第159話 お祭りの妄想

「折角北方と交易するなら、最低限国境までは交通手段を整備する必要がありますね」


 脱線したのはそんな真面目な話からだった。


北方部族オルドスはどんな運送手段を使っているのでしょうか」


「ウィラード領に来る部族はゴーレム車かゴーレムそりですね。雪の季節はそりの方が便利ですから。


 車やそりを引くゴーレムは馬型ではなく大型犬型がほとんどです。馬型より犬型複数牽きの方が雪や氷に強いそうです。速度は車を牽く場合は馬型ゴーレムと同じくらい、雪の上ならもっと速く、時速15離30km位出るそうです」


 このあたりはクレア嬢、よく知っている。

 というか僕はほとんど知らない。

 ローラもきっと僕と似たような感じだろう。


 それにしても犬ぞり、いやゴーレム犬そり、そんなに速度が出るのかと思う。


「面白そうですね、雪や氷の上でゴーレム犬が牽くそりに乗るのも。複数と聞きましたけれど、ゴーレム操作も複数でやるのでしょうか?」


 ローラも興味を持ったようだ。


「1人で4頭から最大8頭まで操縦するそうですわ。ゴーレム馬の2頭牽きや4頭牽きと同じようなものだと思います」


「是非一度やってみたいです。ゴーレム犬でそりを操るというのはやったことがありませんし、それほど速度が出せるというのも楽しそうです。冬にアオカエンに行けば体験できるのでしょうか」


 そう言えばローラ、割と怖いもの知らずだった。

 スピード狂で高い所大好きで。

 まあ僕もやってみたいと思ったけれど。


「ええ。ウィラード領でもアオカエンから北ならゴーレム犬ぞりを使う人はそこそこいますから。

 ところでそういったものも体験として観光になるのでしょうか?」


「もちろんなると思いますわ。少なくとも私はやってみたいです」


 まあ北海道でも観光体験でやっていたし、案外観光客は来るかもしれない。

 常設でなく年1~2回のイベントにしてもいいし。

 犬ぞりのコースを作ってタイムトライアルとか。

 ちょっと僕も聞いてみよう。


「ゴーレム犬ぞりを使った大会みたいなのは、北方部族オルドスやウィラード領には無いのでしょうか」


「ウィラード領には無いです。北方部族オルドスの方では1年に1回、いくつかの部族が集まって競技会みたいなものがあると聞いていますけれど」


「飛び入り参加とか、お試し参加とか、初心者用の大会というのは無いですよね」


 ローラの言いたい事はよくわかる。

 僕もやってみたいからだ。


「そこまで詳しくは私も知らないんです。北方部族オルドスでの行事ですから」


「そうですか」


 甘いな、ローラ。

 今のクレア嬢の言葉で諦めるとは。

 無いなら作ってしまえばいいのだ。

 そういう大会を。


「なら観光客相手やウィラード領内の人の娯楽として、そういった競技会というか大会をやってみてもいいですね。

 勿論観光施設等が出来てからですが、大々的に宣伝して、郵送申し込みなんてのもありにして」


 あ、ローラ、明らかに顔色が明るくなった。


「そうですね。絶対それ、楽しいと思います!」

 

 ……

 そんな話をしていると夕6の鐘が鳴った。

 夕食の時間だ。


 夕食も北方部族オルドスや東方諸国家からのもの、そしてウィラード領でも採れるもので作った特製メニューだ。

 メインは鮭のちゃんちゃん焼き・フェリーデ風。

 勿論僕のアイデアをブルーベルが形にしたものだ。


 北海道風と違うのは味噌ではなく、ビール酵母を主原料にした茶色い調味料を使うところ。

 このビール酵母調味料、フェリーデこのくにでは割と一般的だ。

 味噌と味そのものは似ているけれど少しケミカルな風味がある。

 家ならブルーベル謹製の味噌があるけれど、他でも作れるようにという事で。


 このビール酵母調味料、チーズやバターとあわせて使うと癖が気にならなくなる。

 野菜とキノコたっぷりなので、多分ローラにもあうだろう。

 今回は各自の前に小さめの蓋付き鉄鍋を用意して、各自で作って食べる形式にした。

 これも観光用試作という訳だ。


「切り身なのにこんなに大きな魚で、しかもピンク色の身というのは初めて見ます」


 確かにガナーヴィンでは上がらない魚だ。

 これは北の魚だし。

 僕も日本ではお馴染みだったけれど、この国フェリーデではほとんど見た事が無かった。

 種類が近いマスならシックルード領内でも養殖しているけれど、大きさが全然違うし身の色も違う。


「これは確かサマンと呼ばれる北方の魚ですね。塩漬けにしたものが北方部族オルドスからウィラード領に入ってきます」


 クレア嬢は知っていたようだ。


「その通り、サマンです。しっかり塩漬けしたり燻製にしたりしたものも美味しいのですが、今回は軽く塩漬けしたものの切り身を使っています。

 この料理も自分達の分は手元で仕上げる方法で食べます。まずはバターを鉄鍋の底において、魔法で鍋をあたためて溶かします」


 ここからは説明しながら作る事になる。

 バターを敷いて鮭の切り身を焼き、裏返したら野菜やキノコを投入し焼いて、野菜に熱が通ったらビール酵母調味料、砂糖、酒で作ったタレをかけて蓋をして……


 ふたを取ると湯気とともに香りが広がる。

 本当は味噌でやるとここの香りが最高なのだが、まあビール酵母調味料の方がこの国的なのだろう。


 なお副菜としてカボチャ煮付け、山菜おひたし、ゴボウと人参のきんぴら風なんて野菜料理をつけ、更に主食はキノコ炊き込み御飯、汁物はジブロ汁とした。


 つまりはローラとクレア嬢の好みにあわせた訳だ。

 北海道のちゃんちゃん焼きと、和風のお総菜一式と、豚汁と、キノコ炊き込み御飯をこの国の調味料で再現しただけ、とも言う。

 ただ、予想通り2人には好評だった。


「やっぱり目の前で調理するのは、楽しいですね」


「あとこのお魚、美味しいです。ほくほくになったお芋と一緒に食べるとあいます」


「このキノコ御飯ともあいますわ」


 ブルーベル作なのだから味に間違いはない筈だ。

 でも喜んで貰えるとやはり嬉しい。

 

「それにしても今日は随分と参考になる事が多かった気がします。市場を回った事も、新しいお風呂も、今後の運送事情やウィラード領として取るべきあり方も」


「私もです。スティルマン家の課題だった北方との交易ルートが出来るだけでもかなりの成果ですから」


 そっちは完全に僕の予想外だ。

 でもまあ、ローラが喜ぶなら悪くないだろう。


「こういった料理込みで、更に犬ぞりの大会に参加する観光をセットで企画してもいいですね」


 ローラの言葉で、そう言えば北海道の陸別町に、しばれフェスティバルなんてのがあったなと思い出す。


「何なら冬の寒さもイベントにしてしまいますか。1年で一番寒いだろう日に、寒さを体験したり料理で温まったりなんて事をして」


「そんな事も観光になるのでしょうか?」


「自分達が感じる普通と違う事は、何でも観光になると思うんですよ。もちろん毎日人を集める程では無いので、あくまで年1回のお祭りとして」


 そんなしょうもないアイデアも話しながら、料理を減らしていく。


※ ビール酵母調味料

  マーマイトとかベジマイトだと思ってくれれば間違い無いです。

  実は書き手は結構好きです。パンに塗っても良し、料理の隠し味に使っても良し……

  (あくまで個人の感想です)


※ 陸別町 しばれフェスティバル

  『日本一寒い町』と自称する北海道の陸別町で2月上旬に行われる、寒さを体感することを目的としたお祭り。


  なかでも『人間耐寒テスト』と称する凶悪な催し物が有名。これは一晩を、『バルーンマンション』と呼ばれるかまくらのような形の氷製ドーム内で耐えるというもの。なお命の火と称する巨大な焚き火が会場内で燃えており、あまりに寒すぎる場合はそこで暖を取ることも可。


  Webページがあるので、詳細は検索してみて欲しい。寒さが苦手な人にとっては狂っているとしか思えないですけれど。

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