メイド達の出張業務 プロローグ

 標高2,000M。


 極寒の猛吹雪の中を二人の少女が歩いています。


「アズサ~、私はもうダメだ~。ぱたり」


 内、一人の名前はミクリ。


 気力を失い、積雪の上に倒れ込みます。


「おい、バカ! こんな所で寝たら死ぬぞ! 早く起きろ!」


 もう一人はアズサ。


 二人はカグラザカという名家に仕える使用人です。


 普段はご令嬢のお世話係だったり……。


 将又はたまたお屋敷内の掃除係だったりとしがないメイド達です。


 彼女達はある任務でここへやって来ました。



 ◇ ◇ ◇



 遡ること3日前――。


 ミクリは自身が仕えるご令嬢、カレンと二人揃って当主から呼び出しを食らいました。


「お前達を呼んだのは他でもない。私の愛するバイクが傷だらけの手垢まみれになっていたのだ」


 つい最近ミクリは当主のバイクを勝手に乗り回して傷だらけにしました。


 とうとうそれがばれてしまったのです。


 顔面の冷や汗が止まらないミクリとカレン。


 当主は話を続けます。


「察しは付いている。まずは弁解を聞こうではないか。カレン、まずはお前からだ」


 するとすぐさまカレンはプイっと顔をそむけて一言。


「わ、わたしは何も知らない……。全部ミクリが勝手にやった」


 それを聞くや否や、すぐさまミクリは大きく両目を開いてカレンを直視します。



 え、何を言ってるの? この五才児。


 ノリノリで一緒にバイク乗ったよね。


 二人仲良くニ尻にけつしたじゃん。


 うわ、全っ然こっち見ないよこの五才児。


 いつもミクリミクリーって言ってるくせにこういう時だけ突き放すの?


 おーい、あなたのミクリはここですよー。


 お嬢様の助けを待ってるミクリがここにいますよー。


 はあ……。いや、分かってるよ。


 そりゃあ、私がほぼ悪いよ。


 でもせめて7:3ななさんの3くらいは貰ってよー、次期当主でしょう?


 10はキツイってばよー流石に……。



 なんて思考がミクリの脳内をぐるぐる駆け巡ります。


 そして当然、次の矛先はミクリに飛んでいく訳で……。


「ほう、ではミクリ……。次はお前だ。何かあるなら言ってみろ」


「それは……」


「それは?」


 ミクリは横目でカレンを見ますが、やっぱり顔を背けたまま。


 その五才児からは絶対に関わりたくないオーラがひしひしと伝わってきます。


 こうなってしまってはもう素直に謝るしかありません。


「申し訳ありません! 弁解の余地はありません! 全て私がやりました!」


 深々と頭を下げるミクリ。


「…………」


「…………」


 長い沈黙がそこにはありました。


 そして当主はようやく口を開きます。


「そうか……」


 そして。


「もういい……。下がれ」


 それだけ言うと、二人を退出させます。


 部屋を出たミクリとカレン。


 早歩きで廊下を進んで、角を曲がって、立ち止まります。


 そして互いに見つめ合うと。


「「よっしゃああああ!!」」


 何一つお咎めが無かった安堵感をMAXのテンションで噛みしめるのでした。



 ◇ ◇ ◇



 次の日の昼下がり。


 廊下でメイド長に呼び止められたミクリ。


「ミクリ、丁度あなたを探していたのですよ」


「どうしたんですか?」


「旦那様がお呼びです。すぐ応接室に行きなさい」


「応接室ですか? 分かりました……。なんだろう」


 ミクリは首をかしげながらくるりと回って進行方向を変えます。


 するとメイド長は背後からミクリの右肩を掴んで耳元で囁きました。


「あなた昨日、旦那様を怒らせていますよね。気を付けなさい。旦那様はへらへら笑っている時こそ恐ろしいのですよ」



 ◇ ◇ ◇



 ミクリは応接室の扉を叩きます。


「入れ」


 と、声が聞こえます。


 入室すると下座に当主がいました。


 そして上座には恰幅の良い中年男性。


 どうやら客人のようです。


「おお、おお、待っていたよミクリ」


 当主はへらへらと上機嫌に笑っています。


 客人が口を開きました。


「じゃあ彼女が例の?」


「そうそう、例の例の。あ、そうだ。せっかくだから彼女の実力を今ここで見せてあげようじゃないか」


 当主はへらへらと笑うと、懐から拳銃を取り出しミクリにその先を向けます。


「へ?」


 唐突に銃口を向けられ混乱するミクリ。


 しかも凄い至近距離です。


 そしてなんと当主は引き金を引いたのです。


「うわあああ!!」


 ミクリは咄嗟に防御の魔法を発動し間一髪、銃弾を受け止めます。


「な? 凄いだろ? そう、彼女は不死身なんだよ。なんたって私自慢の使用人なんだから」


「…………」


 あまりにも度が行き過ぎる行為に客人は言葉が出ず。


 ミクリは驚愕のあまり腰を抜かして全身蒼白そうはくになりました。


 そしてメイド長の言葉を思い出します。


 『気を付けなさい。旦那様はへらへら笑っている時こそ恐ろしいのですよ』


 ふと、我に返った客人。


「え、いや、え? ちょ、先生、流石に趣味が悪すぎますよ!」


「いやいや、なんのなんの。こんなのまだ序の口よ。もしこれで彼女の不死身芸をこんなものかと思われてしまったら、私はもう悔しくて悔しくて夜も眠れない。なんだったらもっと凄いやつをお見せしようか?」


「いやいやいやいや! もう十ぅぅぅ分、理解しましたから! どうかそれをしまって下さい!」


「え、そう? じゃあ仕方ないか。とにかくこれで分かったでしょう。彼女が適任だって」


「そ、それは確かに。こんな至近距離で撃たれてるのに無傷だなんて初めて見た。信じられない……。是非彼女でお願いします!」


「そうかそうか。もう煮るなり焼くなり好きに使うといい!」



 さて、話がまとまったところで改めて事の経緯いきさつを説明しておきましょう。


 そもそも当主の客人の正体は、北国で山のふもとにある町の長です。


 近頃、山に住む魔獣が町へ降りてきては人々を襲っているといいます。


 幾度か腕自慢の魔法使いや軍を派遣しましたが、帰って来なかった者、負傷しながらも逃げ帰って来た者などなど……。


 その魔獣の強さに歯が立たない状態なのです。


 拡大する一方の被害。


 どうすることも出来ず手をこまねいていた所、風の噂で聞いたそうです。


 カグラザカに仕える使用人の中に腕の立つ魔法使いがいるということを……。

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