アリアの過ち 1

 決してカグラザカのご子息が気にならなかった訳ではありません。


 まだ12才の男の子だった。


 どうやら最近、思春期になったようで生意気な口を利く事も多くなった。


 でも決まって最後には「アリア~!」と泣きべそをかいて。


 そんな様子がとっても可愛くて……。


 なんだか愛おしくて……。


 そんな坊ちゃんと唐突な別れになってしまったのだから心配にならないはずがありません。


 でもそれはもう一人・・・・の勝手な都合。


 もしいつかクノンが自分の中のアリアという存在を知って……。


 それを受け入れたその時は……。


 きっと坊ちゃんの様子を見に行こう。


 そう決めていたのです。



 ◇ ◇ ◇



 それはクノンが5才になったある日の事でした――。


「クノン! 絶対にここから出て来ちゃダメだからね!」


 母は血相を変えた様子で戸棚の扉を閉めました。


 訳も分からず中に押し込まれ一人取り残されたクノン。


 暗くて狭くてどうして良いのか分からなくて……。


 間も無く。



「ぎゃああああ!!」



 母の悲鳴が聞こえました。


 立て続けに父の叫び声や悲鳴が聞こえて――。


 それが尋常ではないという事くらい、子供であろうとすぐに理解できました。


 本当はすぐにでもここから飛び出したい。


 でもお母さんがここから出ちゃいけないと言った。


「うう、こわいよぉ……」


 小さな身体を震わせて、ボロボロ涙が溢れてきます。


 すると外から更に叫び声が聞こえます。


「お父さん! ねえ! お父さん! お父さん!!」


「お、お母さん!?」


「起きてお母さん! お母さん! お母さん!!」


「どうして! どうしてこんな事に!!」


 それは大好きなお姉ちゃんの声。


 クノンは思わず叫びます。



「うええええん! お姉ちゃーん!」



 さらに泣き叫ぶ。



「うええええん!」



 心の底から泣き叫ぶ



「助けてー! お姉ちゃん!!」



 その時、心の中にいるもう一人・・・・が初めてクノンに声を発したのです。


「泣かないで……」


「え?」


「泣かないで……。貴方もお姉さんも必ず助けてあげる……」


 もう一人の人格アリアは主人格クノンの身体を乗っ取ると、すぐに戸棚から飛び出します。


 自宅の中は黒い煙が充満していて――。


 それを吸い込まないよう廊下に出る。


 両親と姉の姿を見つけるのに時間は掛かりませんでした。


 全身ズタズタに引き裂かれた両親はおそらくもう事切れているに違いない。



 私がもっと早く決心していればこんな事には……。



 そんな後悔に苛まれます。


 しかし姉の方はまだ息がある事が分かりました。


 すぐに駆け寄ったその時。


「おや、まだ子供がいたようですね」


 向こうで立っているその男と目が合いました。


 返り血を全身に浴びながらもにこやかに近づいて来る男。


「こんな子供に聞くのもどうかと思ってしまいますが一応お尋ねしますよ」


「…………」


「ウィザードの検体が何処にあるかご存じですか?」


「…………」


「うーん……。もっと分かりやすく言いましょうか。おじさんはねえ、ウィザードっていうお薬を探しているのですがね。きっとこのおうちの何処かにあるハズなのですが……」


「知らない」


 そう答えると。


「ふむ、そうですか……。だったら、てめぇも死ねクソガキがあああ!!」


 !?


 切りかかって来る男。


 アリアはすぐに呪文を唱えます。


「bコード展開、存在否定起動」


「な、何いいい!?」


 持っていたナイフごと男の利き腕が消滅し、その断面から血しぶきが飛び散ります。


 アリアは更に呪文を唱えます。


「bコード展開、存――」


「チッ!」


 男は舌打ちをすると、すぐにその場を立ち去ったのです。


 アリアはすぐに姉に対して回復魔法の応急処置を施すと、そのまま転移魔法で遠くへ送り飛ばします。


 行先はカグラザカの主治医がいる大学病院。


 そして自分自身は……。


 残り少ない魔力ちからを振り絞って、何処か安全そうな場所へ転移したのです。

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