第37章 秋から冬の北部大洋鉄道商会

第149話 フェリーデ北部縦貫線

 ウィリアム兄から領主館へと呼び出されたのは、10月15日の夜だった。


「無事9領主家により路線計画がまとまったよ。

 名称はフェリーデ北部縦貫線に決まった。内容を確認してみたけれど、概ね予定通り決まった感じかな」


「思ったより早くまとまったんですね」


 予定では10月中という話だった。

 だから10月の終わり頃だろうと見込んでいたのだ。

 

「こういった事はさっさと決めた方が楽だからね。余分な思惑が混じり込まない前にさ。


 皆さんそう思ったのか、予想以上に合意がスムーズにいったようだね。まあ裏では色々駆け引きだがあったようだけれどもさ。路線のルートとか駅の位置とか、他領との接続位置の調整とか。


 まあその辺は僕やリチャードより父の仕事だね。それじゃ色よい返事を待っているよ」


 そんな訳で正式な依頼書、各領主の合意内容等の資料を渡される。


 勿論家へ帰ってすぐ、内容をざっと確認。

 ひととおり読んだ結果、取り敢えず問題点は少ないと感じた。

 フェリーデ北部縦貫線と名付けられたルートは講演会で発表したものと全く同一ではない。

 それでも一応こっちの指定通りの基準で線路を敷設できるようにおさまっている。


 翌日、幹部会議でまず依頼書と内容を報告。

 その後、技術部をはじめとした関係者に資料を渡して、案を検討して貰う。


 2日後、資料を渡した関係者全員を呼んで、9領主家合意案の妥当性と、商会としての回答案を作るための会議を開催。


「線形そのものは問題ありません。最小曲率半径1,250腕2,500m以上、緩和曲線の規定、最急勾配を20‰等全てこちらの条件通りです」  


「ハンティントン領ヤラハス近辺で20‰勾配が5離10km近く続くけれど、それは大丈夫か?」


「アルコ峠を越える為には仕方ないでしょう。これ以上勾配を緩和するとトンネルの長さが20離40kmを大きく超えてしまいます」


「ハドソン領部分はこちらで作った路線案と比べ、西側へ最大で2離4km程度ずれているようだが」


「これは工事のしやすさを検討した結果でしょう。こちらの当初案よりトンネルや掘割を減らしています。概ね1離半3km程大回りになりますが、線形的な問題はありませんし、許容範囲かと」


 会議ではこんな感じでガンガン意見が飛んだ。

 なお本来フェリーデこのくには限りなく専制君主制に近い立憲君主制で、貴族優位社会。

 恐れ多くも貴族様から頂いた要望書を変更するなんて事は、少なくとも普通の商会はやらない。


 ただその辺の貴族優先具合は領地によってかなり異なる。

 シックルード領やスティルマン領はかなり緩い方だ。

 結果、うちの商会も割と貴族に対して遠慮が無い。

 まあ商会長の僕が貴族だからこそ何とかなる、というのもあるけれど。


 散々意見が飛び交った後、結論が出た。


「この依頼書案は最善の理想ではないが、それほど悪い案でもない。用地収用や施設の建設を領主家が負う以上、認められない程度ではない。

 だからそのまま受けていいだろう。以上の結論でいいな」


 カールによるそんな統括で、無事会議は終了。

 正直僕はほっとした。

 いくら僕自身が貴族であっても、領主家に案の訂正を求めるのはしんどい作業だから。


 だからその後、技術部というか工房でカールやキットに言ったこの言葉は本音だ。


「訂正無しで何とかなったな。正直助かった」


「まあうちの連中も、言いたい事はいいますが落としどころは心得ていますからね」


 今回は確かにそうかもしれない。

 しかし僕としては異論がない訳でもない。


「その割には以前、領主代行2人が来た時の会議では、皆、結構言いたい放題言っていたよな」


「あれは仕方ない。長距離高速鉄道について考えろなんて面白い事をいきなり言うリチャードが悪い」


 本来は貴族で、僕の立場をわかっている筈のカールにそんな事を言われてしまう。


「でもまあ、これでまた忙しくなりますね。高速列車用の車両を設計・新造しなければなりませんし、各領の工事にある程度人を派遣する算段も必要ですから」


「またイザベラ経由で人集めの必要があるな。資金は大丈夫か、リチャード」


 それは多分問題ない。


「9領主家との契約調印で前渡金が来る事になっている。債券もある程度発行する予定だ。だからまあ、何とかなるだろう」


「冬にはローカル線4本も開業しますからね。それなりの余裕をもって、と言っても現状では無理でしょうけど」


「ある程度活気がある方が楽しいだろう、違うか?」


 この先も当分忙しい事になりそうだ。

 予感というより確信に近い形で僕は思った。


 ◇◇◇


 そして11月1日。

 9領主家と北部大洋鉄道商会は、ダーリントン領ダラムからウィラード領アオカエンまでを結ぶ、フェリーデ北部縦貫鉄道線の敷設に合意した事を発表した。


 わざわざ王都バンドンまで行って発表だの調印式だのを実施。

 これで領主だの領主代行だのと関わる僕の仕事は一段落した訳だ。

 そう思いたい。


 でも実際は、細かい連絡調整業務が結構あるのだろうなと思う。

 さしあたっては駅や鉄道施設の建設について、各領主家との連絡体制を作る必要がある。

 うちからも何人か人出しが必要だし、駅舎や線路配置、例えば回避線路等に対する要望等をまとめる必要もあるだろう。


 ダーリントン領ダラム付近と、ウィラード領アオカエン近くには車両基地を兼ねた支店を設ける予定だ。

 他領にも、駅と兼用だけれども営業拠点を設置する。


 でもまさか、シックルード領やスティルマン領のようにローカル線だの何だのの依頼が来る事は無いよな。

 高速新線の駅から各領の領都までの線は別として。

 

 あと個人的にはウィラード領の温泉が気になる。

 クレア嬢には一通り前世での温泉リゾートについて説明しておいたけれど、うまく作ってくれるだろうか。


 まあマールヴァイス商会の件があるから、出来たとしても気軽に遊びには行けないかもしれないけれど。


※ この規格は東海道新幹線の規格と酷似しています。でもあくまで北部大洋鉄道商会の技術部が策定したもので、リチャード君の記憶で再現したものではない、という事にしておいてください。


  なお東海道新幹線の規格は最小曲率半径2,500m、ただしやむを得ない場合は曲率半径400mまで。最急勾配は15 ‰まで。ただし延長2.5km以内に限り18‰・2km以内に限り20‰までという感じです。


  山陽新幹線以降の最小曲率半径は4,000m。その代わり勾配はもっと急な場所があったりします。

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