第50話 事案収拾の報告

 マンブルズ鉄鉱山の状況はやっと少し落ち着いた。

 設備やゴーレムはほぼ復活。

 ただし採掘量は12月当初の7割といったところ。

 理由は勤務員不足によるものだ。


 鉱山を辞めた勤務員はほぼ全員、森林公社で再雇用している。

 しかし石灰石鉱山や運輸部等に配置してしまった人間を全員戻すなんて事は出来ない。

 その結果である。


 ただおかげで6月頭には何とか勤務員分はフル稼働できるようになった。

 それに採掘量、ジェフリー解雇直前には4割を切りかけていたのだ。

 ここまで回復しただけでも自分と鉱山の皆さんを褒めてやりたい。

 あと勿論工房の皆さんも。


「あとは人材を補填しないと無理でしょう。ただ最悪の状況は抜けた筈です」


 久しぶりに行った実家で領主ちち領主代行ウィリアムにそう報告する。


「人材ですか。つまり土属性レベルが3以上の魔法使いという事でしょうか?」


 ウィリアムが僕と2人の時とは違う口調でそんな事を確認する。

 こいつ、絶対分かって言っているのだろう。

 工房がこっそり8人程増やした事も知っているに違いない。

 そう思いつつ、僕は返答を考え、口に出す。


「マンブルズ鉄鉱山においてゴーレムを操縦できる担当者は昨年11月末と比較して12名程減っています。ですがそれ以外に一般事務員も15名程減っております。


 昨年12月以降の鉱山退職者は定年退職の4名をのぞいた全員を、森林公社が再雇用しております。


 しかし森林公社も業務拡大、及び運輸公社を発足させる準備等でむしろ人が足りない状況にあります。鉄鉱山に戻せるような状況ではありません。


 ですので森林公社、鉄鉱山ともども大々的に採用を進める必要があります」


「なるほど。しかしここまでよくやってくれた、リチャード。これでマンブルズ鉱山もとりあえずは一安心だ」


 全てが終わった後戻ってきた領主殿おやじがそんな事を言う。


 ただ領主殿おやじも彼なりに仕事はしている。

 面倒な宮中行事をこなしつつ、クララベルの事情聴取だの別荘送りだのをやっていたのだ。

 だから文句を言う気はない。


「ならそろそろ鉱山長との兼任は解除していただけると有り難いです。鉄鉱山の方は副長を鉱山長代行に任命し、管理権の一部を移譲すれば問題はないと思われます」


 忙しいのはもう勘弁してくれ、そういう事だ。

 ついでに言うと運輸公社が出来た暁には森林公社長も辞めるつもりだったりする。

 僕は鉄道を広めたいだけだ。

 それ以上は必要ないしやる気もない。


「それはまた後の話としよう。ところでスティルマン伯爵家の次女との話はどうなっている。向こうにいる間にかなり話が進んだと聞いたが」


 後の話にしないでくれ。

 そう思うがそれ以上の難題というか問題が出てしまった。


 勿論僕はローラを嫌っている訳では無い。

 むしろローラには好感を持っている。

 鉄的に見所があるし可愛いのも事実だ。

 話していても楽しいし。


 それにスティルマン領まで鉄道路線を延ばせれば都市間鉄道が出来上がる。

 急行列車も走らせる事が出来るだろう。

 急行専用車両なんてのも、グリーン車なんてのも出来るかもしれない。


 ただ貴族系のお付き合いなんて正直面倒だ。

 好きでも得意でもないしやりたいとも思わない。


 それもあってスティルマン家関係については、『マンブルズ鉄鉱山再建及び運輸公社設立準備中につき多忙』との名目で全部領主代行ウィリアムに丸投げした。

 その結果逃げられなくなったのは自業自得だけれども。


「ええ、今度はリチャードがスティルマン家に訪問する事になりました。期日はローラ嬢が夏休みに入ってからという事で、現在は8月5日を第一予定日としております」


 そこまで決まっているのか。

 改めてその意味を実感する。


 敵地に独りで乗り込んでいくと思うと正直身震いが止まらない。

 別に今は震えていないけれども。


 この話、どう考えても止めようがない。

 シックルード家わがやにとって何一つマイナスになる事がないのだ。


 僕としてもマイナスになりそうな点は、

  ○ 鉄道技術の流出

  ○ 面倒な貴族付き合いが必要になること

くらいしかない。


 このうち鉄道技術の流出については、それほどのマイナスにはならないだろう。

 僕やカール、キットはそう判断している。


「鉱山のトロッコについては心配しなくていいだろう。マンブルズ鉄鉱山も石灰石鉱山もトロッコとゴーレム化がセットになっている。ゴーレム化すら出来ていない鉱山がトロッコだけ真似をしたところで効率化はたかがしれたものだ。うちの7割まで行けばいい方だろう」


「そうですね。参考にするとしたら森林鉄道でしょうか。ただこっちはこっちで独自のノウハウが山程ありますからね。技術の全容を知るカール工房長が寝返らない限り、同等のものを作るのは無理じゃないですか」


 こんな感じだ。


 そして『面倒な貴族付き合いが必要になること』を最大の問題として堂々と主張できるほど僕の面の皮は厚くない。

 結果、どんどん話が進んでいってしまう訳だ。

 本当にいいのだろうかという僕の疑念を無視して。


「そうか。順調ならめでたい事だ」


 やはり現領主おやじからも反対意見は出なかった。

 つまり僕は覚悟を決めなければならない訳だ。


 ただ、その前にすべき事がある。

 ローラ本人の意思の確認だ。


 パトリシア経由の手紙作戦は失敗した。

 だからもう、ローラに直接聞くしか方法はない。

 本当にこれでいいのか、彼女の意思はどこにあるのか。

 次の訪問で確認する必要がある。


 僕としては得意な作業では無い。

 しかしやらなければならないのは確かだ。

 次回を逃したらもう二度とブレーキは効かなくなる気がする。


 既にブレーキは壊れているという気がしなくもないけれども。

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