第74話 通常と違う呼び出し

 幹部会議後、北部大洋鉄道商会本部棟の商会長室。

 僕はいつも通り決裁書類を確認していた。


 トントントン、ノック音の後。


「マルキスです。商会長に至急の書状が届きました。スティルマン領主代行からです」


「入ってくれ」


 至急の書状とは穏やかではない。

 届けてもらった書状をその場で確認する。


 内容は簡単。

 至急会って話したいことがある。

 ガナーヴィンの領主館で待っている。

 それだけだ。


 署名の魔法紋を確認する。

 ジェームス氏のもので間違いない。

 ならば急いで行くべきだろう。


「マルキス。至急の用件が出来た。ガナーヴィンのスティルマン領領主代行のところまで行ってくる。副商会長とうちの屋敷のほうに連絡を頼む。帰りは未定だ」


「わかりました」


 しかし至急の呼び出しか。

 ならば万が一という事があるな。

 念の為、用心しておこう。


「僕がガナーヴィンへ出かけた事は他の連中には秘密にしておいてくれ。副商会長にもその旨宜しく頼む」


 僕は立ち上がって横にかけてあるコートを羽織る。

 それでは行ってくるとしよう。

 今からなら三公社前駅発11の鐘のジェスタ西門行き普通列車にぎりぎり間に合う。

 後の急行よりもこれに乗って乗り継いだ方が早い。


 半ば駆け足で部屋を出て階段を降りる。

 三公社前駅はこの建物のすぐそばだ。

 しかし間に合わないと洒落にならない。

 

 切符を買う必要はない。

 僕は北部大洋鉄道商会の鉄道線全部で使える全区間無期限定期券を持っている。


 定期をアイテムボックスから出して右手に持ち、商会の出入口から駅までダッシュ。

 そのまま速度を落とさずにホームへ到着。

 停車中のクモロ502、2両編成の普通列車最後部の扉から乗車。


 さて、空いている席はどこだろう。

 車内を見回した時、外で発車のベルが鳴り始めた。

 11の鐘の音も聞こえる。

 余裕はあまり無かったようだ。

 間に合って良かった。


 さて、残念ながらクロスシート部分は何処も最低1人は座っている。

 魔力探知で前方車両を確認、こっちより乗っている模様。

 仕方ないので少しだけ余裕のある、ロングシートの中央部分に腰掛けた。


 思った以上に乗客が多い。

 シックルード内の短距離乗車が多いのだろうか。

 それとも乗り換えてスティルマン領まで行く方が多いのだろうか。


 そう言えば普通列車に乗った事はほとんどなかった事に気づいた。

 急行には時々乗っているけれど。

 なおよく乗っている朝7の鐘の急行はいつもほぼ席が埋まっている状態。

 クモイ502の2両編成だから座席数は結構ある筈なのに。


 思った以上に鉄道の需要が伸びているのかもしれない。

 僕としては嬉しい限りだ。


 この列車はジェスタ西門まで全駅停車。

 ジェスタ南門で乗り換えるモレスビー港行きはグスタカール中央、ハリコフにだけ停車。

 ジェスタ西門より先の駅は先の2駅を除けば簡易乗降場レベルで、大型車両では乗り降り出来ないから。


 ジェスタ南門からガナーヴィン方向へは路面鉄道直通も走っている。

 だから本数的には問題はない。


 それにしてもジェームス氏、何の用件だろう。

 内容が書いていないところをみると、会って話す必要がある内容なのだろう。

 ただ思い当たる事はないので少々不安だ。


 ◇◇◇


 直通では無い普通列車は乗り換え時間もあわせると、ガナーヴィンまで1時間以上かかってしまう。

 どうにももどかしいが、それでもゴーレム車で走るより速い。


 ガナーヴィンの領主館や領役所へ急ぐ時は路面鉄道経由よりもダコタ=ナム線経由の方が早い。

 

 モレスビー港駅に到着するとちょうどダコタ行き列車が入線してくるところだった。

 走ってダコタ行きのホームへ移動する。


 モレスビー港駅で列車は進行方向を変える。

 ゴーレム操縦者が先頭車両へ移動する時間がある分、停車時間はちょっと長め。

 他に貨物を載せたり降ろしたりなんてのもある。

 ダコタ=ナム線は貨物取り扱いも多いから。


 この列車も無蓋車から荷物を降ろしたり、車輪付コンテナを積み卸ししたりなんてしている。

 だから結果的には余裕で間に合った。

 走らなくても大丈夫だったが、まあそれは結果論。

 乗れたから文句はいわない、ということにしよう。

 

 今度乗る列車はクモロ600が3両に無蓋車ト102が2両、コンテナ兼用低床貨物車クモワ800が2両。

 この編成が地下や半地下の区間を走るのは何とも不思議な風景だ。

 しかしダコタ=ナム線は港湾沿いを走るので貨物扱いが多い。

 だからこれが標準だったりする。


 2駅目のオルドゲルグ駅で降りて階段をのぼって地上へ。

 東側、路面鉄道の走る通りを渡ったら領主館はすぐだ。


「どうぞお通り下さい」


 門番の衛士は顔パスで通してくれた。

 さてジェームス氏は何処か、魔力感知で確認。

 1階で待っているようだ。

 これは急いで行かなければ。


 勝手知ったる他人の家とばかりに玄関扉を開ける。

 僕の魔力紋は登録済み。

 だから鍵がかかっていても開くから問題ない。


「済みません。いきなり呼び出したりして」    


 いきなり領主代行の出迎えだ。


「いえ、それだけの用件なのでしょうから」


 わかっていたから驚かない。


「詳しくは第3面会室でお話いたしましょう」


 やはり余程の事があるようだ。


 ここスティルマン伯爵家領主館は何度も来ている。

 だから第3面会室がどういう部屋かも知っている。


 第3面会室は魔法暗室だ。

 外から内部の様子を一切伺う事が出来ない。

 そのかわり外の様子も一切わからない。

 術式を組み合わせて作られた、そんな秘密の部屋。


 1階奥にある第3面会室へ入る。

 作りそのものは応接室とそれほど変わらない。

 しかし窓がないので圧迫感がある。


「さて、本日の用件はスティルマン領の領主代行としてお恥ずかしい話となります。


 鉄道化をはじめとした最近の政策に反感を持つ者が、鉄道および私を攻撃しようとしているという話です。既に実行組織は準備を完了し、近々攻撃を行う予定となっています」


 いきなりとんでもない内容を聞かされた。

 しかしこれなら至急の呼び出しにも納得いく。


 それにしてもテロか。

 どんな連中がどんな目的でそうしようとしているか、概ね想像はつく。

 もちろん口には出さないけれども。


「それでこちらが準備するべき事は何でしょうか」


 ジェームス氏はテーブルに地図を広げる。

 ガナーヴィンの市街図、鉄道路線まで記載がある最新のものだ。


「明後日の深夜、鉄道の線路が3箇所、魔法により壊されます。2箇所は火属性の高熱魔法で大々的に破壊。1箇所はレール内側の部分に小さな段差を作り列車を脱線させようとするという計画です。

 場所も判明しています。高熱魔法で壊されるのはこことこの地点、脱線企図工作を行うのはこちらの地点です」


 高熱魔法で壊されるのはダコタ=ナム線のモレスビー港駅北東側と、路面鉄道外回りのカレスマイ港駅北側。

 脱線工作をされるのはやはり路面鉄道外回りのアリンディア地区先のカーブ付近だ。


「わかりました。攻撃及び工作は防げない、そう思っていいでしょうか」


「ええ。事前にわからない筈の事ですから防ぎません。勿論それなりの対策はとりますが。

 北部大洋鉄道商会の方は事件発生後、早急な復旧作業を御願い致します。勿論線路部分については領主側の資産扱いですので、事後に修理にかかった費用はお支払い致します」


「了解致しました」


 ジェームス氏は微妙な言い方をした。

 防げませんではなく、防ぎませんと。

 つまりわざと攻撃を起こさせる、という事なのだろう。

 それがどういう意味かわかっているからそれ以上突っ込まない。


「あとひとつ質問なのですが、他にも何か細工されたりした場合、そちらで細工された事を確認出来る方法はあるでしょうか」


 勿論だ、僕は頷く。


「ええ、非常用の独自安全装置が全ての線路に設置されています。これは商会の技術部の一部しか知りません」


 安全管理用に魔術を用いて線路の全てをモニターしている。

 少しでも異常があった場合は、本社やガナーヴィン事務所でわかる仕組みだ。

 夜間であろうと宿直がいるから問題はない。


「結構です。流石ですね」


「毎日、宿直で技術部の魔法使いが泊まっております。線路の何処で障害が起きたにせよ、移動時間+αで復旧作業を行える体制です」


「こちらの想像以上にしっかりした体制のようですね。安心しました」


 さて、それでは質問だ。


「それで領主代行はその夜はどう動かれるのでしょうか」


「当然突発的な攻撃が起きたのなら、現場を確認しに行くでしょう。まずは近い方、モレスビー港駅北東側へと行く事になります」


 つまりその途中で襲われる、という事だろう。

 

「何かこちらで用意する物はありますでしょうか」


「大丈夫です。ご心配には及びません」


 迎え撃つ準備は万全という事だな。

 僕はそう受け取った。

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