーノとエリゼで隣同士に座っていた。
(どう考えてもこの席順はおかしいだろ…俺とカイン・母君とディアーナだろう普通は)
頭のおかしいカインか、まだ幼くて無邪気なディアーナならともかく、公爵夫人と平民で孤児の自分が隣同士に座るという状況に背中の冷や汗が止まらない。カインの服を借りてきているとはいえ、自分が公爵夫人のドレスに触ったりしたら無礼と叱られるのではないかとおびえていた。
「イル君は言葉遣いも丁寧で、礼儀正しいわね。孤児院の子たちはみんなそうなのかしら」
「いや……それは……」
「母上。イルヴァレーノは孤児院でも年長な方らしいですよ」
「あらそうなのね。幼い子達には、まだそういった事は難しいのかもしれないわね」
カインは母親に対してそうフォローした物の、たぶんそういう事ではないのだろうとイルヴァレーノの顔をちらりと見た。
おそらく、イルヴァレーノが特別なのだ。何せ、攻略対象キャラクターであり、最悪の皆殺しエンディングを迎えるキャラクターなのである。青年になるまでにこれでもかと心に闇を抱えさせられる様な背景があるはずで、それが神殿なのか孤児院なのか、それとも別に黒幕がいるのかはゲームで描かれなかったのでわからない。
とりあえず、今日は神殿の司祭と孤児院で子供の面倒を見ている人物には会うことができるだろうとカインは考えていた。
やがて馬車は街の西端にある神殿へと到着した。
母のエリゼはこれまでの経緯を説明するために、護衛の騎士と共に神殿の奥にある事務室へと案内されていった。
一緒に話をするかと聞かれたが、イルヴァレーノの住んでいるところが見たいと言って断った。
神殿の事務室があるのとは反対側の廊下を奥まで進むと、木製の扉があり、その向こうに孤児院があった。
木製の扉を出たところは運動場のような庭になっており、そこを囲うようにコの字型に木製の2階建ての建物が建っていた。
「小さい子がたくさんいるわ」
ディアーナが、目をまるくしてそうつぶやいた。
実際には、3歳のディアーナよりは大きい子供の方が多いのだが、公爵家からほとんど出たことのないディアーナは、カイン以外の子供を見たことがなかったので、そう言った感想になったのだった。
「…なんだか、みんな汚いかっこうをしているわ…」
「……」
少しおびえたようにカインの後ろに隠れたディアーナと、ディアーナの言葉に俯いて唇をかんでいるイルヴァレーノへ順番に視線を移し、カインはしゃがんでディアーナと目線を合わせた。
「ディアーナ。彼らが汚い恰好をしているのは、僕らのせいなんだ」
「ディのせい?」
「
カインの発言に、イルヴァレーノが目を瞠る。ディアーナは首をかしげて不思議そうな顔をしている。
「僕ら貴族がお金持ちで綺麗な服を着ていられるのは、町や国に住む人たちが働いて得たお金を少しずつ分けてもらっているからなんだ」
「分けてもらっているの?」
「そうだよ。みんな、一生懸命働いて得たお金を、全部は自分の為に使わずに、少し貴族に分けてくれているんだ」
「私たちにお金を分けてくれたから、あの子たちはきれいなおようふくを着られないの?」
「違うよ。あの子たちには、そもそも綺麗なお洋服を買ってくれる父さまや母さまが居ないんだ」
「まぁっ…」
ディアーナは、眉毛を下げて孤児院の子供たちの方を見つめる。お父さんとお母さんがいないというのは一体どういう事なんだろうと、一生懸命考えている。
「僕ら貴族は、みんなからお金を分けてもらう代わりに、町や国の人たちの困ったことを解決してあげなくちゃいけないんだ」
「おとうさまやおかあさまがいない子たちに、お洋服を買ってあげたり?」
「そう。喧嘩している人の仲直りを手伝ってあげたり、魔物が出たら守ってあげたり、ごはんが足りない地域の人に、ごはんが余っている地域から融通してあげたり。一人ひとりでは解決が難しいことを、代わりにやってあげるのが貴族のつとめなんだ」
カインはなるべくやさしい言葉を選んで説明したが、ディアーナには難しいのか困った顔をして視線をカインと孤児たちで行ったり来たりさせている。
「ディはどうしたらいいの?」
「まずは、あの子たちと友達になろう。一緒に遊んで仲良くなれば、きっと何をすればいいのかわかるようになるよ」
カインの話は難しくてすべては理解できていなかったとしても、何かしなければならないのだと感じたディアーナは、どうすればいいかをカインに聞いた。
カインは、対等の立場で接しようとディアーナに答えた。
カインはにこやかに笑ってイルヴァレーノに向き合うと「さぁ、みんなを紹介してくれよ」と言って肩をたたいた。
イルヴァレーノは、うつむいて小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。
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