02 魔力商人

 やっぱり状況が状況なだけに耳まで可笑しくなってきたか。無理もない。僕今死にかけているんだから。きっと全部が可笑しいんだよもう。


 この広い海で人魚に助けてもらった事も、その人魚の女の子が可愛いく僕のタイプだった事も、胸が割と大きい事も、最後の最後によく分からない発言をした事も全て……全てがもう夢なんだきっと。


 自分でも気が付かなかったけど、最初の時点で僕はもうリヴァイアサンに食べられて終わっていたんだな。


 これは僕の空想。でなければ、彼女の最後の言葉は余りに理解不のッ……「――さっきの“婚約破棄”で魔力使い切ってなければ一瞬で逃げ切れるのに!」


この空想……幻聴は何時まで聞こえるんだ?


「私は絶対にあなたを、私の“婚約者であるジル”……あなただけを置いて逃げたりしない!夫婦というのは、何があっても一生連れ添うものなんだから!」


 もうお手上げです──。


 神様、死んだのならば僕はちゃんと自分の死を受け入れます。確かにまだまだやりたい事があると思っていたけど、ちゃんと自分の運命を受け入れます。


 なのでもう僕のこの空想は終わりにして頂きたッ……「――なにボ~っとしてるの!安心して。結婚式は挙げられなかったけど、死ぬ時は2人一緒だから」


 ティファーナはそう言いながら僕の腕に絡みつき、頭を肩の上にポンと乗せてきた。


 いやいやいやいや。だから全くもって理解不能だってば!


 でもこれが空想でも夢でもないという事は、握っている君の手と肩に乗る君の頭が、そして何より……腕に当たる君のおっ〇いの感触が僕を現実に引き戻した―。


「ティ、ティファーナ⁉ 君はさっきから何を言ってるんだ⁉」

「何の事? それより、正気が戻ったみたいで安心したわ。大丈夫。私とジルは死んでも一緒だからね」

「それだよ、それっ! 婚約者とか死んでも一緒とか……ん? ……その前なんて言った?」

「その前? ……結婚式は挙げられなかったねって」

「もっと前! 聞き間違いじゃなければ、魔力使い切ってなければ逃げ切れるって……」

「うん言ったよ。少しでも魔力が残っていれば、私の魔法で一気にね」


 差し詰まった状況にも関わらず、彼女は屈託のない笑顔でそう言い放った。

神様にでも試されているんだろうか……。


ティファーナの言葉は、完全に諦めていた僕の心に一筋の希望を見出した。


 何とか攻撃を食らわせたリヴァイアサンももう正常に戻っている。どの道もうコレしか手はない。こうなりゃダメ元だ。


「ティファーナ! 君に僕の“魔力を渡す”!」

「――⁉」


 僕の職種は【商人】である。

 当然の如く、商売が1番得意だ。物の売り買いや交渉。今回のクエストで必要だった船も僕が手配した。船を借りる日数や、長旅でもストレスが溜まらない程の船の広さ。それに加え、少しでも皆にとって安全な航海に出来ればと、船や航海術について知識を身につけてからあの船を探した。


 値段は確かに安くはないが、それなりにいい条件で交渉出来た思う。実際に航海も順調だった。商人とはそういうものなんだ。


 しかし僕は、普通の商人とは“1つだけ違う”事がある。

 それは……ただの商人ではなく【“魔力”商人】というもの──。


 僕の調べた限りでは、この【魔力商人】という職種は今までに見た事も聞いた事もなかった。


 そもそも、この世界では10歳の時に“職種適正”と呼ばれる適性を皆が受ける。もし冒険者になる場合は、その適正結果で将来の職種が決まるのだ。ラウギリは【剣士】、ラミアは【魔法使い】、エミリーは【ガンナー】といった感じでね。


 そして僕はその時の職種適正で魔力商人となったのだが、初めてそれを知った時は、誰も見た事がないし聞いたこともない職種だったから、きっと凄い事が出来ると期待したんだ。でも、その期待を打ち砕かれるのは早かった……。


 命あるものには当たり前に存在する魔力。火、水、風、土の4属性が基本だ。どんな魔法を使うにも必ず魔力が必要。魔力を練り上げ、そこに自分の得意な属性を加えるのが普通。


 そして僕の魔力商人と言う職種は、その1番重要な魔力そのものを自由に“与える”事が出来るものだと分かった。自分から自分に魔力を与える事は出来ない。一応試したけどね。


 でも、もし僕がパーティにいれば、いくら魔力が尽きても僕から貰えばいいし、魔力が必要な人に魔力を“売る”事も出来る。これは凄い能力だから最高の商人になれるぞ!


 ……と、この時は思っていた。


 だが、いざその力を試してみると、それは想像していたものとは全く違った。


 与えられる魔力はほんの少し。雀の涙程度。これじゃ下級魔法1発撃てるかどうかも分からない。しかもこんな量の魔力じゃ売ってもたかが知れていた。回復薬を買った方が断然いい。


 最初こそ物珍しいものであったが、いつしか僕もラウギリ達も、この能力は大して使えない。そう思っていた。結局それが正解で、今日までこれといって役立った試しがない。


 けれどティファーナ。君は今言ったよね?少しでも魔力が残っていればって。


 果たしてこの程度の魔力が本当に使い物になるか分からない。

 だけど僕の力で、渡せる目一杯を君に渡す。受け取ってくれ!


「渡すって、どうやって……⁉」


 握っていた手から手へ──。


 僕はティファーナに魔力を与える。

 与える時のこの独特な感覚と光。


 ほんの数秒で終わるから、直ぐにティファーナが魔法を使えば逃げ切れ…………って、えっ……⁉ な、何これッ⁉


 いつもなら、感覚で言えば、コップ1杯程度の魔力量しか与えられないのに……。


――ブワァァァァァンッ!!


 何で……??




 何でこんなに“大量”の魔力が出てきているんだ――⁉⁉

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