第45章 そして結婚式とその後

第185話 なるほどな噂

 ゼメリング侯爵が妙に焦っているように見えた件、そしてソラーノ氏がぐいぐい来た件。

 これについては王都屋敷に戻った後、ウィリアム兄から僕とパトリシアに話があった。


「まだ噂の段階だけれどね。ゼメリング家、かなり厳しい状況のようだよ。人口流出が酷い上、いままでほぼ独占していた北方・東方貿易も今後はウィラード領経由に移行しそうだ。

 あとは未確認情報だが、スカム商会も離れつつあるようだよ」


 人口流出と貿易は知っている。

 しかしスカム商会が離れつつあるか。


「何故スカム商会が離れようとしているの? 領地が駄目駄目でも第三騎士団を抱えていればそれなりの利益はあるよね」


 パトリシアが言う通りだ。


「どうやらそこが危ないという話があるようだね」


 ウィリアム兄の台詞に疑問を生じる。

 ゼメリング家が侯爵位であるのは騎士団を預かっているからだ。

 それが危ないという事は?


「どういう事ですか?」


「リチャードは当然、子爵から伯爵への昇爵条件は知っているよね」


 質問に質問で返された。

 勿論だ、何せ我がシックルード家も3代前までは子爵家だった。

 大叔父の鉄鉱石増産とそれに伴う収益、それを受けた領内開発で昇爵したのだ。


「ええ、人口と税収ですね。人口12万人、標準税収が正金貨6万枚300億円を明らかに超えて、その状態が持続すると認められた場合……」


 言って、そして気付いた。

 ウィリアム兄が何を言わんとしているかを。


 横目でパトリシアの表情を見る。

 彼女も気付いたようだ。

 ウィリアム兄は頷く。


「もうわかっただろ。王国法には侯爵位が人口や経済状況によって降爵や奪爵するなんて規定は無い。あるのは伯爵家以下の昇爵・降爵規定と奪爵規定だけ。

 しかし仮に侯爵家が子爵家への降爵条件を満たしてしまったらどうなるかな。そういう事だよ」


「でも子爵への降爵条件って、『人口10万人、標準税収が正金貨5万枚250億円を下回り、その状態が持続すると認められた場合』だよね。

 そんなに酷い状態なの?」


 学校にいたパトリシアは知らないかもしれない。

 しかし北部のシックルード領にいた僕は知っている。

 どれだけの平民がゼメリング領を出て、スティルマン領やシックルード領に移住したかを。


「ああ。人口の方は余裕で下回っているようだね。税収も北方や東方との貿易がウィラード家主体に移行しそうだからね。厳しいと思うよ」 

 

 確かにそれは一大事だ。

 ゼメリング侯爵家の場合、領地をそのままに子爵に降爵するというだけでは済むまい。


 現ゼメリング領は第三騎士団とセットだ。

 北方の国境と接していて、軍港もあり、国境警備用の城塞も整備されているから。


 そしてゼメリング家が侯爵位なのは世襲で国家騎士団長を預かる為。

 つまり降爵した場合、騎士団長位を追われるとともに現ゼメリング領を追い出される。


 伯爵位の領主家は現在の寂れたゼメリング領を拝領するのは望まないだろう。

 経済的には中規模の子爵領レベルで、今も人口減が続いているのだから。 

 かといって子爵家がいきなり侯爵家になるという事もあるまい。

 ならば……


「そういう事さ。なおこの情報はまだ他には口外しない方がいい。内容が内容だし、まだ未確認の噂の先走りに近い情報だからね。

 先程の舞踏会でもまだ流れていなかった位だよ。


 なるほど、理解した。

 確かにそれなら必死になって何とかしようとする筈だ。

 降爵どころか、下手すれば奪爵のおそれがあるのだから。


 ダンスの相手探しというか縁作りに必死だったのはおそらく金策のため。

 その金で領内を開発して『今後は再び成長する可能性がある』と抗弁し、降爵を免れるという作戦だろう。

 僕に鉄道を作らせようとしたのも同じように開発・成長の抗弁理由の為だ。


「まあそんな訳で、我がシックルード領も何があってもいいように備えておく必要がある。

 幸いリチャードのおかげで財政的余裕はあるけれどね。念のため明日は一度スウォンジーへ戻るよ」


 どうやらウィリアム兄がこの情報を仕入れたのも今日の舞踏会かそのすぐ前程度のようだ。

 だから明日にでも領地へ戻って対策をしておくと。

 

「何なら僕も一緒に戻りますか?」


 明日、王都バンドンで僕がする事がない。

 ならば北部大洋鉄道商会や鉄鉱山、森林公社の業務をしている方がいい。

 向こうでやるべき事は幾らでもある。


「リチャードはこちらにいた方がいいね」


 ウィリアム兄にそんな事を言われてしまった。


「今回の結婚式の主役だし、万が一にもこちらへ戻れなくなったりすると不味いからね」


 確かにその通りだ。

 正しすぎて悲しい。


「わかりました」


「お兄は明日には予定は無いの?」


 パトリシアやローラは明日も友人の結婚式と晩餐会があるようだ。

 だがしかし。


「生憎と三男以降の男子は社交界と縁が無いからさ。明日は完全にフリーだ」


「リチャード宛ての招待状なんてのも結構あったんだけれどね、結婚式とか晩餐会とか。ただどうにも邪な意図が透けて見えるものばかりだったんで、ばっさりこちらの方で切らせていただいたよ。

 それとも参加する方がよかったかい? スコネヴァー家主催の晩餐会とかさ」


 とんでもない、ただでさえ貴族的社交は苦手なのだ。

 それにスコネヴァー家というかスコネヴァー領はマールヴァイス商会の本拠地。

 スコネヴァー家は同商会の傀儡になっている他の領主家と違い、マールヴァイス商会と共存共栄している関係。

 僕がもっとも近寄ってはいけない領主家だ。


「いえ、断っていただいて助かります」


「そんな訳だからね。王都ここでも充分用心して。まあ治安面は流石に大丈夫だと思うから、貴族付き合いの方だね。僕もまあ、それなりに気をつけるからさ」


 どうやら僕は明日、王都バンドンで無為な時間を過ごす事になりそうだ。

 それでもまあ、危険な家の晩餐会に出るよりましか。

 思わずため息が出てしまった。

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