アリアの提案 2

 都内某所、ホテルの一室。



 ミクリの携帯端末から届いた着信。


 それに出た旦那様。


「私だ。手短に話せ」


 その声は酷く枯れ、だいぶ疲弊している様子が分かります。


「こちらアリア」


 その声を聴いた途端、旦那様は豹変したように取り乱します。


「あ、ああ、アリア……アリアなのか!? 大変なんだ、カレンが……俺のカレンが……ああ、ぁぁああ~!!」


 カレンが行方不明になってから今に至るまでの数日間……旦那様は周囲に対して強がりを見せていました。


 しかし電話の相手がアリアだと分かると……どうやらタガが外れてしまったようです。


 アリアはその心情を察したように。


「ええ、分かっていますよ坊ちゃん。だからこそ一つ提案をしたく、こうしてお電話したのですから」


「提……案……? 一体何を……?」


「カレンお嬢様の生存を確認しました。外傷もなさそうです」


「ほ、本当か!? うおおお――。ぬおおおおん! よ゛がっだ~! ズズズ! 本゛当゛によがっだよ゛おおおお~!!」


「ですが未だ保護には至っていません。少々厄介なやからが相手でして……」


 アリアは咳ばらいをすると本題に入ります。


「こほん。そこで私からの提案です。少しの間、マザーの監視を解除して頂けませんか?」


「な、何!?」



 マザーとは政府が所有している人工知能の事。


 刻印持ちの魔法使いが危険な魔法を使えないよう監視している存在なのです。


 因みに魔法税の徴収額もマザーが行う演算によって決められています。



「坊ちゃんもお判りと存じますが、この身体に刻まれた監視レベルは最大。凶悪殺人犯ですら前例がない程の……」


 アリアはマザーからの監視によって多くの制限を受けています。


 使用できる魔法はもちろん、ふるえる魔力も本来の1%程度まで削がれているのです。


 当然、身体を共有しているミクリも同様です。


「何か……考えがあるんだな?」


「ええ、できますか?」


 尋ねるアリア。


 しかし、旦那様の返答は――。


「ダメだ! そんな事出来る訳がないだろう!」


 それを聞いたアリアはすぐに反論します。


「なんですって!? それは一体どのような了見での発言ですか!? まさか坊ちゃん、この期に及んでご自身のキャリアが――」


「物理的な意味に決まっているだろう! いいか! あれには最強のセキュリティーが何重にも掛かっているんだ! 禁書を持ち出した時とは訳が違う! とにかく俺にはどうする事も出来ない!」



 マザーは政府にとって重要な資産。


 起こり得るかもしれない凶悪犯罪を未然に防ぎ、多くの財源を生み出す存在……。


 その監視を解除するには多くの役人の承認が必要で、個人が私用で扱える代物ではないのです。


 更にそのセキュリティーは難攻不落。


 最強のサイバー要塞と呼ぶ者もいます。



 …………。



 沈黙するアリア。


 しびれを切らした旦那様が口を開こうとした時。


「坊ちゃん……いいえ、旦那様。貴方はご立派な当主になられましたね。アリアは安心しました」


「お前、一体何の話を……?」


「ならばお言葉ですが言わせて頂きます」


 アリアはそう言って大きく息を吸うと。




「つべこべ言ってねーでさっさとやれ!!」




 !?



 あまりの剣幕に絶句する旦那様。


 アリアは構うことなく話を続けます。


「なにも長時間解除し続けろなんて言っている訳ではありません! 10秒でいい。それくらいだったら可能でしょう? 周りを見なさい! 貴方の周りには仲間がいる。家族がいる。カグラザカに仕える者達は決して無能やわではありません。私が鍛え上げた部下達はいかなる逆境をも打破してみせる。サーヤが育てあげた部下達はどんな好機も捉えてみせる。不安な時はアキちゃんに傍に居てもらえばいい。そして貴方が私を信じてくれたなら、カレンお嬢様は私が必ず取り返す!」


 アリアは最後に。


「坊ちゃん、アリアは信じていますよ……」


 それだけ言うと、一方的に通話を切りました。


 …………。


 端末を見つめる旦那様。


「くそ、好き勝手言ってくれる」



 すぐに部屋を飛び出します。


「ハセガワ! 屋敷に戻るぞ! 」


「しかし、あそこはまだ瓦礫の山で――」


「そんな事は分かっている! だが、やるにはあそこしかないんだ!」


「やるって、一体何を……?」


「マザーをハッキングする!」


「ええええ!?」


「行くぞ!」


「は、はい!!」


 側近は慌てた様子で車を手配するのでした。

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