第83話 旧港地区

 街の中心部から旧港地区まではおよそ1離2km

 栄えている新港地区とそこに隣接する市場を突っ切っていく形だ。


 やはり海沿いは海産物が豊富で良い。

 魚部分が分厚くてもうこれ絶対美味しいだろうというジャックサンドは当然まとめ買い。

 更にイカだの刺身に使えそうな切り身だの、やはり身が分厚くて美味しそうな魚の煮物だのを途中で購入。


 暗くなりかけてきているので市場はもうすぐ終わり。

 おかげで値段が安くなっているのもいい。

 本題の鉄道は忘れないにせよ、買えるだけ買っておく。

 アイテムボックス内なら腐ったり傷んだりする事は無いから。


 寄り道しつつそれでも半時間30分で旧港地区へ到着。

 よく言えば再開発準備中、悪く言えばゴーストタウンといった雰囲気だ。

 人がいない廃墟のような建物がほとんど。

 建物の一部は壊されて更地になっている。


 働いている人間はいない。

 既に常識的な労働時間は終わっているから不思議ではない。

 ただ魔力探知によると何人かの人がこれら建物に潜んでいるようだ。

 おそらくは浮浪者の類いだろう。

 

 今のところ襲われそうな気配は無い。

 脅威となりそうな強い魔力反応もない。

 しかしあまり長居はしない方がいいだろう。

 もっと暗くなる前にここを去った方が良さそうだ。


 周囲を視力と魔法を使って確認する。


 まず目についたのは海側に突き出た形で、丸太の杭と岩、板で囲まれた区画だ。

 これはおそらく新たな埠頭を作ろうとしているのだろう。


 囲まれた中に山から持ってきた土や、建物を壊した際に出た瓦礫等を放り込む。

 その後、土属性魔法使い何人かで魔法をかけまくれば、長くて立派な埠頭が出来上がるという訳だ。


 そしてお目当ての線路はその新設埠頭予定場所にそのまま延ばせるような状態で敷設されていた。

 見たところは単線で、軌間はうちと同じ半腕1m

 レールは1腕2mあたり16重96kg程度。


 駅舎やホームに類するものは見当たらない。

 ただよく見ると埠頭に近い部分の手前側線路脇がきっちり魔法で岩盤化されている。


 おそらくこれが乗降場という事なのだろう。

 ならば1面1線相当という事か。

 小さな小屋がその隅にある。

 おそらく駅舎代わりだろうと見当をつける。


 その他に鉄道らしい設備は見当たらない。

 機回し線や分岐器ポイント、信号なども見当たらない。

 ゴーレムを使った馬車鉄道だから必要ないという事だろう。

 つまり最小限の構成だ。


 おそらく論文を読んで突貫工事的に作ったのだろう。

 失敗や事故を防ぐ為、構成要素は最小限にした。

 そんな感じがする。


 国立研究所が鉄道に関する論文を出してからまだ1ヶ月とちょっと。

 だから旧港周辺の開発計画は論文発表以前から進んでいたのだろう。


 そこに新たに発表された鉄道を急遽加えた。

 発表後僅か1ヶ月ちょいで、しかも作業途中の再開発事業に優先して線路を敷設し、鉄道を開通させている。


 なかなか切れる奴が背後にいるな、そう感じる。

 間違いなくそいつはわかっている。

 鉄道が再開発工事を進める上で役に立つだろうという事を。


 建造物や道路、その他構造物を作るのには木材、石材、土砂が大量に必要となる。

 それらの資材は当然海岸部よりも内陸部の方が得やすい。

 そしてゴーレム仕様の馬車鉄道でも貨物を運べる量と速度はゴーレム車より遙かに上だ。


 この鉄道に対して、宿の人の評価は低かった。

『大したものではないですね。実際に乗った者からはそう聞いています』

 その評価はある意味正しい。


 は人を運ぶ事ではない。

 資材を運ぶ事だ。 

 旅客営業はあくまでおまけ。

 だから評価が低いのも当然だ。


 まずは開発工事を進める為に失敗の少ない最小限の要素に絞った線路を敷設する。

 そこで馬車鉄道方式で資材を運び運用経験を積む。


 分岐器ポイントや機関車といった複雑な要素は運用経験を積みながら研究。

 技術的に完成した順に随時投入。


 再開発が終わる頃には技術的に経験を積んだ最新鋭の鉄道が出来上がる。

 出来上がった鉄道は領内にある2つの大きな街を繋ぐとともに、内陸部と港を直結。

 輸送手段のレベルアップで地域の発展を狙うというシナリオだろう。


 おおむねこの鉄道の青写真はこんな感じだろう。

 勿論これは僕が今、勝手に考えたもの。

 しかしおそらく間違ってはいない。

 そうでもなければこんな短期間に、他の工事より優先して鉄道建設をするなんて事はないだろうから。 


 本当はもう少しじっくり調べたい。

 付近に車両基地があるかとか、他に鉄道関係の資材類があるかとか。


 しかしもうここは去るべき時間だ。

 治安状況的に安心できない。


 勿論僕はそれなりに魔法を使える。

 よほどの事がない限り、一般人が何人襲って来ようと問題は無い。 

 念の為に今は常に周囲に対し魔力探査をかけている。

 今現在、周囲50腕100m以内には脅威になる魔法使いはいない筈だ。


 しかし用心に超した事は無い。

 今日はここまで。

 僕は街の栄えている方向へと歩き出す。


 勿論周囲は最大限に警戒している。

 風属性魔法で空気の動きを読み、人の動きや飛来物に対して用心している訳だ。

 僕のレベルが低い風属性でもそれくらいは出来る。


 案の定、視界外の右斜め後方、廃墟の2階から何かが飛んできた。

 矢だろうか。

 振り向かず、土属性レベル3の岩塊で食い止める。


 この程度はご挨拶だ。

 簡単に襲える獲物かそうでないかを判別する為の。

 ただ挨拶には返礼の必要がある。

 そうしないとなめられて襲われる可能性があるから。


 歩行速度はそのまま、振り向く事無しに土属性魔法を起動。

 飛んできた場所一帯に土属性レベル3の土壌成分調整魔法が作用する。

 がさっという音と、それに続くドドドドドドサッという音。

 押し殺してはいるが小さな悲鳴。


 大した事では無い。

 土属性魔法で固められた建物の床と壁を、ちょっと砂にしただけだ。


 この程度なら衛士が来る事も無い。

 来ても襲われたのは僕の方だし、これでも貴族の端くれ。

 だから問題になる事はないだろうけれども。

 

 こちらの返礼が効いたのか、その後は何事もなく宿へと到着した。

 部屋備え付けの手拭いを濡らし手と顔を拭く。

 それでは夕食にするとしよう。

 僕は市場で購入した成果の一部をテーブルへと出した。  

 

※ 1面1線(駅のホームと線路の数え方)

  面はホームの数、線は線路の数を表す。1面1線とはホームの片側に線路があり、そちら側だけで乗り降りするという意味。

  線路と線路の間にホームがあり、ホームの両側から乗り降りできる場合(通称『島式ホーム』)は、1面2線と表現。線路が3本で、線路と線路の間にそれぞれホームがある場合は2面3線。ホームが3つあり、それぞれのホームの間に線路がある場合(例:名鉄名古屋駅)は3面2線。


※ 機回し線

  基本的に機関車は運転士の視界を確保するためにも列車の先頭に位置する。しかし終着駅のホームに入る等して列車の進行方向が変わる場合は、反対方向へ機関車を繋ぎ直さなければならない。

  こういった場合に機関車を反対方向へ移動させる為に使う線路を機回し線と呼ぶ。

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