僕の視界からいなくならないでずっと傍にいて
「お前の素性を教えてくれないか」
夕食後の自由時間に自室でくつろいでいたカインがそうイルヴァレーノに話しかけた。
イルヴァレーノの怪我はすっかり良くなり、足もまだ走れはしないが歩くのには問題ないほどには回復していた。
公爵家に引き留めておく理由がなくなったのだ。
「……」
「表向きの方でいいよ。字が読めたり食事マナーが出来ていたりするんだから、路上生活の浮浪児って事でもないんだろう?」
「……」
「孤児院の孤児か、町に住む平民か?町の外に住む平民か?半月も帰らなかったら心配する人が居るんじゃないのか?」
「……」
「歩けるようになったとはいえまだ完治した訳ではないし、どこまで送ってやればいいのか教えろって言ってんだけど」
「歩いて帰れる」
取り付く島のない態度に、カインは目を細めて「んー」と首をぐるぐるまわす。コキンと音が鳴った。
「暗殺組織?について教えろって言っているんじゃないんだからさぁ…」
「……」
「声なくしちゃったのー?人魚姫なのー?」
「……」
人魚姫は通じないようで怪訝な顔された。転生知識チートで絵本作家になるのもありかもねーなんて現実逃避しつつ、カインはため息を吐く。
「イルヴァレーノさぁ。俺の侍従になる気ない?」
「は?」
「怪我も良くなったし一度お前を家に帰そうと思うんだけどさ。また戻ってきてほしいんだよね。この家で働かない?」
「お前にそんな権限ないだろ」
「ないよ」
ようやく会話する気になってくれたかね?とカインはだらしない姿勢を正してソファに座り直した。
「僕には権限がないから、父親を説得するのにお前の素性を知っておきたいんだよ。ディアーナが懐いているせいか、お前に対する母と乳母からの印象はすこぶる良いし。前にウチで働かないかって声もかけられていただろう?食事のマナーや所作も比較的
(半月も公爵邸に居たのに盗みや
「堅苦しい貴族様にお仕えして、俺になんのメリットがあるんだよ」
「メリットしかないだろう。まず、給料が良い」
「はぁ?給料?」
「そして、生活に金がかからなくなるから貯金ができる。僕の侍従になるなら住み込みだ。家賃もいらないし食事も出る。制服は支給だからもちろんタダ。衣食住に金がかからなくなるから、給料を丸々家族に仕送りすることだってできるぞ」
「………」
やりがいだとか、人のためになるからとか、そんなのは建前でやっぱり金は大事だ。
定時で帰れるが薄給の会社に勤めていて、動画を作り始めた頃は機材や資材を購入して貯金も財布も空っぽになり、二日置きにもやしパスタを食べて、それ以外の日は水でしのいでいた。その頃は心が非常にすさんでいた。貧乏は心の余裕を奪う。
イルヴァレーノの顔も、すこし迷う様な表情がチラチラ見えて来た。
「エルグランダークは3大公爵家の筆頭だ。そこに潜入して情報を探ることができる立場になる。僕の侍従としてあっちこっちに顔を出すようになれば人脈だってできる。…今お世話になっている人にそう言えば反対されることもないんじゃないか」
ハッとした顔をしてイルヴァレーノが顔を上げる。
暗殺者がそういうのを顔にだしてもいいのかね。スパイじゃなくて暗殺者だからいいのか。
「お前の
「…一人称が俺になってるぞ」
「おっと。…
にやりと笑って、足を組みなおす。6歳の足は短くて、上の足が伸びてかっこつかない。
「イルヴァレーノ。お前を見える範囲に置いておきたい。僕の希望はそれだけだ」
主人公とイルヴァレーノのゲーム開始時点より前の接点を作りたくない・皆殺しするような心の闇を抱えさせたくない。暗殺者ルートを回避するためにも、カインはイルヴァレーノを放置するわけにはいかないと考えていた。
瀕死の状態で主人公と出会う…そのイベントを横取り出来たのはラッキーだった。早起きは三文の徳とはよく言ったもので、早朝ランニングしていなければ取りこぼしていた幸運だった。
「イルヴァレーノ。ずっと僕のそばに居て欲しい。僕の視界からいなくならないでくれ」
イルヴァレーノは、口をへの字に曲げて返事をしない。耳まで赤くしてプルプルと小刻みに震えている。
カインは、イルヴァレーノの目をじっと見つめて離さない。赤い瞳が少しずつ潤んでいくのを内心面白がりながら、真剣な表情で見つめ続けた。
「自分の顔の威力をわかっててやってるだろ」
「当然だろ」
なんせ、乙女ゲームの攻略対象だからな。とは心の中だけでつぶやいておく。
イルヴァレーノはわざとらしく大きなため息をついた。
「街の西端にある孤児院に住んでる」
「ああ、あの神殿に併設されているところか?」
ようやく素性を明かす決心をしてくれたようだ。
目をそらして、うつむいたまま小さい声でぼそぼそと言葉を吐き出していく。
「俺は年長組だから、出稼ぎに出かけることも多い。一度でたら半月戻らないなんてことは今までもあったから、別に心配されたりしない。余計なことはするなよ」
「余計なことするよ。母と相談した上になるけど、お前を孤児院に帰す日が決まったら一緒に行く。挨拶しなければならないからな」
「余計なことはするな!」
拾ってから一番の大きな声をだしたイルヴァレーノに対して、カインは声を出して笑うだけで何も答えなかった。
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