第171話 逆恨み注意報
僕は北部大洋鉄道商会の商会長だ。
同時にシックルード領のマンブルズ鉄鉱山公社とマッケンジー森林公社の公社長でもある。
そして森林公社にとっては冬は木材の伐採シーズン。
今年はラングランドの方も本格的に事業を始めたから、報告が一段と多い。
報告だけでなく利益だって強烈だ。
木材だけでなく傘下の石灰石鉱山の方も売上げが強烈に伸びている。
これらはシックルード領とスティルマン領の空前の好景気を受けたものだ。
領内への人口流入が増えて住宅の建築ラッシュなんてのまで始まっているくらいだから。
北部全体もシックルード領やスティルマン領程では無いけれど、好景気の予感を感じさせる情勢だったりする。
現在建設中の北部縦貫線がそんな空気を運んでいるようだ。
しかしこの空気に取り残された場所もある。
北部で言うとゼメリング侯爵領とマルケット領。
つまり北部縦貫線が通らない領地だ。
公社の業務報告でウィリアム兄と話した時、そんな話になった。
「マルケット領はまあ置いておくとしてさ、ゼメリング領の不況は相当なもののようだね。
その結果という訳じゃないけれどさ。あと数ヶ月もしないうちにゼメリング家が
逆恨み? ゼメリング侯爵家が?
よくわからない。
「どういう事ですか?」
「ゼメリング領の景気が悪いのは
何と言うか馬鹿馬鹿しい。
ウィリアム兄の懸念がという訳ではなく、ゼメリング家の言い分がだ。
「だったら他の領主家と同じ条件を出せという事ですね。領内で活動する商会に対する領税割合を含めて」
「まあそれが正論なんだけれどね」
ウィリアム兄は頷いて続ける。
「何と言うか今のゼメリング領、相当に悲惨な状態のようだからね。
北部の他の領地、特に南側に隣接するスティルマン領が目に見えて景気がいいからさ。商会等で雇用されている都市住民だけじゃない。農地を持っている自営農民まで逃げ出している状況のようだね。
余所から見れば根本的な原因が別にあるのは明白なんだけれどね。残念ながらゼメリング家はそれがわからないようでさ。
だから原因を全て
ウィリアム兄が言うとおりだ。
領税が高過ぎる事。
そのせいで産業が育たない事。
これがゼメリング領の景気が悪い根本的な原因だ。
領税が高すぎて産業を興してもまともな利益が得られない。
故に農業以外の産業が育たない。
領税が高すぎるから商業が発達しない。
利益が得られなくてまともな商会は領外へ逃げ出す。
結果、元から土地を持っている農民と第三騎士団関係者、そしてゼメリング家と関係がある商会や事業者。
そういう者しか残っていない領地となってしまった。
元からそうだった訳では無い。
百年ほど昔、ゼメリング領の領都ディルツァイトはガナーヴィンより遙かに大きい街だったそうだ。
北方との交易拠点として北部一の賑わいを誇っていたと本にはある。
あまりに活発で忙しい街なので、
しかし今では寂れまくっていて経済規模も最盛期の1割程度。
人口は第三騎士団が残っているので何とか最盛期の3割をキープしているけれど。
そう本や新聞には書いてあった。
必要性も機会も無いので行った事は無いのだけれど。
それにしてもだ。
「土地持ちの農民すら逃げ出すってのは相当に酷い状態ですね」
「おかげでスティルマン領や
しかも厳しい状況でやってきた人達だから普通の待遇でも有り難がってくれるしね。元々農業をやっていた経験者だから概ね腕も確かだしさ。
ジムが整備したパラクレアやリヴーニの開拓地も順調だと聞いたよ。うちのラングランド開発も順調だしね」
ちょっと待ってくれ!
それって僕や
条件が悪いせいで領民に逃げられるのはゼメリング家の自業自得。
でもそれに乗じてちゃっかり受け口を準備しているというのはどうなんだろう。
と言うか、受け口というか新規開拓地を用意している旨を新聞等で大々的に報知しているのも、領民が逃げる理由になっているのではないだろうか。
広い整備済みの土地、住宅完備、苗や種、当座の生活費助成なんて餌を大量に宣伝して。
勿論その宣伝に嘘は無い。
今まで重税に苦しんでいた農民はそれで助かるだろう。
スティルマン領や
領主代行としては正しい措置だ。
ただそれで僕が恨まれるのがどうにも納得出来ない。
ついでに言えば『北方及び国境山脈に対する防衛・安全対策用連絡装置の試験採用』なんて件もある。
あれもゼメリング侯爵家対策だ。
きっとそこでも
何と言うか……
「北部大洋鉄道商会の商会長としては面倒な話ですね」
「北部全体にとっても迷惑さ。今回に限らずゼメリング侯爵家は問題ばかり起こしているしね。一族には優秀な人間も少なくないんだけれど、何故かここ数代の領主や領主代行は駄目駄目なのばかり。
まあリチャードもその辺は知っていると思うけれどね。貴族では有名な話だし」
「まあそうですね」
きっとウィリアム兄はカールの事も知っているのだろう。
この場では言わないけれど。
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