第13章 旅客鉄道、試運転中

第49話 業務多忙

 ただでさえ鉄道独立と都市鉄道開発で忙しい。

 その上、マンブルズ鉄鉱山長も兼務なんて事になってしまった。

 ジェフリーに荒らされた鉱山の再建業務までしなければならない。


 勿論実務そのものは部下の皆さんがやってくれる。

 しかし全体方針の決定など、長だけがやるべき仕事もあるのだ。


 緊急度が高いのは鉄鉱山。

 そこで僕は朝、鉄鉱山に出社して業務を行い、ひととおり業務が済んでから森林公社へ行くという日課になってしまった。

 巡視と称して列車に飛び乗ってサボるなんて余裕はまったくない。

 工房を覗くのさえ1日1時間程度という状態だ。


 そして工房も業務過多に向かいつつあった。

 鉱山設備の修復・回復作業が押し寄せたからである。


 ただ幸いな事に鉱山の施設やゴーレム等の機器類、どれも修復不能な状態にまではなっていない。

 僕やカールの予想より数段ましな状態だ。


 状況を聞いたところこれは採掘管理部長のダルトンのおかげらしい。

 奴と有志数名で自分の業務の傍ら、機械類の面倒見をしていたそうだ。


 ただ設備も金もないので完全な修理は難しい。

 故に“後に修復可能” の状態を保つ事を重点にした模様。


 例えば現在は動くが酷使しすぎてフレームまで駄目になりそうなゴーレムは、再起不能になる前に部品を抜いて故障扱いにしておくとか。

 選鉱場の設備も外部工房に頼めない分は採掘管理部長自ら分解整備や注油をしたりとか。


 そういえば奴は工科学校出身で、工房が出来るまでは技術関係を統括していたのだった。

 おかげで設備もゴーレムも故障といいつつ消耗部品を交換すれば何とかなる状態。

 ただし修理可能という事は、見捨てず全て修理しなければならないという事でもある。


「悪いが都市鉄道関係は中断だ。森林公社の運営に最小限必要なものを残し後回し。鉄鉱山の回復をメインにする」


 おかげでこのような命令を出す羽目になってしまった。

 本当に不本意だ。

 順調にいけばもうすぐ16メートル級の列車が走り出すところだったのに。


「鉄鉱山が立ち直っても業務過多になりますよ、これでは。鉄鉱山関係のメンテナンスと開発事業、森林公社関係のメンテナンスと開発事業、鉄道と業務が増えましたから」


 確かにキットの言う通りだろう。


「人員はあと何名増やす必要がある?」


「最低で8名ですね。それくらいはいないと業務に追われて研究開発が出来なくなります」


 確かにそれくらいは必要かな。

 そう僕も思う。

 業務量を考えると、最低でも鉄鉱山所属時の工房の人数+森林公社所属時の工房の人数が必要な筈だから。


「わかった。この騒ぎが収まったら採用の方も何とかしてくれ」 


「いや、動くなら今だ」


 カールがとんでもない事を言う。


「今ですか!? この非常時に」


「鉄鉱山関連の緊急修復が終わっても業務過多になるのは変わりない。それなら早いうちに人を増やしておいた方が楽だ」


 一理あるような気もする。

 しかし工房的にはどうなのだろう。

 僕はとりあえず口を挟まずカールとキットの話し合いを観察する。


「確かにそうですけれどね。研修等はどうするんですか?」


「修理補助程度なら研修せずともすぐに出来る。その程度の実力がなければ工房ここに採用しない」


「そりゃそうですけれどね」


 なかなかスパルタだなと思う。

 さしずめ虎の穴といったところか。

 ならば長として聞いてみよう。

 

「採用のあてはあるのか」


「そりゃ問題ないですよ。上級学校出た後ポストがなくて腐っているのは結構いますから」


 カールではなくキットからそんな答えが返ってきた。


「そうなのか」


「そうなんですよ。この国の学術界隈は悪しき閥がはびこっていますからね。貴族出身で閥内部にいなきゃろくなポストにありつけない。何せ自分達で自分達の後継を選ぶ形式ですからね、どの学術団体も。


 それでも何とか耐えて自分の研究を続けようとしている連中は多いです。その辺の事務員より低い給与と酷い勤務環境に耐えつつ。


 だからここの給与と待遇でひっぱたいた上、合間時間に自分の研究を続けていい、学会出張も認めるなんて言えば一発です。まあ私もそれでノコノコ来てしまったんですけれどね」


 なるほど。

 この国の構造的欠陥だな、これは。

 しかし僕がそれを嘆いても仕方ない。

 今やるべきはむしろそれを利用する事だ。


「わかった。増やしていい」


「でも予算は大丈夫なんですか? 今年に入ってからもう5名増やしていますよ」


 キットが何を心配しているのかはわかる。

 僕の懐具合だ。


 工房は3月に新人1名、4月に新人3名と中途採用1名を採用した。

 採用予定枠はとっくに越えている。


 工房勤務員にはそれなりに金がかかる。

 住居貸与や保険等完備なんてのは他の勤務員と同じ。

 これだけでも余所の公社より待遇が上。


 しかし工房員の場合はこの先がある。

 事務員と比べ3倍の手取り給与、研究開発資材や書籍購入費用……

 1人あたりにして事務員の6倍以上、森林公社の現業員と比べても4倍はかかっているだろう。


 元々は給与の上乗せ分、研究開発費、書籍補助等は僕の私費から出していた。

 しかし森林公社の組織改編の際に制度を変えた。

 1月1日を基準として、その基準日に在籍している分の勤務員に関する費用や研究開発費等は公社の会計から正式に出す事とした。


 それでも採用予定枠を越えて新たに採用した分は、年内は僕の私費でまかなう事になっている。

 工房の採用をカールの一存で行う為にそうしたのだ。

 つまり人数が増える程、僕の私費が圧迫される。


 現在、森林公社はそれなりに儲かっている。

 だから長である僕の取り分もそこそこある。

 鉄道関係や鉱山再建で領主家から資金も出ている。


 今の森林公社の好調さがそのまま続くとは限らない。

 天候という不安要因があるからだ。


 鉄道のおかげで河川の水量が少なくて運べないという事はなくなった。

 それでも長雨が続けば外作業が出来なくなる。

 暴風雨で山が荒れたら整備費用が一気に上がる。

 

 これらの人員を上乗せして、来年もやっていけるか。

 鉄道部門だけ独立して、工房もそこにひっつけるとして、大丈夫だろうか。


 頭の中でざっと計算する。

 僕の家の運営費、つまりメイドやコックの給与、建物維持費用、その他費用等をさっ引いて、どれくらい余裕があるか。


 大雑把に暗算して、安全なぎりぎりのラインを求める。

 それでも最後は賭けにも似た僕自身の決断だ。

 何がどうなるなんて完璧な予測は出来ないから。


「今年の採用はあと12名だ。そこまではなんとかする」


「わかった。なら明日、王都バンドンへ行ってこよう」


 即断即決だ。

 カールらしいけれど。


「期間は?」


「往復を含めて1週間6日間でいい」


「それじゃ一筆書いていって下さい」


 キットが出したのは『様式第17号 出張願』と題された規定様式。

 この辺の呼吸は相変わらずだ。

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