第138話 カールの小言?

 弁当をアイテムボックスに仕舞ってホームに出る。

 待っている人はそれほどいない。

 これなら余裕で座れそうだ。


 昼過ぎでもガナーヴィン方面行きは1時間に3本ある。

 路面直通が2本、モレスビー港行きが1本。

 だからそれほど混まないのかもしれない。


 ガナーヴィンからの普通列車が入線してきた。

 モレスビー港発、三公社前行きの普通列車だ。

 ここで折り返しモレスビー港行きとなって、15半時間4分後に発車する。


 編成はクモロ503をクモロ502で挟んだ3両編成。

 現在の本線では標準的な編成だ。

 それでも海水浴場直通の6両編成とか、更にそれを増結した9両編成あたりから見ると短く感じる。


 カールは間に合うだろうか。

 そう思ったら覚えのある魔力の反応が駅へ近づいてくるのを感じた。

 なら問題はない。


 列車が停止し、扉が開く。

 降車する乗客の数を何となく魔法で数える。

 三公社前まで乗ってきたのは30人程。

 うち20人はラングランド方面行きへ乗り換えるようだ。


 スウォンジーの街へは北門駅あたりの方が便利だし、家以外の商会はライル河川港あたりに支社や支店を置いている。

 三公社前まで来るのは

  ○ ラングランド方面へ行くか

  ○ 三公社かうちの商会に用件がある

場合だけ。


 そう考えるとまあ、この乗客数は別に少なくないのだろう。

 そんな事を考えながら列車に乗り込み、2人席に陣取る。


 すぐにカールがやってきた。


「ダルトン、アレフ、ゴードン、レーナに話をつけておいた。営業部への質問出しは明後日朝でいいそうだ。観光推進部の方は会議結果を明日の決裁で上げる。経理部の資料はまあ、来週終わりまでにでも適当に読んでおいてくれ。


 今俺が言った事をおぼえておく必要はない。本日回った各部からの要望その他は今日中に商会長のデスクにメモとして提出しておくよう頼んである。

 明日朝、出勤したら確認してくれ。それで間に合うようになっている筈だ」


 そう言いながら僕の隣に座る。

 今の言葉でカールがただ関係者を回って僕の予定キャンセルしただけではない事がわかる。

 全員に僕の仕事内容を確認した上で、最適な着地点を調整したのだろう。

 僅か4半時間15分で。


 いや、僕の部屋に顔を出した時点で既に各部署には話をつけていたという可能性もある。

 カールの性格を考えるとむしろそっちの方が可能性が高い。

 4半時間15分でで必ず話をつけられるとは限らないし、そういった不確実な事を予定に組み込む奴ではないから。


「ありがとう」


「たいした事じゃない。それよりリチャードはもっと人に頼れ。仕事のしすぎだ」


 確かにそうだなとは思う。

 しかしまさか、その台詞を……


「カールに言われるとは思わなかったな。誰より仕事中毒だろ」


「やりたくない事はやっていない。やりたい事の為と称してやりたくない事まで手を広げている誰かと違う」


 やりたくない事はやっていない。

 そうきっぱり言い切れるところがカールだなと思う。

 そして『やりたい事の為と称してやりたくない事まで手を広げている』か。

 確かに耳が痛い。


「一言もないな」


「だからもっと俺以外の誰かに頼れ。仕事を投げろ。

 リチャードがやるべき事は商会の最終的な業務決定と貴族対応だ。それ以外の仕事はその気になれば全部投げられる。


 市町村長とか他商会とか相手の話はダルトンに投げても問題無い。ダルトンも必要があればクロッカーやミルコに投げる。

 それが組織だ、違うか」


 カールが言っている事は正しい。

  

「わかった。以降気をつける」


「リチャードはなまじ仕事が出来て頭の回転が速い。だから出来る事は何でも自分でやろうとする。

 そこでサボるな。意識して人に投げろ。技術関係を俺やキットに投げるのと同じように。


 さて、今日は小言を言いに来た訳じゃない。そこで本題だ。

 ハリコフに実験線を作って一週間、ある結論が出た。その結論を商会長としてのリチャードに確認して貰う。それが今日の本題だ」


 いや、きっと小言の方も本題というか今日来た目的のひとつだったのだろう。

 僕が最近仕事漬けになっている事に気づいて。


 ただ僕はカールが言った今日の本題とやらが気になる。 

 単に実験線で予定通りの成果が出たという話では無さそうだ。

 商会長としての僕が確認する必要がある結論か。


 ハリコフの実験線とは、高速鉄道を実際に走らせて実験する為の専用路線。

 ハリコフ地区駅の東側100腕200mの所につい2週間前に出来た、直線と緩やかな曲線で構成された線路だ。

 北側はハリコフから10離20km先まで、逆側は南東方向に5離10km先まで伸びている。


 勿論ウィラード領からガナーヴィンを経由して王都バンドンまでの路線を敷設する際は、その一部になる予定。

 つまりはリニアモーターカーの山梨実験線みたいなものだ。

 こちらが少し違うのは、ローカル線開業時に線路の一部を共有をする予定があるところ。


 ただ忙しくて僕は工事開始時の立会いの後、顔を出していない。


「まさか高速鉄道は不可能という結論じゃないよな」


「そんな単純な話じゃない。もっと面白くて面倒で、そして残念な結論だ。俺の思った通りならな。

 まあ詳しくは現地でだ。実際に確認して貰ってから判断して貰おう」


 ならこれ以上ここで聞いても無駄だな。

 僕はそう判断する。

 ならばとりあえず、僕の当初の予定を実行するとしよう。


「ならその話は後だな。ところでカールは昼飯はもう食べたか? もし良ければ弁当を2つ買って来たけれど、どうする?」


「いただこう。弁当は何と何だ?」


 僕は売店で買った弁当2種類を出す。

 ここのテーブルでは並べて出せないが、カールなら袋のままでも内容がわかるだろう。


「アヒル弁当か牛弁当か。なら牛弁当を貰おう」


 この辺、僕に対しては一切遠慮が無いのがカールだ。

 まあいつも通りで予想通りだけれど。


 なら僕はアヒル弁当か。

 前世日本によくあった鶏飯系の弁当と比べ、どちらが上だろう。

 これはこれで楽しみだ。


※ リニアモーターカーの山梨実験線

  1996年(平成8年)から実験を開始した、超電導リニアの実験用線路。中央付近に実験センターと山梨県立リニア見学センターがある。

 2022年現在は山梨県笛吹市境川町から山梨県上野原市秋山まで、全長42.8km。この実験線は将来、中央新幹線の一部となる予定。


 なお山梨県立リニア見学センターには試験車両の展示等がある博物館的な『どきどきリニア館』と、展望室や観光情報コーナー、リニアグッズやお土産を販売する売店がある『わくわくやまなし館』がある。詳細はセンターのWebページを参照。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る