第48章 まさかの非常事態

第201話 何が起きている?

 昼ご飯は蕎麦だった。

 日本でもあるような天ざるそばだ。

 てんぷらはとり天、キノコ天、僕の知らない葉っぱ系の山菜天等10種類。

 山芋のとろろなんてのもついてきている。


 そばつゆは日本のものとはちょっと味が違い、鶏っぽい出汁とビール酵母調味料を感じる甘辛系。

 ただこれはこれでなかなか美味しい。


「このパスタも知らない料理ですね」


「そうだよね。これはお兄? それともウィラード領にある料理?」


 これは僕が答えるべきなのだろうか?

 僕が迷っている間にクレアさんが口を開く。


「これは以前、リチャードさんにご馳走になった料理を少しウィラード領風に変えたものです。パスタは蕎麦粉をメインに使って、小麦粉は2割くらいしか使っていません」


 去年の冬休み、クレアさんとローラが来た時に昼食で蕎麦を出した事を思い出す。

 どうやら此処の料理、ウィラード領領主代行の意見がかなり入っているようだ。

 温泉のハーブ湯なんてのもあったし、料理だけではないのかも。

 あとで帰ったら観光開発部にどういった感じなのかを聞いておこう。


「あとこの鶏の揚げ物、普通のアヒルとは味が違う気がします。弾力がありながら柔らかく、味がずっと上品で美味しいです」


 食道楽のゲオルグ氏がそんな事を言う。

 確かに言われてみれば違うかもしれない。


「気づかれました? これはヤマドリと言って、フェリーデこのくにではウィラード領にしかいない鳥なんです。

 今後の特産に出来るかと思って、こちらで採用をお願いしたところです」


 ヘビーユーザー、やっぱり詳しい。

 というか絶対これ、ウィラード領主代行とタイアップしまくっているだろう。


 料理とか風呂の種類というような細かい所は全て観光開発部に任せている。

 それに地域の独自料理と言うのもひとつの売り物だ。

 だから問題は全く無い。

 オーナー商会長としてはなんだかなと思ってしまうけれど。


「この山菜も癖がなくて食べやすいです」


 ローラが食べているのは山菜とキノコを大根おろしで和えたものだ。


「此処の温泉水でアクをとるとこうなるみたいです。この地域は古くからそうやってアクをとって、その後塩蔵するそうなんです。塩気が強いので食べるときは塩抜きした後に汁にするか、大根おろしのようなもので和えるかするんですけれどね」


 領主代行クレア、どうやら相当細かいところまでご存じのようだ。

 いや、ご存じと言うよりむしろ本人の要望とか意向を多分に反映してるような気がする。

 もっともどちらであっても問題は無い。

 美味しいし、此処の雰囲気にあっているから。


 どうやら此処の温泉宿、オーナー商会長の予想以上にいい感じの施設になっているようだ。

 なんて思いながら料理を楽しんで、皿がほとんど空になった時だった。


「済みません、失礼致します」


 受付カウンターにいたウィラード家の警備担当さんが入ってきて、クレアさんに何かカードらしきものを渡す。

 クレアさんの表情がさっと変わった。


「わかりました。当初の計画通り、御願いします」


「了解しました」


 担当さんは一礼してさっとその場から立ち去る。

 クレアさんは小さくため息をついた後、立ち上がって皆の方を向いた。 


「すみません。急ぎの用件が出来てしまったようです。私は一度領主館の方へ戻ります。皆さんはどうぞ、予定通りゆっくりしていて下さい」


 何が起きたのだろう。

 わからないけれど、聞く事は出来ない。

 領主代行なら答えられないような事案も多いだろうから。

 それに聞いて答えられる事なら、クレアさんの方から理由を先に言ってくれるだろうし。


「わかりました。気をつけて」


「此処でゆっくり待っていますから」


「ありがとう。それでは行ってきます」


 皆でクレアさんを見送る。


 ◇◇◇


 ひととおり料理を食べ終わっていたので、クレアさんが出て行ったのをきっかけに、昼食は終了。

 その後皆でキューボールをやってみたけれど、クレアさんがいない事でいまいち盛り上がらない。


 結果、再び大浴場で温泉に浸かっていた。

 今度は薬草風呂ではなくぬる湯でまったり。

 じっくり入ると薬草無しのこのお湯もなかなか良いモノだとわかる。


 なお僕はサウナ系統はあまり得意では無い。

 温泉は露天で、ぬるめのお湯でじっくり浸かる事こそ至高だと個人的に思っているから。


 その割には家の風呂、色々な設備を作ったじゃないかと言われるかもしれない。

 しかしあれはあくまで実験・実証設備だからだ。

 まあ邪道もけっして悪いものではない。

 現に皆さんは各風呂を制覇しているようだし。


「やっぱり領主代行って大変だよね」


「そうですね。クレア、大丈夫でしょうか」


「領主代行は領の内政の総責任者ですからね」


 ハーブ風呂の方で女性陣が話しているのが聞こえる。

 確かに心配だ。

 休暇中にわざわざ呼びに来るなんて相当な事態の筈だから。


 そんな事を思いながらぼーっとしていた時だ。

 ここの皆さんと違う魔力が近づいてきているのに気付いた。

 ただこの魔力は知っている。

 シックルード領主館じっかからついてきている護衛さんの1人、ヴァレリィだ。


 彼はまっすぐ僕の方へやってきた。

 僕に一礼して、防水紙のカードを渡す。


『2301よりL連絡要請』


 内容はこれだけだ。

 なお2301はシックルード領主館を示す略号で、L連絡とは『北方及び国境山脈に対する防衛・安全対策用連絡装置を使用して居場所を連絡し、指示を仰げ』との意味。


 この略号は連絡装置網を作った時、関連領主等の間で決めたものだ。

 念のために作っておいた略号と非常連絡方法だけれど、まさか使う羽目になるとは思っていなかった。

 いったい何が起きているのだろう。

 いずれにせよ、すぐに対処する必要がある。


 浴槽から出て、ローラ達のいるハーブ風呂の方へ。


「すみません。ちょっと所用で席を外します。気にせず此処を楽しんで下さい」


「お兄も?」


「用件はわかりません。ただシックルードへ戻れという話では無いのでご心配なく。

 ローラは予定通りのんびりしていて下さい」


「わかりました。気をつけて」


「ええ」


 本当に何が起きているのだろう。

 そう思いつつ僕は露天風呂から更衣室方面へ歩き出す。

 魔法で身体その他の水分を払い、温浴着を乾燥させながら。

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