第215話 志の高さと低さ

 宿の僕達の部屋へ戻り、ローラとのんびりお茶をしている時。


「皆、色々考えているんだな」


 つい、そんな言葉が僕の口から出てしまった。


 ブローダス領の産物宣伝と売り出しの話。

 そしてクレアさんが語った既にウィラード領で実施中の数多くの施策。

 風呂で聞いたそういった話で、そう感じたのだ。


「でもそれはリチャードのおかげ、あるいはリチャードのせいという面も大きいと思いますよ」


 ローラが言っている意味はわかる。


「鉄道の影響か、これも」


「ええ」


 ローラは頷いて、そして続ける。


「人も物もいままでより気軽かつ安価に移動が出来ます。ですからより広い範囲に自領の産品を売る事ができる反面、他領からも安価な、もしくはよりいい物が簡単に入ってきます。

 クレアも言っていましたけれど、人も領地管理をする者や土地持ちの農家以外は自由に動けるようになりましたし」


「魅力のある場所はより一層栄えて、劣る場所は人がいなくなる訳か」


「ええ。ただこれはチャンスでもあります。特に立地条件が悪いとされていた領地も、領主家の施策次第で一気に発展する可能性が出来た訳ですから。

 更には平民の生活水準も向上するでしょう。自由に動けるようになった結果、条件の悪い領地が淘汰される事によって」


 チャンスではあるけれど、失敗するとむしろ没落してしまう状況という訳だ。


「凡庸な領主家にとっては厳しい状況だな、これは」


「でもこの流れはもう止められません。それに北部縦貫線沿線以外の領主家も、既に対策を考え始めている筈です。

 スコネヴァー伯は他の領地からの同意が得られない場合、自領だけでも鉄道を開通させるでしょう。ブルーノル、パルマといった領主家も何らかの方策をとってくると思います。


 ただそれでも、この流れで成功しているのはシックルード領、スティルマン領、次点でウィラード領とダーリントン領ですね。ウィラード領とダーリントン領は攻めと守りという意味で好対照ですけれど」


 スティルマン領はまあわかる。

 鉄道によって各方面への運送手段が整備され、更に交通渋滞が解消された結果、流通の中心としての機能が一段と高まった。

 更に今まで弱点だった農業関係もグスタカールやイマサラア周辺、パラクレア等で開拓及び農地の整備を行って、生産力を上げている。


 ウィラード領はまあ此処で散々やったからいいとして、ダーリントン領について。

 こちらは元々王都バンドンが近く、なおかつ広大な平野地帯という恵まれた場所だった。

 結果、今までは農業、畜産業、漁業、食品加工業等で圧倒的に有利だった訳だ。


 しかし鉄道が開通した今、距離の有利さで圧倒できる時代は終わりかけている。

 故にスティルマン領やシックルード領並み、つまり国内の最先端に近い状態まで交通網を整備。

 更に領内の市場を連携させ、流通コストを最小限に抑えた。


 ダラムの流通基地のような攻めの部分もある。

 けれど本質的には守りの施策というのは、ローラが言った通りだろう。


 ただ問題はシックルード領がそこまで成功しているかだ。


「そんなにシックルード領、成功しているかな? 確かに市場整備も開拓もしているけれど、元が小さいからそこまで影響はないだろう」


「おそらくリチャードは身近すぎてシックルード領の成功具合が見えていないんだと思います」


 ローラはそう前置きして、そして説明をはじめる。


「森林開発も石灰石鉱山開発も、領内の流通環境整備もシックルード領が一番進んでいます。開拓もそうです。ラングランドやトレバノス、ジェイブスの新規開拓面積は他の全領主家の開拓面積をあわせた広さに匹敵します。


 また領民人口の増加も明らかな証拠です。シックルード領の人口は今年1月から6月までの間で3万人以上増えています。これもフェリーデ国内でも最大です。


 この人口増加はほとんどが他領からの転入です。しかし開拓によるのは3割程度しかありません。他は北部大洋鉄道商会、領主家所有の3公社、シックルード領内の各商会の採用分です。


 つまり移住してきた平民から見て、シックルード領は他領地と比べてより魅力的だったという事です。違いますでしょうか」


 うわっ、きっちりデータと理論で反論されてしまった。

 この容赦無さもなかなかローラらしい。

 そこもまあ好きな点なのだけれど。


 それでももう少し、反論してみよう。


「ただシックルード領への転入理由、給与が魅力的というのが一番じゃないのかな。田舎だからそうしないと人が集まらない、そんな理由でそうなっているんだけれどさ」


「ええ、それもシックルード領の魅力です。そしてその事がシックルード領が他より好景気になりやすい理由だったりします」


 それすらローラの考察範囲内に入っていたのか。

 そう思いつつ僕はローラの説明を聞く。


「給与水準が高い上、流通が改善して物価が安定したことにより、庶民でも余暇や贅沢品、趣味の費用等にかけられる金額が他領より遙かに多くなっています。

 結果、他領の同人口と比べ遙かに消費や設備投資に資金が回りやすくなり、結果景気も上昇しやすくなっている訳です」


「領内での給与水準が高かった分、農産品等もコスト高だったという事はないのかな」


「そうならなかったのは開拓政策のおかげですね。


 シックルード領では120年ころから耕作面積の拡大や農地改良・区割り改善を行っています。これによって農民1人当たりの耕作面積を増やし、農家の収入を他領地以上に維持しつつ農作物の単価を一定に維持しているようです。


 ウィリアム様もこの流れに沿って開拓を進める一方、流通改善にも取り組んで、流通コストの削減を計っています。


 そういう意味でシックルード領の施策は他領地より常に数歩進んでいますね。この傾向は鉄道以前、少なくとも鉄鉱山がゴーレム化で成功して以来、ずっと続いているようです」


 うーむ、やっぱりローラ、よく勉強しているよなと思う。

 僕の北部大洋鉄道商会経営のベースが、鉄としての趣味や興味だったりするのとは随分志の高さが違うような……

 まあ、そうは思っても今更どうしようもないのだけれど。


 

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