カレンのサプライズ大作戦! 上
相も変わらず広いお屋敷。
朝から始めた清掃がようやく済んで、アズサは額の汗をぬぐいました。
「ふう、今日のお掃除おわり!」
玄関ホールから始まって、廊下、応接室、各居室、そして離れと……。
全てを回り終えた頃には窓から西日が射しこんでいました。
彼女はここの使用人であり掃除係なのです。
そんなアズサの様子を見計らっていたかのようにやって来た一匹の白い猫。
「みゃあ!」
彼女の足に頬を摺り寄せます。
名前はクローバー。
以前、アズサが同僚のミクリと共に雪国から連れ帰ってきた雄猫です。
「お! クロ、なに? おやつが欲しいの?」
「みゃあ!」
「ちょっと待っててね」
そう言って食糧庫に向かうアズサ。
白猫も後からトコトコついていきます。
途中、廊下で幼稚園から帰宅したカレンと鉢合わせました。
立ち止まって会釈をします。
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいまー! クロもただいま!」
カレンは白猫の顎をくすぐります。
「みゃあ!」
「あれ? ミクリは一緒じゃなかったんですか?」
アズサが尋ねると。
「ミクリはねー、サーヤが大事にしてたティーカップを割っちゃって……それを隠してたのが見つかって呼び出されちゃったの」
「子供かあいつは……?」
「あっ、そうだアズサ。いいものがあるんだよ!」
カレンは思い出したように肩から掛けていた幼稚園バッグをあさります。
「いいもの?
「それは
使用人のボケを軽くあしらって、カレンは
「こ、これは!?」
それは近頃アズサが夢中になっている天才キッズピアニスト……『サオトメ ミナト』の直筆サイン入り生写真でした。
「アズサがミナトくんのファンだって言ったらくれたんだよ」
「キャー! ミナトきゅんカワイイー! これ頂いて良いんですか!? キャー! ありがとうございますー! カレン様、神様、お嬢様ー!!」
ご令嬢に向かって
いつもの様子とは随分と掛け離れたそのハイテンション。
流石に5才児をもドン引かせるレベルです。
「よ、よろこんでもらえてなにより……。それからね、ミクリにも何かプレゼントをあげたいの。ミクリが好きな物って何かなあ……」
「え、ミクリですか?」
生写真を懐に入れて、アズサは最近のミクリの言動を思い出します。
「そういえば最近、ブランドのバッグが欲しいって言ってましたね」
「却下。それ以外は?」
即答するカレン。
「ブランドのバッグはダメなんですか?」
「ダメ! だってミクリに高い物をあげたら調子に乗るに決まってるんだから!」
「5才児からそんな事を言われてしまうミクリって一体……」
「もっと、ささやかな物でミクリが好きそうなのって何かない?」
「だったら、手作りアクセサリーなんてどうですか?」
アズサは携帯端末を取り出すと手慣れた操作で目的のウェブサイトを表示して、画面をカレンへ見せました。
それはビーズアクセサリーの写真。
「これカワイイ。これにする! でもわたしに作れるかなあ……」
「私でよければ、お教えしましょうか?」
「いいの? でもミクリには内緒にしたいの」
「だったら今度の週末は
その日ミクリはトウコに同行してアルバイトへ行くとのこと。
ミクリの目を盗んでサプライズをやるにはお
「うん! じゃあ約束だよ!」
アズサと指切りをするカレン。
ミクリへの初めてのサプライズに心を躍らせます。
カレンが自室へ向かっていくのを見届けて……。
懐から生写真を取り出すアズサ。
彼女のテンションは再びブチアゲ状態に!
「よっしゃあああ! 休憩時間になったことだし! ミナトきゅんを堪能しなくっちゃ!」
「フシャー!!」
バシ!
容赦ない猫パンチ。
ずっと蚊帳の外だった白猫が早くおやつを渡せと言わんばかりに攻撃します。
「痛っ! あ、ごめんねクロ。おやつだよね。今度こそすぐあげるからね」
アズサと白猫は食糧庫へ向かうのでした。
◇ ◇ ◇
週末。
ミクリは朝早く出かけて行きました。
それを見届けて、カレンとアズサは離れの工房室へ入ります。
普段からお屋敷の福利厚生として使用人達に対して解放されている部屋で、DIYから裁縫にアーク溶接まで……あらゆる機材が一通り揃っています。
その全てがきちんと整理整頓されていて、ガラス扉のキャビネットに行儀よく収まっています。
埃一つ無い光景から、掃除係であるアズサの几帳面さが改めてよく分かります。
利用者の常連もアズサで、ここにある雑貨は全て彼女の作品です。(先ほどのキャビネットも含みます)
因みにミクリは何かとすぐ魔法に頼る癖があるのでここを利用したことがありません。
もしかしたら工房室の存在すら知らないかもしれません。
アズサは部屋の隅から子供用の机といすを持って来て、丁寧に中央へ置きました。
いすを引いてカレンを座らせます。
「では始めましょうか、お嬢様」
「おー!」
カレンは元気よく手を挙げます。
「お嬢様はどんなアクセサリーを作るか決めていますか?」
「うん! こういうのだよ!」
画用紙にクレヨンで力強く描かれた絵。
それは四葉のクローバーのブローチでした。
「わっ可愛い! きっとミクリも喜びますよ」
「うん! ミクリよろこんでくれるといいなあ」
「よし、そうと決まれば材料はこれと、あれと、それから……」
アズサは裁縫道具をまとめたキャビネットの扉を開いて、ビーズを入れた収納ボックスを取り出します。
それを机の中央に配置して、他の道具や材料は手前側と奥側へ……それぞれ同じ配置でワンセットずつ並べていきます。
いすに座って眺めるカレン。
床から少し浮いた左右の足を交互にぶらぶらさせながら待っていると……。
「これでよし」
準備を終えたアズサがカレンの対面に座ります。
「ではこれから私も同じものを作っていきますので、同じようにやって下さいね」
「わかった!」
アズサはワイヤーを手にすると、緑色のビーズを通します。
その動きはとてもゆっくりで、カレンも見様見真似でワイヤーにビーズを通していきます。
「あれ? 上手くできない」
「ではもう一度やりますよ」
時には作業工程を巻き戻して……。
アズサはカレンが出来るようになるまで何度も同じ動きを巻き戻しては繰り返します。
いつもミクリから魔法学を教わっているカレン。
ミクリの教え方は先に作業手順や理論を説明してから実技に入ります。
対照的に開始早々に実技を始めるアズサの教え方はカレンにとって新鮮でした。
まさに『見て覚えなさい』という指導スタンス……どうやらアズサには職人気質な一面があるようですね。
一応言っておきますが、決してミクリのやり方を否定している訳ではありません。
なぜならカレンは今の魔法学がとっても大好きなのですから。
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