第225話 9月の終わりまで
内示の影響については自宅へ帰った後、ローラと2人で話し合って確認した。
「この人事の最大の狙いは一見、王立研究所の復権にあるように思えます」
ローラは内示を確認した後、そう前置きしてから続ける。
「王立研究所、王立学校を文部卿という公爵位職の管轄下とした事で、予算も人事も大蔵卿や宰相の手から離れ、完全に独立した組織扱いとなりました。
つまり軍務卿管轄の王立騎士団と同じ扱いです」
なるほど。
「つまりこれまでのように予算を減らしたり、使えない高級人材を送り込んだり出来ない訳か」
「ええ。予算は請求額が優先的に認められますし、人事も完全独自のものとなります。今まで宰相等の権限で付けられていた人材も元の所属に送り返されるでしょう」
「王立研究所も王立学校も正常化する。
その為に第三騎士団を預かるゼメリング家の後を参謀本部のフェーライナ伯ではなくローチルド伯にした訳か」
「ええ。ですが正常化させるのは、おそらく王立研究所や王立学校だけではありません。
この人事を考えた方は、最近の国政の問題点を一気に変えようとしているように思えます」
やはりそうかと思う。
実は僕もそう感じていたのだ。
『王立研究所、王立学校、監査預かり 文部卿 公爵 エッティルー・アルドロンド・セリア・フェリーデ王子』
内示にははっきり監査と入っている。
つまりはこういう事だろう。
「王家の一員による監査なら公爵級貴族であろうと意見を受け入れざるを得ない。それによって陛下が職権を発動しても周囲が納得しやすいだろう。
それによって野放しになっていた宰相や大蔵卿、政務院議長の業務を正常化させる訳か」
僕の言葉にローラは頷く。
「ええ。チューネリー公による一部の商会への利益誘導、レウベルグ公の人事権濫用による行政機関私物化によってこの国の政体は大分歪められてしまいました。
その辺りを是正し政府に緊張感を与える事こそが今回の目的だと思うのです」
全くもって同意見だ。
ローラは更に説明を続ける。
「フェリーデの国法では国王の権能は貴族の任罷免のみとされています。政治・行政・司法・立法等はそれぞれ貴族の分掌です。
それらの政治的・行政的決定に国王が不満を持った場合、今までの制度では罷免を持って遇する事しか出来ません。
ただ公爵位はそれぞれ宰相、財務卿、政務院議長、軍務卿、親衛騎士団長に紐付いています。罷免はすなわち降爵や奪爵です。
そうなると対象貴族家はあらゆる方法で抵抗しようとするでしょう。そして公爵家はそれぞれ貴族派閥を率いています。派閥の貴族が団結して敵に回った場合、最悪の場合は国を割る事案に発展する可能性すらあります。
ですからこの方法で大蔵卿や宰相、更には政務院議長を抑えるのは事実上不可能でした。今までは」
そう、ローラが今説明した事こそが
それが、つまり。
「ローチルド伯爵家による監査と是正命令は侯爵位以上の貴族には届かなかった。そこを公爵位の職として王家の一員をつけた事で公爵位の他の職まで届くようにした。
そういう理解でいいんだよな」
「ええ。その通りです。更に侯爵位であっても本来業務に失敗した場合、一代貴族まで降爵するという事を実例として示したのが、この人事なのだろうと思います」
なるほど、ゼメリング家を準子爵に降爵したのもこの一環だった訳か。
そこまでは考えつかなかった、そう思って気付く。
「でもそれならゼメリング家を降爵すると明らかにした際、チューネリー系の派閥が揃って反発行動に出るなんて可能性は考えなかったのだろうか。領地運営も北方対策も失政続きだったのは誰の目にも明らかだけれど」
「おそらくゼメリング家の降爵については、そちらの派閥と話がついていたのだろうと思います。
勿論話をつけたのはゼメリング家を降爵する件についてだけでしょう。公爵位職の文部卿を新設するという件までは了解を取っていないだろうと思います」
なるほど、ゼメリング家は売られた訳だ。
同情の余地は正直ないけれど。
それにしてもだ。
「ゼメリング領が衰退したおかげかもな。これだけの事が一気に出来たのは」
「変える事が可能な機会を窺っていたのだろうと思います。このままではいけないという危機感もあったのでしょう」
誰が、とはローラは言わない。
でもおそらく中心人物はアルガスト皇太子殿下だろう。
少なくとも僕はそう思っている。
カールやキットから聞いた話だと、そういう事を考えそうだと感じたのだ。
◇◇◇
10月を前にしてカールとキットが去った。
それを受けて、技術部全体の組織を再編することとなった。
何せ技術部という組織そのものが、
○ 技術関係はカールが全て把握している
○ 研究関係や人員についてはキットが全て把握している
という事を前提に出来ていた。
これは技術部、いや工房の成り立ちを考えれば仕方ない。
しかしカールとキットが揃って抜けるとなるとこのままではまずい。
技術部長となるエルリッヒ顧問もファウチ新副長も優秀だ。
しかしカールやキットと違い、工房を以前からずっと知っていてほぼ全て把握しているという訳では無い。
なので検討を重ねた結果、技術部全体、研究畑、製作畑、整備等その他を問わず、
技術部長─技術副長─代表課長─課長─主任・班長─係員
という体制にした。
例えば工場や本部整備場に棲息する製作ジャンキーは、
○ 第一製作課
○ 第二製作課
○ 第三製作課
に再編した。
以降は担当業務の管理はそれぞれの課が、この傘下に関連する業務や人事などの連絡調整は代表課である第三製作課が行う事となる。
第一製作課は実験車両や試作車両等、量産以外の車両をメインに担当する。
マリオ課長技師は工房の古株で、もっとも製作ジャンキーらしい一派の生き残り。
カールと旧工房が起こした勤務過多事案のほぼ全てに関わっていたりする。
ここ半年はダラムの車両基地の面倒を見て貰っていたけれど、本部の製造部ジャンキー再編に当たって戻ってもらった。
第二製作課は量産及び既存車両の改修等を主に担当。
担当のエルダ課長技師はニーナさんの夫でもある。
工房入り以来ずっと本部工房で製作ジャンキーをやっているという筋金入りだ。
第三製作課は鉄道車両以外をメインに取り扱う部署だ。
担当のヒルデ課長技師はキット直属で本部工房の管理をしていたけれど、元はといえば女性ながら製作ジャンキー一派。
製作ジャンキーや研究ジャンキーの中で珍しく書類仕事も出来るという事で無理矢理事務担当をさせられていた。
今回晴れて製作側に戻れたという形だ。
なお業務の名残で製作ジャンキー全体に関する調整は代表課長として第三製作課のヒルデ課長とその部下が行う。
彼女には申し訳ないけれど今までの流れからいって仕方ない。
実際その辺を把握出来ているのはヒルデ課長くらいしかいなかったりするし。
他にも土木担当課とかケーブル事業運用課、ガナーヴィン地区整備担当課、更には魔術研究課とか生物研究課なんて形で全体が再編された。
通信部門も通信研究課と通信運用課の2つに再編。
これら課、そして代表課をファウチ副長とエルリッヒ技術部長が統括しているという形だ。
なお例外としてエドモント顧問はエルリッヒ部長と同格扱い。
ただし管理業務は一切担当しない。
『エドモント先生に人事等の管理は無理ですね』
キットもファウチ先生も、更にはカールまでもが同意見だった。
ただエドモント顧問、こと土木系作業においては他に替えられない能力を持っている。
アルコ峠トンネル掘削作業も顧問がいなければ数倍の時間とコストがかかった筈だ。
だから必要がある時以外は自由に研究をして貰っている。
なお顧問の力が業務として必要な場合は。土木・地質学課長であるミロス課長を通して依頼する事になる。
ミロス課長はエドモント顧問の一番弟子。
だから申し訳ないけれど適役だし頑張って貰おう。
これで技術部も今までと同等に動くはずだ。
僕としてはカールとキットが抜けた事でかなり喪失感がある。
それでもうちの商会は回っていくのだろうし、回さなければならないのだろうけれど。
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