第20話 ハルゼー提督

 ハワイに居残り全体指揮を執るキンメル太平洋艦隊司令長官。

 その彼は空母部隊を指揮するハルゼー提督やあるいは戦艦部隊を指揮するパイ提督に対し、最悪の場合は彼我の空母の数が二倍になること、さらに日本側の艦上機が最大で六〇〇機近くに達する可能性があることを伝えるとともに、もし戦況が不利であれば躊躇せずに撤退することを指示していた。


 「最大で一二隻の空母と戦う場合があるとは言っても、一隻あたりの戦力はこちらのほうが圧倒的に上だ。いくら二倍の数の空母を擁していようとも、肝心なのは艦上機の数とその性能、それに搭乗員の技量だ。所詮、空母は飛行機を戦場に運ぶための運搬手段にしか過ぎん。なにより一隻あたりの艦上機の数はこちらの方が相当に多いし、そのうえ飛行機や搭乗員の性能は明らかに我が方が上だ。空母の数の差などたいしたファクターではないから、そこは安心してくれ」


 心配顔のキンメル長官に、だがしかしその時のハルゼー提督は表情にその不敵な笑みを浮かべつつそう答えていた。

 粗忽そうに見えて、実際にはハルゼー提督は誰よりも情報を重視する、つまりはファクトやエビデンスを何よりも重んじている。

 だからこそ、敵に対する研究やその対策を疎かにするような真似はしない。


 「キンメル長官は日本側艦上機は最大で六〇〇機近くになると話していたが、どう思う」


 自身が知りたい部分を端的に問うハルゼー提督に対し、航空参謀もまた要点だけを答える。


 「太平洋艦隊の情報部によれば、開戦劈頭にフィリピンのイバならびにクラークフィールドにある友軍基地を襲った艦上機はそれぞれ一〇〇機近くに達したそうです。つまり、最低でも四隻で二〇〇機以上の艦上機を運用できる能力が必要とされます。

 日本の空母でそれが可能なのは『天城』型空母のみです。戦艦改造の『金剛』型空母は我が方の『レキシントン』級に比べて明らかに艦型が小さく、そのサイズはむしろ英国の『イーグル』かあるいはフランスの『ベアルン』に近いからさほど搭載機数は多くないはずです。

 もちろん、『金剛』型空母も格納庫を二段にすればそれなりに搭載機数を増やすことは出来ますが、しかし、残りわずかな耐用年数の旧式戦艦にそこまで徹底した改造をやるとも思えません。

 だとすれば、太平洋正面に配備されているのは、それぞれ四隻の『天城』型空母と『金剛』型空母となります。あと、日本海軍がマル三計画で建造を進めていたという装甲空母ですが、はっきりした情報が無い以上こちらはすでに戦力化されていると見ておいたほうが無難でしょう。敵の戦力を過大評価するよりも過小評価していた場合のほうが遥かにまずい状況に陥りますから。

 そして、肝心の艦上機ですが、情報部では『天城』型空母が五〇機前後、『金剛』型空母が三〇乃至四〇機程度、それに装甲空母が四〇乃至五〇機程度ではないかと予測しているようです。私もその見立てに異存はありません。ただ、装甲空母に関してはあるいはもう少し搭載機数が多いかもしれません。同じ三万トン級空母でも装甲範囲やその厚み次第でずいぶんと船体の大きさが違ってきます」


 航空参謀の言に対し、ハルゼー提督は頭の中で算盤を弾く。

 「天城」型空母が五五機、それに「金剛」型空母を四〇機とそれぞれ多めに見積もり、さらに装甲空母も航空参謀の懸念を盛り込んで六〇機だと想定すればその合計は六二〇機となる。

 こちらの常用機は四五六機だから、単純な数で言えば相手は三割以上も優勢だ。

 ただし、これはあくまでも最悪だった場合の想定であり、一隻当たりの艦上機の数がこちらの予想より少ないか、あるいは装甲空母が参陣しなければその差はぐっと縮まるし、場合によっては逆転すらもあり得る。


 「敵の空母は一二隻、その艦上機は六二〇機として想定しておけば問題は無さそうだな。ところで、フィリピンを襲った四隻の空母はどうしている。一二隻の空母と合流された日にはさすがにこちらの不利は免れん」


 航空参謀から情報参謀へとその視線の先を変えたハルゼー提督は質問を重ねる。


 「フィリピンを襲った四隻の空母はその後、南方戦域で猛威を振るっていることが確認されています。これら空母がただちにウェーク島に向かってくると仮定しても、我が艦隊と日本艦隊の主力がぶつかるまでに合流することはどんなに急ごうとも不可能です」


 最大の懸念である南方戦域の四隻の空母については、これらがウェーク島に向かっている日本艦隊と合流することはない。

 ハルゼー提督は念のために航海参謀にも同じことを問い質す。

 彼の答えもまた情報参謀と同じものだった。


 「日本軍の連中は戦力の分散という兵法最大の禁忌を犯したようだな。おそらく、こちらには空母が最大でも六隻しかないと考えてのことだろう。ならば、連中には教育してやらんといかんな。兵法最大の奥義は我の全力で敵の分力を討つことだとな」


 そう言ってハルゼー提督は獰猛に笑う。

 ウェーク島を舞台にした米日主力艦隊同士の対決は間近に迫っていた。



 第一任務部隊

 戦艦「ウエストバージニア」「メリーランド」「コロラド」「テネシー」「カリフォルニア」

 軽巡四、駆逐艦一六


 第一六任務部隊

 「エンタープライズ」(F4F二七、SBD三六、TBD一五)

 「サラトガ」(F4F二七、SBD三六、TBD一五)

 重巡三、駆逐艦八

 

第一七任務部隊

 「ヨークタウン」(F4F二七、SBD三六、TBD一五)

 「レキシントン」(F4F二七、SBD三六、TBD一五)

 重巡三、駆逐艦八


第一九任務部隊

 「ワスプ」(F4F二七、SBD三六、TBD九)

 「レンジャー」(F4F二七、SBD三六、TBD九)

 重巡三、駆逐艦八

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