お姉さんはたじたじです

 突然の出来事にミクリは戸惑いました。


「「「お姉さん、好きです! ぼくと付き合って下さい!!」」」


 大きな薔薇の花束を差し出す5人の殿方。


 まるで少女漫画のヒロインにでもなってしまったかのような展開ですが……。


 一つ申しておきましょう。


 ミクリに交際を迫る殿方たち……。


 なんとその全員が5才の幼稚園児だったのです。



 ◇ ◇ ◇



「で? 結局どうしたの?」


 廊下の窓ふきをしていたアズサ。


 お屋敷へ帰って来たミクリから相談を受けるも、その手を止めることなく淡々とした口調で返します。



 先程、ご令嬢のカレンを幼稚園に送り届けたミクリ。


 幼稚園を出ようとしたその折、5人の男の子から呼び止められて愛の告白をされたのです。


 そのあまりにも突然の出来事に、思わずミクリは……。


「お、お時間を下さい!」


 まるで逃げ帰るように幼稚園を後にしました。



 それを聞いたアズサ。


「いや、そこはキッパリハッキリ断りなさいよ!」


「だってー」


 アズサから正論を投げかけられたミクリは両手の人差し指の先端同士をくっつけたり離したり……トントンさせながらうつむきます。


 相手は10才以上も歳が離れた子供たち。


 しかも自身が仕えるご令嬢のクラスメートに手を出したとなれば、色々と社会的にまずい事は明らかです。


 それでもミクリはなんだかはっきりしない様子を見せます。


「歯切れが悪いなあ。だって何?」


「だってその男の子たち、端から御曹司、御曹司、御曹司、一つ飛ばして御曹司だったの!」


 ミクリが言う通り、彼らはそれぞれ銀行、鉄道、製薬会社、そしてIT関連で名を馳せる大手一流企業……その社長の孫や子供だったのです。


「さすがカレンお嬢様のクラスメート、圧倒的ラインナップ」


「でしょう? もういっそのこと、全員はべらせてオンパラに……うへへへ」


 ※オンパラ=御曹司パラダイスの略。


 アズサは窓を開けて叫びます。


「お巡りさーん、ここに犯罪者予備軍がいまーす!」


「わああああ! 冗談だから!」


 即座に窓を閉めるミクリ。


「だったら、午後お嬢様をお迎えに行く時にでも断わることね。ところで……さっき一つ飛ばされたのは庶民の子?」


「ああ、その子は天才キッズピアニストだって。確か名前はミナトくんだったかな」


「え!? ミナトくんですって!? それってまさかついこの前『女子高生、女子大生、OLに聞いた弟にしたいランキング』で堂々のナンバー1に輝いたあの・・ミナトきゅんのこと!?」


 急に何かのスイッチが入ったように興奮するアズサ。


「み、ミナトきゅん!?」


 その圧にミクリはドン引きます。


「どうして……どうしてミクリなんかが……。私は有休をとって彼のクラシックコンサート全てに足繁く通っているの! グッズだってこんなに持ってる!」


 アズサの懐ろからCD、タオル、うちわ、目覚まし時計、等身大ポスターと……次から次へと出るわ出るわのグッズの数々。


 遂にそのテンションがマックスに到達したアズサ。


 窓をバーンと開け放ちます。


「ミナトきゅーん! 私と結婚しよおおおお!!」


 しよー! しよー! しよー! (エコー)


 隣の窓を開けるミクリ。


「お巡りさーん! ここに正真正銘の犯罪者がいますよー!!」


 ミクリが開いた窓をピシャっと閉めるアズサ。


「人聞きが悪い事を言わないでちょうだい! いいミクリ? 私のこの気持ちは純愛なの! ええ、ええ、本当は分かっているの。なんたって私は18歳ピチピチ大人のお姉さん……対して相手はまだ5才の男の子。私のこの恋が届かない事は重々分かっている。でも……それでも私が彼を大好きって気持ちに嘘はつけない。そうでしょう?」


 ミクリはミナトくんの顔を模したお面を装着すると、魔法で出現させた薔薇の花束をアズサに向けて差し出します。


「アズサお姉さん、好きです。ぼくと付き合って下さい!」


「する! いますぐする。これで私はミナトきゅんのお嫁さん。ぐへへへへ」


 薔薇を抱きしめよだれを垂らすアズサ。


 棘が思いっきり腕に刺さっているのに妄想に駆られて、まったく動じていません。


「だめだこりゃ」


 ミクリは呆れてしまうのでした。




 さて、廊下で騒ぐ二人の声がお屋敷中に響いていたらしく、メイド長がやって来ましました。


「あなた達、先ほどから何を騒いでいるのですか?」


「あっ、メイド長。それが……」


ミクリは事情を説明します。


 すると。


「ああ、あなたもですかミクリ」


 メイド長は取るに足らないと言わんばかりの態度を示します。


「どうやら彼らの間で、大人の女性を口説くことがブームのようなのです。まあ、子供のやる事ですから特に気にすることでもないでしょう。ただ、ミクリが大人の女性とみなされた事には少々違和感を覚えますが……」


 いつも朝寝坊しているミクリに代わって、メイド長がカレンの登園に立ち会っています。


 メイド長はお屋敷の外でも品行方正と評判なので、子供たちから花束を差し向けられるのは日常茶飯事なのだとか。


「メイド長、最後のは余計ですよ。それじゃあ……」


 ミクリは再びお面を装着します。


「サーヤお姉さん、好きです。ぼくと付き合って下さい!」


 メイド長はニッコリほほ笑むと……。


「ありがとうございます。そのお気持ち、ありがたく頂戴致します。ですが、お付き合いは出来ません」


「どうして? ぼくはこんなにもお姉さんの事が好きなのに!?」


「分かりました。ではあなたが大人になったらお付き合い致しましょう。……だって恋愛は大人だけの特権ですから」


 この時ミクリとアズサの目には、まるでメイド長の背景に薔薇が咲き誇ったようなビジョンが見えました。


「「おおー!!」」


 パチパチパチパチパチ――。


 思わず拍手をする二人。


 メイド長は気恥ずかしさをごまかすように咳払いを一つすると。


「ほら、二人とも無駄話してないで早く業務を再開なさい。それからミクリ! あなたの事ですから、どうせ子供たちに圧倒されて時間を下さいとか言って逃げ帰って来たのでしょう? あなたも自分が大人だと思うのだったら相応の態度を示しなさい」


「はーい」


「返事を伸ばすな!」


「はい!」


「宜しい」


 メイド長は颯爽と廊下を歩いていくのでした。



 ◇ ◇ ◇



 その頃の幼稚園。


「キー! 悔しいですわ! まさかアキト様がよりにもよってカグラザカの使用人に愛の告白をするなんて……」


 金髪ドリルの女の子、イリナは口にくわえた白いハンカチを引っ張りながら涙を流します。


 どうやら大手銀行の御曹司に思いを寄せているようです。


 それをはたから見ていたカレンとお友達。


「ねえ、カレンちゃんは好きな男の子はいるの?」


「うーん……。いまのわたしの恋人はお父様かな。そう言っといた方が色々と都合がいいからね」


「カレンちゃんって大人なんだね」


 どうやらカグラザカのご令嬢が恋愛に興味を示すのはまだ先の様子。


 旦那様にとっては朗報かもしれません。

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