第200話 温泉にて会談中?

「ところで話は変わりますけれど、森林鉄道について少しお伺いしてもいいでしょうか」


 マーキス氏、予想外の事を聞いてきた。

 何だろう。


「ええ、何でしょうか?」


「森林鉄道の敷設計画や運営・管理等を北部大洋鉄道リチャードさんの商会に頼むとどれくらいかかるかです。

 お恥ずかしい話ですが、シックルード領で森林鉄道による木材搬出が成功しているとお聞きして、モーファット家じっかでも試してみたのです。


 ですがなかなか上手くいっていません。普通の鉄道を通せるような平坦な部分はともかく、山間部の急カーブや急傾斜に対応できる路線設計と土木技術、出力が大きく安定している牽引車両の開発がネックになっています。


 そこで正式に北部大洋鉄道リチャードさんの商会に依頼すると、どれくらいの費用がかかるかを知りたいのです」


 なるほど。

 モーファット領はシックルード領のすぐ南で、よく似た環境にある。

 確かに森林鉄道を通せば資源開発が進むだろう。


「その辺りは応相談です。敷設がどれくらい地形的に困難かにもよりますけれど、今までの経験からすると北部縦貫線のモーファット本線の3割程度で済むと思います」


 でもこれ、実は北部大洋鉄道うちの商会だからかもしれない。

 元々鉱山でゴーレムを使用していたから土木系作業に慣れた人材がやたら多い。

 カールやキット、更に今はエドモント技術顧問なんて凶悪な魔法使いまで在籍している。


 つまり国内最高水準の土木工事を自前で可能だ。

 おまけにレール用の鉄だって領内の製鉄場から卸値で手に入る。

 ここまでの環境はフェリーデこのくに内では他に無いだろう。


「ならそのうち御願いにあがるかもしれません。モーファット家でも内製では難しいだろう、という意見になりつつあります。

 それに今はフェリーデ北部縦貫線がありますので、川を使用せず一気に鉄道で運べれば更に効率が良くなるでしょうから」


 なるほど。


 なお木材需要はかなり高い。

 シックルード家だけではまかない切れていない状態だ。

 特に最近の発展でまた需要が増えてきている。

 だからライバルが増えても問題無い。


「わかりました。正規に相談を受け次第、実地へ係員を派遣して見積もりを取らせます」


「御願いします。あとモーファット家うちだけではなくバーリガー家あたりも同じように悩んでいるかもしれません。王立研究所に鉄道関係の資料をよく取り寄せていますから」


「わかりました。情報ありがとうございます」


 森林鉄道のライバルが出ないと思ったら、皆さん苦戦しているという事だった訳か。

 つまりこれはシックルード家うちの環境が恵まれていたという事なのだろう。


 そして木材需要という点でも、鉄道技術という点でも問題無い。

 シックルード領に帰ったら早速森林鉄道パッケージの提案なんてものを作らせるとしよう。


 そんな話をしていたら女性陣がばたばたとやって来た。

 此処の温浴着は水着とくらべ露出が少ないので問題は無いが、洗浄泉は譲るとしよう。

 立ち上がって浴槽から出て、次は何処にしようかと周囲の施設を見廻す。


 あるのは歩行湯、寝湯、打たせ湯、ジェットバス、ハーブ湯、あつ湯、ぬる湯、切り株湯、冷浴槽、ミストサウナ、ドライサウナといったところだ。

 このうち寝湯、ハーブ湯、あつ湯、ぬる湯、切り株湯は露天風呂だ。


 やはり温泉といえば露天だろう。

 そう言えば今の洗浴泉は温泉水では無かったのだよな。

 なら温泉はどんな感じだろう。


 此処の温泉はほとんど匂わない。

 色も無色透明だ。

 泉質は日本だとどう表記するのかは覚えていないけれど、ナトリウムやカルシウムの炭酸水素塩がたっぷりという成分だった筈。

 北部大洋鉄道商会うちの技術部や王立研究所が調べた結果ではそうなっていた。


 露天風呂の、ぬる湯の方へ入ってみる。

 少しぬるぬるする感じのお湯だ。

 これって日本でよく言われている美人の湯とかと同じタイプだろうか。

 温泉についてはそこまで詳しくないのでよくわからない。


 まあ、これはこれで悪くない。

 のんびり手足を伸ばして肩まで浸からせてもらう。

 ぬるめのお湯だとどっぷり浸かって長湯できるのがいいところだ。


 ぼーっとそのままお湯に同化しそうになる。

 いかん、寝たら死ぬぞ。

 そう思って姿勢を少し起こしてと。


 寝るのならいっそ寝湯という手もあるのだけれど、僕は普通の浴槽の縁にもたれかかりつつぐだーっとする方が好み。

 だから浴槽はこのままで。

 

 あ、でもハーブ湯というのも試しておこう。

 アルカリ性の湯なら成分が溶けやすいかもしれないから。

 ぬる湯から移動してハーブ湯へ。


 おお、明らかに香りがする。

 詳しくないのでよくわからないけれど複数のハーブが入っているようだ。


 湯の色は緑色と茶色の間くらい。

 色や香りだけでなくお湯の肌触りも違うような気がする。

 これは確かに効きそうだ。

 

 しばし入っていると、ローラとクレアがやってきた。


「あ、リチャードさん、目ざといですね。そのハーブ風呂がここで一番のお勧めなんです」


「そうなんですか」


 僕はそこまで考えていなかった。


「ええ。一週間お仕事を終えてここに浸かると疲れが全部とれる感じがしていいんです」


 なるほど、確かにそんな感じがする。

 香りも、色がついたお湯もいい感じだ。


 浴槽はそこそこ広いので3人でも全くもって余裕。

 そして此処の湯浴着はけっこうしっかりしている。

 だから変な感じにならなくてなかなか宜しい。


「この香りは月桂樹ローレルですか」


「ええ、今日は月桂樹ローレルをメインにしているようです。これは日替わりなので、ラベンダーがメインだったりローズマリーがメインだったりする日もあります。

 乾燥ハーブはウィラード領の特産品ですので入手は簡単です。この辺でも大量に作っているんですよ」


 僕は一応此処の経営者なのだけれど、じっくり風呂に浸かるのはこれが初めて。

 毎週来ているヘビーユーザーの方がずっと詳しいのは仕方ない。


 あとハーブが特産と言うのは初めて知った。

 でも確かに冷涼なウィラード領でも栽培可能な種類が多いし、乾燥させれば軽くて運搬にも耐える。

 その上、量の割に単価が高いしで、確かに向いている産物だ。


「確かにこの香りに包まれる感じはいいですね。家の風呂でもハーブを入れたらこんな感じになるでしょうか」


「ハーブだけでは同じにはなりませんでした。アオカエンの領主館の風呂で試してみましたから。

 ですので王立研究所に委託して、近い成分になるように調整した入浴剤を作りました。売店などでお土産として販売しています」


 何処までが趣味で何処までが実益かよくわからない。

 でも家で試してみたいから買って帰ろう。


「そういえば領主代行業の方はどうですか? クレアは王都バンドンの方にもほとんど顔を出さないので大変何だろうなと皆で話しているんですけれど」


「大変ですよ、もう本当に。ただでさえ領主代行ってお仕事が多いのに、ウィラード領にとって前例がない事が起こりまくっていて。


 私が領主代行に就任する前から代官をやっていた者がいるんですが、業務を引き継ぐというよりも2人で新規業務を含めて分担しているという状態です。


 領主家としては嬉しい悲鳴なのですけれどね。もう次から次へとお仕事が増えて、洒落になっていない状態です。

 週末にこうして温泉でも入らないと、やっていられないですわ」


 確かに業務は増えているだろうなとは思う。

 北方や東方との貿易は相当増えている筈だ。

 報告で上がってくる貨物取扱量から想像できる。


「本当、大変そうですね」


「ただ忙しいなりに楽しいんですよ。自分の領地が発展している状況を目の当たりに出来るのですから。見るだけではなく、どう動かしていくかをある程度決められますしね。

 勿論自分の手で今後の発展が変わるのですから、責任は重大ですけれど。それにもう少しお金があればこんな事が出来るのだけれどな、なんて事も勿論ありますけれど」


 うーむ、何と言うか……


「クレア、領主していますね」


 まさにローラの言う通りだなと僕も思う。


「代行ですけれどね」


 まあそうだけれど。

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