第59話 妄想鉄ふたたび

 午後はジェームス氏が加わった答え合わせの時間だ。

 出てくる出てくる、陰謀御兄様ウィリアムとの密約の数々。

 ウィリアムだけではない、パトリシアも父までもグルになってやがった。


 こうなってはもう遠慮することはない。

 ついでに陰謀を更に強化しまくってやる。

 毒食らわば皿までという奴だ。

 違うか。


「元々はシックルード領からガナーヴィンのモレスビー港まで鉄道を走らせるつもりだったのですけれど」


「郊外へ繋がる線と市内線はわけた方がいいと思います。勿論直通列車を走らせる事は可能です。直通はこの路面鉄道と同等の車両にして、路面鉄道部分まで走らせればいいでしょう」


 福井でえちぜん鉄道と福井鉄道が相互直通運転しているのと同じ方法だ。


「それですとこの車体では小さくないでしょうか」


 ローラが小首を傾げて疑問を口にする。

 勿論答えは前世の鉄道に存在している。


「路面鉄道でも2両、3両連結車体のものは作れます。このような形で」


 何せ車両に魔法で改札類似機能がつけられる。

 車掌がいちいち改札する必要も運転席横に支払い装置をつける必要もない。


 つまり通り抜け時の段差その他とかほとんど気にする必要はない。

 よって低床にしても設計はかなり楽だ。

 台車を思い切り端に寄せればいいのだから。

 アルナ車両のリトルダンサー方式だな。


「この車両をシックルード領から直通運転させる事は可能ですか」


 これはジェームス氏。

 つまりは広島電鉄宮島線だな。


「もちろん可能です。ですがこのタイプの車両は路上での乗り降りをしやすくする為に車輪が小さくなっています。ですので高速運転には向きません」


「なるほど。だから運用をわける訳ですね」 


「ええ。それに輸送力そのものが近郊型の車両とかなり違いますから」


 スウォンジーからでも25離50km以下。

 だから路面電車型で対応可能だなんて言わないでくれ。

 いわゆる路面電車型とかライトレールのような車両ではなく、普通の鉄道車両も走らせたいのだ。


 つまりは僕の鉄としてのわがままである。

 言わないけれど。


「線路は既にジェスタまで来ているのですよね。近郊型の車両も」


 今度はローラだ。


「ええ。まだ営業は開始していませんが試験運転をしています」


「ならその気になればガナーヴィンまでもそれほどかからずに繋げられますよね」


「ええ。それでガナーヴィンの何処に拠点駅を作るかですが……」


「実はスティルマン領内の土地確保まで終わっています。こちらに地図があります」


 今度はジェームス氏。

 アイテムボックスから地図を取り出す。 


「このような形で、ここから先の街中部分は堀割部分を走行する形で」


 掘割と言っても上はほぼふさがっている。

 これはもう地下鉄といっていい代物。

 勿論大歓迎だ。


「この地図通りシックルード領から来る線路はモレスビー港まで直通させてもいいのではないでしょうか。市街地の道路上を走る鉄道は、ここから分岐を作って直通させれば」


 ローラが新たな路線案を出す。

 確かにそれもいいな。

 妄想鉄道の勢いで実現性のある計画が出来ていく。

 

 3時間みっちり話し合った結果、妄想鉄もかくやという路線案が出来てしまった。


  ○ シックルード領スウォンジーから来る本線。

   ルートはガナーヴィン東側から市街地中央を横切り中央西側にあるモレスビー港まで。


  ○ 市内循環線

   ガナーヴィンの各地区を巡る1周約7離半15kmの路面鉄道。ガナーヴィン東側のハリコフ地区に設けられる駅から本線に乗り入れ可能。北西角付近と南西角付近からダコタ=ナム線に乗り入れ可能。


  ○ ダコタ=ナム線

   ガナーヴィン南部の港ダコタから最北部の港ナムまでを結ぶ路線。旅客列車は市街部は市内循環線に乗り入れ。貨物列車は主に港湾部の専用線を走行。


「後でこの案は委員会を作って検討させます。条件はこの書類通りで宜しいのでしょうか」


「ええ、それで御願いします」


 ジェームス氏に渡したのは事前に作った線路の敷設条件に関する資料だ。

 スウォンジーまでの線路と路面鉄道用の線路それぞれについて、最小曲線半径だの許容される勾配だの軌道中心間隔だのといった事を記してある。


 実はこれ、日本の『鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準』の抜粋。

 もちろん全部で200ページ超えの全文書を暗記している訳では無い。

 それでも鉄道技術基準に関わる数値的なところは大体覚えている。

 カントの標準を求める式がC=GV 2 / 127 Rだとかまで。


 なお路面鉄道用にはこの基準は少々厳しい。

 なので『どうしようもない場合、最悪この程度まで大丈夫』なんて注釈もつけてある。


「それじゃリチャード様、折角ですからお出かけしませんか」


 ローラからのお誘いだ。

 断るという選択肢はないだろう。 


「わかりました。行きましょうか」


「どれくらいに帰ってくる予定ですか?」


 ウィリアムと違い、ジェームス氏は妹であるローラに対しても口調を崩す事はないようだ。

 僕がいるからかもしれないけれど。


「夕日が沈んだら帰ってまいります」


「わかりました。それではお気をつけて」


「さあ、行きましょう!」


 僕はローラに手を引っ張られる。

 掴んだ手が柔らかいなとか思いつつ、引っ張られるままに部屋の外へ。 

   

※ 路面鉄道

  本当は路面電車と言いたい。しかしゴーレム車だから電車ではない。という事でリチャード君が苦し紛れに作った用語。


※ えちぜん鉄道と福井鉄道の相互直通運転

  通称『フェニックス田原町ライン』。通常の鉄道路線であるえちぜん鉄道三国芦原線と路面電車部分を含む福井鉄道福武線に直通電車を走らせている。車両はいわゆる路面電車型の低床車両を使用。


※ 広島電鉄宮島線

  広電西広島駅~広電宮島口駅。路面電車のイメージが強い広島電鉄の中で、普通の鉄道と同じような一般の線路となっている区間。ただし車両は路面電車側と直通なので、路面電車型の車両が一般の線路を爆走する形になる。


※ カント

  カーブを走る列車は遠心力で外側方向に力がかかる。この力の影響を少なくする為、線路のカーブ部分で、外側のレールを高く、内側のレールを低くする事。もしくはこの高さの差の大きさ。同じテツでも哲学者の方ではない。念の為。


※ 鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準

  国土交通省鉄道局長通知 平成14年3月8日国鉄技第157号。その名の通り具体的な数値をあげて技術上の基準を記してある。ただしこれは法的拘束力がないただの局長通知。つまり解釈基準によらない内容で審査を受けることも可能。


※ 路面鉄道用にはこの基準は少々厳しすぎる

  実際には普通の鉄道だってこの基準にあっていない例はいくらでもある。たとえば曲線半径は下参考①のように決まっているが、実際は、

  ○ 豊橋鉄道東田本線 井原~運動公園前にある曲線半径11mのカーブ(路面電車区間)(第53話で出て来た井原カーブ)

  ○ 阪急電鉄伊丹線 塚口駅構内にある曲線半径60mのカーブ(大手私鉄の鉄道法適用区間としては最急カーブ)

なんて論外な区間も結構あったりする。


 だからこの基準には、どの項目も概ね下参考②のような注釈がつけられている。


■■■■■ 参考 ① ■■■■■

 (1) 普通鉄道の曲線半径は、次のとおりとする。

  ① 普通鉄道(新幹線及び軌間 0.762 mの鉄道を除く。)の曲線半径(分岐附帯曲線を除く。②において同じ。)は、160m 以上とする。

 (2) 特殊鉄道の曲線半径は、次のとおりとする。

  ① 特殊鉄道(無軌条電車、鋼索鉄道、超電導磁気浮上式鉄道及び磁気誘導式鉄道を除く。)の曲線半径は、100m 以上とする。  


■■■■■ 参考 ② ■■■■■

 (3) (1)及び(2)の規定にかかわらず、急曲線の通過を考慮した構造を有する車両のみが走行する区間にあっては、最小曲線半径は、当該車両の曲線通過性能に応じた数値とすることができる。

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