第241話 何だかなあと思いつつ

 事務室へ入る。


「あ、商会長。連絡が4件入っています」


 以前ローラの同窓会で顔見知りになった事務員が通信用紙を2枚渡してくれた。

 受信装置近くにある椅子に陣取って、連絡を読む。


『軍務庁より予約済みの騎士団車両第一編成、予定時刻にダラムに到着せず。昼0半の鐘0:30、軍務庁より走行予定の取消しを受理』


昼1半の鐘13:30過ぎ軍務庁より至急報。車両襲撃事案発生。場所は軍務庁専用線エイダン地区。エイダン港からダラムに向け走行中の騎士団車両第一編成が襲撃を受けた。なお戦闘は既に終了。当商会員の死傷者はなし。

 軍務庁より調査及び修復要員の派遣依頼を受理』


『調査の結果、騎士団第一編成は大破・走行不能と判断。線路及び魔力導線ユニットは110腕220m要交換。現在ダラム車両基地から資器材搬送中。到着次第被害車両を線路上から取り除き線路のユニット交換作業を実施予定』


『被害車両の撤去及び線路修復は夜7の鐘で完了予定。また要請によりサルマンドに待機していた第二編成をダラムへ回送中。夜8の鐘ダラム発でサルマンドまで運行予定』


 符号を全部平文に訳して必要部分だけをまとめるとこんな内容だ。

 第一編成が襲撃を受けて大破し、線路も補修中。

 そして大破した第一編成の代わりに第二編成をこちらに向けるらしい。


 第二編成をわざわざダラムへ回送したという事は、誰かを乗せてくる事が確定だ。

 ただ事件への対処の必要があるし、そもそも行啓そのものがなくなる可能性がある。

 それに状況の全容を知るには情報が足りない、そう思った時だ。


 受信装置が動き始めた。

 打ち出し最初の宛先をさっと確認する。

 僕宛てでは無い、此処へ宿泊中のローチルド伯爵家宛てとなっていた。


「今度の通信は僕宛てでは無くローチルド伯爵家宛てだ。出力が終わったら頼む」


「わかりました」


 おそらく今回の件に関する事だろう。

 しかし通信内容は当事者以外は秘匿だからあえて読まない。


 さて、情報を把握するにはどうすればいいのだろう。

 僕は商会長だからその気になれば王都バンドン支店に命令し、号外が出次第此処へ内容を送れなんて事も出来る。


 しかしそれはそれで王都バンドン支店に申し訳ない。

 ただでさえあそこは忙しい上に、この件は微妙に業務外だ。

 それに号外が出て3時間もすれば、此処まで現物が届く。


 落ち着いて待つのが最適解だろう。

 なら一度部屋へ戻るか。

 僕は受信装置近くに置いた椅子から立ち上がる。


「一度部屋へ戻る。僕宛ての連絡は至急以外は此処に置いておいてくれ。後で読む」


「わかりました。それにしても商会長、毎回大変ですね」


 確かにそうだなと自分でも思う。

 しかしここは一言弁解しておこう。


「いつもこんな感じの訳じゃないぞ。何故か此処へ来ると妙な事態が起きるんだ」


「此処もこんなに個人宛通信が来る事はまず無いです。例外は前回商会長がいらした時だけです」


「まあお互いそうだろうな。こんな事がしょっちゅうあったらたまらない」


「そりゃそうですよね」


 事務所を出て部屋へ。

 着替えていた筈のローラが普段着に戻っていた。


「先ほどウィリアムお兄様から連絡が入りました。騎士団車両が襲撃された件についてです。リチャードのところにも連絡は届いたでしょうか」


 僕は頷く。


「ああ。商会の方からも連絡が入った。内容はほぼ同じだ。車両大破、両殿下及び随行員は無事。そこまでだ」


 カールがこの件について知っていそうだった事、無事だった列車が夜にやってくる事は言わない。

 ローラになら言っていいだろうとは思う。

 しかし一応職務関係やオフレコ系はやめておいた方が無難だろう。


「それで着替えを一度中止した訳か」


「ええ、何時でも動けるようにした方が良さそうですから」


 なるほど、なら僕も平服に着替えるとするか。

 そう思ったところで扉がノックされた。


「失礼します。ローチルド家の連絡担当のハスギリと申します。結婚式及びこの後の予定変更について連絡に参りました」


 僕が事務室にいた時に入った通信の関係だろうか。

 僕が頷くのを見てクロエさんが扉を開ける。

 若い男性が室内に一歩だけ入り、こちらに向けて一礼してから口を開いた。


「急な連絡で失礼いたします。

 今回の結婚式は明日の朝8の鐘の時刻からに延期し、本日は夕5の鐘の時間から会では無くこの施設の通常の夕食と致します。勿論平服で結構です。


 延期理由は来賓のエッティルー殿下が急用が生じ、到着が本日夜となる為です。また同じく来賓のアルガスト殿下、及びフェーライナ伯から急用の為、今回は欠席されるとの連絡が入りました。

 以上となります」


 なるほど、軍を統括する2名が始末に残り、エッティルー殿下だけがこちらへ向かうという事になった訳か。

 襲撃を受けたのは軍務庁所有の騎士団車両だから当然かもしれない。


「わかりました。ありがとうございます」


「それでは失礼いたします」


 さて、おおよその状況はわかった。

 そして今はまだ昼2の14:00前だ。

 号外はまだ当分は来ない。


「夕食まで大分時間があるけれどどうする? 温泉に入ってくるか?」


「そうですね。せっかくですから温浴着に着替えましょうか」


 此処で待っていても情報は入らない。

 ならこの施設を楽しむのが正解だろう。

 温浴着に着替えて、そして温泉施設へ。


 他の客はまだだし、ローチルド家の皆さんはお迎え態勢等があるから誰もいないだろう。

 そう思ったら2人程しっかりと堪能している反応があった。

 どちらも僕がよーく知っている人物だ。


 とりあえず洗浄泉で軽く汗その他を流してから露天部分へ。

 流石にウィラード領の冬は寒い。

 ただ寒い方が露天風呂が楽しいというのも事実だったりする。

 ヒートショックとかの心配はあるけれど。


 そんな事を思いながら、温泉浴槽にいたウィリアム兄に声をかける。


「早いですね。予定通りですか?」


「何の予定かな、それは」


 しらばっくれるつもりのようだ。

 まあ表立って陰謀に加担していたとは言えないだろう。

 だから仕方ない。


「セリーナさんはどうしていますか」


「部屋で休んでいる。こういった場所は今の体にはあまり良く無いみたいだからね。入るのも部屋の温泉だけにするつもりだ。

 僕もそれなら部屋の温泉でいいかと思ったのだけれど、セリーナに私の分も見てきてくれと言われてね。それで一通り浴槽を試しているところさ」


 そんな事を言っているがウィリアム兄、以前此処へ来たがっていたのを僕は知っている。

 セリーナさんもきっとその辺を知っていて送り出してくれたのだろう。


「それにしてもアルガスト殿下は残念だったね。おそらく一番此処へ来たがっていたのだけれど。此処で結婚式をやろうと最初に言い出したのもアルガスト殿下だしね」


 ウィリアム兄め、危険な話題をぶっ込んで来た。


「そうなんですか」


「そうだよ。王族は行事がなければ王宮外に出られないからね。王立騎士団を預かる家の結婚式なら出席しても問題ないだろう、そういうつもりで企画したそうだけれどね、

 だから事案が起きてしまって本気で残念がっていると思うよ」


 当初は、なんてついているところを鑑みると、やはり今回の件は敵の誘い出しで、襲撃は予定通りだったのだろう。

 それならそれで自業自得だと僕は思うのだけれど。

 何にせよ『何だかなあ』という気分になってしまう。


「事案発生が午後0半の鐘頃だとすると、号外が出て此処へ到着するのは夕5の鐘以降だろうしね。

 それまではこっちでのんびり待つしか無いだろうね。一介の領主家としてはさ」


※ 救援車両

  災害や事故現場等に出動する為の事業用鉄道車両。応急復旧資材や工作機械を積載しており、これらを運搬したり作業員の搬送や休憩等に用いられたりする。

  京浜急行の黄色い電車(デト17)が有名。


  ただ最近はトラック等で急行する方が便利な事も多い為、あまり使われなくなった。またこういった資材等もトラック等で運びやすいよう救援車に積載せず、コンテナに積載する事が多くなっている。コンテナなら救援車に積むのもトラックに積み替えるのも楽だから。

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