第135話 難しい演技
いつもの部屋でキットを捕まえ、空いている会議室へ連行して僕とローラの考えた案を説明する。
「なるほど、使用する魔力の種類を変えれば同じ魔力導線で送っても問題は無い。だから同じ魔力導線で長距離と短距離の2種類の情報を送るという事ですね。
言われてみれば盲点でした。理論上は確かに可能です。分魔器を使えばいいだけの話ですから。
商売の方も問題ないと思います。私の職掌では無いですが、荷物取り扱いと同様に扱えば大丈夫でしょう。配達人員は状況を見て少し増やした方がいいでしょうけれど。
ただ提案するまで少し待っていただけませんか。技術的に問題無いか実際に動かして確かめる必要がありますから。実機を作るのに3日、試験に1週間程度はかけたいところです」
確かにそれくらいの期間は必要だろう。
それでも日本と比べると、とんでもなく早いと思うし。
「わかった」
「あと余分なお節介ですが、折角の休みなんですから仕事を忘れてのんびり楽しんだ方がいいと思いますよ」
確かにそうだなと自分でも思う。
しかし此処で言われる筋合いはない。
「それを言ったらキットを含めて工房の全員がそうだろ。休みの日も此処にきているしさ」
「まあそうですけれどね。残念ながらここの皆さんは仕事と余暇の区別がつかない人ばかりですから。私も最近は自席で遠慮なく研究をしていますからね」
そう言えばキットの机上に見慣れない大型タイプライターのような機械が増えていた。
あれが端末装置だとしたら……
「倉庫内の大物を遠隔で操作できるようにした訳か。列車用通信装置と同じ方法で」
「御明察です。説明しなくて済むのは楽でいいですね」
「わかるのは基本的な原理までだけれどな。あと僕の方も心配は無用だ。仕事が鉄道で趣味が鉄道だからさ」
「了解です。それでは早速、実験装置の手配をします」
「わかった。それじゃ頼む」
ローラと会議室を出て、来た方へと戻る。
「今の方が情報伝達装置を発明された方ですか?」
「ああ。副工房長というか技術副長で、工房の管理運営をしながら自分の研究もやっている」
「もっと年配の方かと思っていました」
確かに役職ややっている研究、その成果なんて知っているとそう思っても不思議ではない。
「カールの後輩だからこんなものさ」
「そんな優秀な方も商会で雇っているんですね」
「商会というか鉄鉱山時代からだけれどさ。国の研究所や付属機関はどうしても貴族優先で、優秀でも平民はなかなかいい職に就けないらしくて。
そんな優秀だけれど待遇に恵まれない連中にそれなりの待遇を提示して引っ張ってくる訳だ。
カールやキットはその辺の伝手があるみたいでさ。かなり優秀な人材を確保出来ているようだ」
「それであれほど速く新しい物を作ったり出来るんですね」
「ああ」
そう返事しておいて、そして今のうちに言っておいた方がいい事を思い出す。
「ただその分、商会長や公社長としての取り分は一般的な経営者や貴族よりも少な目だと思う。もともと田舎の公社から始めたから、一般事務員等も人を集める為に給与水準も高めにしているし」
「ごめんなさい。その辺りの収支、実は知っています。婚約前にお兄様から教えて頂きましたから」
そこまで調査済みだったのか。
ただ驚くと言うより、『そうだよな』と思う気持ちの方が大きい。
僕自身その辺の収支は秘密にしている訳では無い。
だから調べようと思えば調べられるし、婚約相手について調べるのは当然だろう。
「うちのスティルマン伯爵家だって似たようなものです。貴族家としての収益のうち7割以上は領内に再投資しています。
再投資の内容は新規開拓や産業振興、領内インフラ整備です。
ただそうやってお金をかけても、効果が見える事は滅多に無い。そういう意味では無駄にみえるかもしれない。かつておじい様がそんな事を言っていました。
ただしそういった無駄に見えるお金を惜しむと徐々に領内の経済が駄目になって行ってしまう。数年では駄目になっている兆候は目に見えない。ただ目に見える状態になった時は手遅れだ。
そんな事も言っていましたわ。
おそらく領地経営が上手くいっているように見える領主家は何処もそんな感じなのでしょう。領主家だけでなく、上手く運営をされていらっしゃる貴族家や商家はきっと、どこも。
そういう意味ではリチャード様の方針は間違っていないと思います。それが出来るリチャード様だからこそ、鉄道がここまで成長したのだと思いますわ」
うーん、ローラ、跡取りではないけれど、しっかり貴族としての心構えまでわかっている。
僕としては嬉しいのだけれど、心配事がひとつ。
ローラと比べるとパトリシア、大分やばくないだろうか。
現在お見合い中だと思うけれど大丈夫だろうか。
それともあのパトリシアも出る所に出ればローラ並みにちゃんとしているのだろうか。
あとローラに言っておきたい事がある。
取り敢えず先程の返事と一緒に言っておこう。
「ありがとう。ローラにそう言って貰えるとありがたいというか嬉しい。
ただそろそろ様付けはやめてくれないかな。婚約者なんだしさ」
婚約者と自分で言って、そして思わずその意味を意識してしまう。
ローラの卒業まであと1年無い。
来年の今頃は一緒に暮らしている訳だ。
そりゃ今だって一緒の家にいる。
それでも今はあくまでお客様という立場だ。
結婚したら今度は……
確かにローラ、可愛いし綺麗だし、頭もいい。
理想のタイプなんて前世から考えた事もない僕だけれども、ローラには
こんな子が僕の婚約者だという事を必要以上に意識してしまって……
来年の今頃はと思うと……
「でもリチャード様はリチャード様ですから」
「婚約者なんだからさ、2人でいる時は対等でいよう」
あ、照れている。
こんな様子もまた可愛い。
「でも……すぐには難しいです」
「ならおいおいでいいからさ」
そう言いながらふと気づく。
御嬢様方がお帰りになり、パトリシアすらいなくなって、今日から屋敷に2人だという事に。
待て僕、ローラは確かに僕の婚約者ではある。
しかしまだ婚姻した訳じゃない。
屋敷には使用人だっている。
しかし婚約者なんだし、来春でも今でも結果的にやる事は一緒……
いや違う! 落ち着け僕!
そうは思っても前世からの童貞的思考がぐるぐる頭の中を巡ったりする訳だ。
言葉遣いは普通通りだろうか。
態度や表情はいつも通りだろうか。
ついついローラの胸とかに視線が行きそうになるのはバレていないだろうか。
正直自信は無いけれど何とか演じる努力をする。
普通の態度というのが難しい。
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