05 海上ギルド
「――ありがとうティファーナ」
やっと陸に着いた僕は、久しぶりの大地の感触を踏みしめた。
……ガクンッ……!
「お、おっとと!……痛っててて。体がガクガクだ」
思った以上に疲労が溜まっていたせいで、まともに歩けず膝から崩れてしまった。無意識に全身に力を入れていたからしょうがないか。
「大丈夫? まぁゆっくり休めばいいよ。もうリヴァイアサンに襲われることもないし!」
「ハハハ。そうだね。もうアレは勘弁だよ」
「ジル。取り敢えず“結婚はまだ”って事は分かったけど、今の私達は何? やっぱり結婚を控えた婚約者同士でいいって事で良いのよね?」
僕のこの1時間の丁寧な説明は何だったんだろう―。
「あ、あのさティファーナ。ずっと言ってるけど、結婚とか婚約ってのはしっかり相手の事を知ってからするものなんだよ」
「分かってるわよそんなの。もうお互いに名前だって知ってる種族も知ってる。私は人魚族でジルは人間!年齢も同じ16歳だし、私が婚約破棄された過去もジルは知ったし、私はジルが仲間に裏切られた事を知ったよ。結婚ってまだ知らないといけないの?」
そんな上目遣いと谷間で誘惑しないでくれ。
何かもうこのまま結婚しても良いのかな?……って駄目に決まってるぞ!
「それは勿論そうだよ。僕達はまだ知らない事の方が多いでしょ?好きな食べ物や好きな事。普段は何をしているのか、休みの日はどう過ごしているか。お互いが何時に寝てるのかも知らない」
「それもそうね……。じゃあ私から全部答えるね!好きな食べ物は……」
「いやいやいや、そうじゃなくて!話がまとまらないなぁ。どうしよう」
この状況を打破する案が浮かばない。
僕がそんな事を思っていると、ティファーナは何とも自然にこう言ったんだ―。
「私はジルの事知りたいよ?」
――ドクン!
鼓動が高鳴るのを初めて感じた。
ゆらゆらと揺らめく海面が、日差しで煌びやかに反射する。その反射のせいなのか彼女の無垢な笑顔のせいなのか。反射する日差しより眩しい彼女の笑顔に、僕はドキッとしてしまった―。
「あ……そ、その……ありがと。ぼ、僕だって知りたいよ、ティファーナの事…………好きだから……」
何を言っている俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!!!
何が僕だって知りたいよだよ!まともに女の子と喋った事もないクソ商人のくせに!格好つけてる場合か!しかも何で告白してるんだっ!
どうするんだよ⁉ ティファーナが下向いちゃって何か微妙な空気が流れてる気が……!
ん? も、も、もしかして……ティファーナ照れているのか……? 下向いたまま黙ってるぞ。ひょっとして僕もティファ―ナも……“恋”に落ちたのか?? これが恋なのか??
そうか。さっきの胸の高鳴りは恋なのか―。
僕は彼女の笑顔を見た瞬間恋に落ちてしまったんだ。そしてそれはティファーナも然り。
きっと僕のさっきの言葉で、君も僕と同じように恋に落ちてしまったんだ。だからずっと下を向いたまま変な空気が流れているんだね。
初めて知ったよ――。
そうなんだ。これが、これが本物の恋というものなんッ――「ジルの言う通りだね!」
「………………ん?」
流れていた恋の空気が一変した。
「私は結婚っていうのを少し勘違いしてたみたい!今少し考えてみたんだけどね?確かに、運命の出会いをすれば全てが結婚だと思ってた。けど、愛を誓って一生を連れ添うなら、何よりもまず相手の事を知らなくちゃいけなかったんだね!逆だったわ。だから私はジルの前の人に婚約破棄されてしまったのよ」
とてもスッキリした表情で元気に話すティファーナ。あまりの話の落差に僕は思考も精神も絶賛パニック中。
「だから私はジルの事をもっと知りたいな!ジルも私の事を知ってほしい!私もジルの事好きだけど、結婚はもっとお互いを知ってから。それまではまだ結婚も婚約も出来ないわ。だからごめんねジル!これから頑張ろ!」
ほぉ~~~~。
たった今僕は凄い着地を見させて頂きました。
どうしてこうなったの? どこから? え? え? ちょっと待って、意味が分からない。僕はひょっとして今振られたのか……?
あれだけ詰め寄られたのにまさかの「ごめんねジル!」って。申し訳なさそうな感じも一切なく、むしろ元気一杯に言ってるけどさ、ティファーナ。
「あー。海は綺麗だなー」
僕は自然ともう考えるのを止めていた。
今起こっている摩訶不思議な現実から目を背けたいんだ。いいじゃないか。だって目の前にはこんなにも綺麗で広大な異世海が広がっているのだから。
この圧倒的に広い海の前では、僕の悩みになんて無いに等しくなるよ。
「海って広いよね!私達人魚でも、まだまだ行ったことない場所が沢山!」
命の数だけ物語がある。
種族など関係ない。
全ての者が、自分の人生で誰かと出会ったり恋に落ちたり、冒険者になったり仲間とギルドを立ち上げたり。それぞれあらゆる運命や確率の中で唯一無二の物語を生み出している。
もしこの物語を数にしたのならば、それはきっと天文学的な数字だろう。
そんな事を考えながら地平線を眺めていた僕は、急にある事が頭に浮かんだ――。
「そういえば……“海の上”にギルドって1つもないよな……」
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