第75話 とりあえずの準備
攻撃を受ける事はわかっている。
しかしわかっているという事を相手に悟られてはいけない。
何処に敵の目があるかなんてのはわからない。
備えも目立たないように、なおかつ必要充分以上にしておく必要がある。
とりあえず商会のガナーヴィン事務所へは寄らず、まっすぐスウォンジーを目指すことにした。
領主代行と会った事は出来るだけ秘密にしておいた方がいい。
僕の行動そのものも目立たない方がいいだろう。
もちろん敵が領主館を見張っているという可能性もある。
それなら僕が領主館へ出入りしただけでも用心する筈だ。
何でも無い業務上のものとごまかす為、ガナーヴィン事務所に立ち寄るという方法もある。
ただガナーヴィン事務所は僕の予定はある程度把握している。
僕の予定に今日、ジェームス氏と会うなんてのが無い事もわかっている筈だ。
無理して偽装工作なんて事はしない方がいいだろう。
それに僕はスティルマン家の令嬢であるローラの婚約者なのだ。
私的に家を訪れるなんて事も別段不自然ではない。
だから余分な事はせず情報を出来るだけ出さない方向で徹底する。
帰りは急行でなくジェスタ乗換の普通列車で。
時間がかかるが目立たなくて済む。
気が急くが焦っても仕方ない。
それにジェームス氏の様子からして迎え撃つ準備は万全という様子だ。
敵がどういう勢力なのか、概ね予想は出来る。
全国で商いをしているとある大手商会系列だ。
例えば農産物の価格。
現在はゴーレム車を多数所有し、農家から現地で買い付け、街で仲買へと販売する大手商会が価格決定権を握っている。
ゴーレム車は高価で、運用にも維持にも金がかかる。
一般的な農業従事者や小規模商会が多数運用する事は不可能だ。
だから大手商会の価格決定権は揺るがない筈だった。
しかし鉄道が出来て、小規模商会でも産地からの買い付けが可能となった。
生産者自らが消費地へ持ち込む事も可能となった。
この流れが進めば価格決定権が大手商会から奪われる。
それにガナーヴィン市街地の駐車取締り強化なんてのも奴らにとっては目障りな政策だろう。
なおスティルマン伯爵家では現在、鉄道により不要になったゴーレム車買取なんて施策を実施している。
買い取ったゴーレム車は鉄道駅からの新たな交通・流通サービスに使用する予定。
これもうちの
買い取ったゴーレム車の一部をシックルード領に安価に譲る話まで出来ている。
これが実施された場合、間違いなく大手商会の今までの地位が脅かされる。
特に価格決定権を悪用して利益を貪っていたような所ほど。
実際こういった大手商会、農家の収益適正化とか農業そのものの近代化等の面で大きな障害になっていた。
更に不作の時に穀物価格を必要以上に上昇させて利益を貪る、なんて事も珍しくなかった。
ついでに言うと持てる者しか持てないゴーレム車の渋滞でガナーヴィンの都市環境は荒れまくり。
鉄道の開業を機にジェームス氏がそれら商会に対して厳しい施策を打ち出したのも無理はない。
そしてそれに反発した大手商会の一部が自らの利益を守るために不法な手段に出ようとするのも、動きとしては当然だ。
◇◇◇
1時間半ちょいで三公社前に無事到着。
とりあえずダルトンとカールを呼んで、工房の会議室で保秘魔法を三重に起動した上で、状況を説明した。
「なるほど。そういった動きが出てまいりましたか」
こういった件が起こるのはダルトンも想定済みだったようだ。
そしてカールが不敵な笑みを浮かべる。
「残念だな。今回はスティルマン領の領主代行にお任せという訳か」
ちょっと待てカール。
「こっちは単なる民間商会。出来るのはかかる火の粉を払うだけだ」
警察権なんてものは民間には無い。
あくまで不法な侵害から身体と財産を守るだけだ。
「こちらとしては最小限の対応にとどめるとともに自衛に徹するしかありません。現場補修に出る班や宿直員がいる事務所等、人的被害を出さない事を最大限に考え、対処すべきかと。
宿直員に5名程度、警戒と反撃が可能な者をつけるのが最善でしょう」
ダルトンからは常識的かつ正しい意見。
「なら新型車両の試験走行という事にしよう。幸い新型の貨物列車編成が組み上がったところだ。これに乗せて送り込めば問題あるまい」
「確かにそうですね。それでは会計課から5人ほど見繕って、当日指定時間に工場の方へ行かせましょう」
この場合の会計課とは事務の金勘定要員では無い。
自動券売機や駅を回ってお金を回収したり釣り銭を補充したりしている強面の皆さんだ。
大金を持ち歩くのが仕事だから身元は確かだし戦闘能力もそれなりにある。
「ああ頼む。あと当日は俺も行く。あと1人、マリオ……いや、ケルディックを連れて行こう」
おい待てカール。
「何も技術部長が自ら行く事はないでしょう」
常識人のダルトンが止める。
「修理作業中に万が一の事を考えたら広域索敵が出来る方がいい。なら適任は間違いなく俺だ。工房の方も俺の気まぐれには慣れている。
ケルディックは騎士団の工科出だ。荒事の訓練もある程度受けている。奴なら攻撃を受ける事もあるまい。新型車両の試験走行名目で向こうへ行って、事案発生後は技術部宿直に代わって俺とケルディックで出る」
確かにカールの魔法レベルはどの属性でも超一流クラスだ。
騎士団の偵察部隊以上の索敵能力はあるだろう。
ついでに工作能力も文句ない。
だから適任には違いないの……だけれども……
「諦めろ。どう考えても能力的には俺が最適任だ。あとここにいる人間以外にはリチャードから話をするのは避けろ。俺とダルトンが本件に関わる連中に直接話をつける」
「その方がいいでしょう。運輸事業部長や他の方には事案終了後に説明でも。
あと、商会長にはいつも通り業務をしていただいて、当日もいつも通り屋敷にお帰り頂く方がいいでしょう。もちろん翌日の午前中は予定を空けられるようにして」
つまりキットにもクロッカーにもミルコにも話すなという事か。
確かにそれが正しいだろう。
そして僕が日常と同様の行動をするというのも正しい。
敵に気づかれないようにする為には。
「わかった。それでいこう」
僕は頷いた。
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