第35話 森林鉄道見学会(4)~次回予告~

 予定よりかなりみっちりと見学会を実施してしまった。


 予定外のその1、フィドル川出合で一度下車した上での操車場見学。

 自走貨車や支線用機関車、木材を満載した無蓋貨車等を実際に確認。

 更に操車場事務所でゴーレムによりポイントや信号制御をしているのも見学。


 予定外その2、石灰石鉱山の積載場まで行って、ここでも下車。

 実際のホッパ車に石灰石を積むところを確認。

 

 予定外その3、カラマス川支線に入りやはり終点部分で下車。

 ワイヤーを使った索道もどきで伐採した木材を下ろす状況、更に枝葉を取り払って規格丸太サイズにして無蓋車に積むところまで確認。


 おかげでフィドル川出合の時点で予定より3半時間20分遅れた。

 ただメインの貨物列車がゆっくり走行しているので追いつくのは容易い。


 そして港で予定外その4。

 やはり下車し、貨物列車から船へと石灰石や木材を積み降ろすところまでしっかり見学。


「この列車分だけで標準河運船3隻分以上になるのですね」


「ええ。木材であってもそのまま流すわけにはいきませんから」


 河川港から下流は船が行き来するので木材を流すわけにはいかない。

 だから全て船に積載して行く事になる。


「鉄道でそのまま運べれば速いのでしょうね」


「船の倍以上の速度がありますからね」


 船より鉄道の方が速く効率的に運べる。

 しかし河川港から下流10離20km地点でシックルード伯領うちのりょうちは終わり。

 その先はスティルマン伯領になる。

 つまり領主家の一存でどうこうできる範囲ではない。


「ここからガナーヴィンまで鉄道が通ったら、あの貨物列車も昼までには向こうにつきますね」


 ガナーヴィンはスティルマン伯領の領都。

 そしてこの地方最大の商業都市だ。


 シックルード領の領都である此処スウォンジーからスティルマン伯領の領都のガナーヴィンまでおよそ20離40km

 森林鉄道の路線長を考えれば大した距離ではない。


 もしその路線が出来れば貨物だけでも黒字になるのは間違いない。

 そうなったらいよいよ森林鉄道ではなく、本格的な都市間電気鉄道インターアーバンの誕生だ。


 勿論最初は旅客は少ないだろう。

 貨物メインの列車に客車を数両連結するという形になると思う。

 いや、貨物列車は自走客車より重くて遅くなりそうだから、あえて別にした方がいいだろう。

 その場合……


「自走客車なら1時間あればここからガナーヴィンまで行けますね。貨物と別扱いとして」


「物だけではなく人の行き来も活発になるのでしょうね、そうなったら」


 会話が楽しい。

 工房の連中以外と話してそう感じるのは久しぶりだ。

 ローラ、僕が言った事を理解して、その上でその先を考えた言葉を返してくれる。

 

 いや待て僕、餅つけ、いや落ち着け。

 彼女は仲間では無い。

 鉄好きの素質がある他家の御令嬢だ。


 鉄好きの素質があるなら仲間だと思ってしまいそうになる。

 しかし彼女と僕とは立場が違う。

 それを忘れるなと僕自身に言い聞かせる。


「リチャード兄、ローラ相手だとよく喋るよね」


 ぎくっ。

 パトリシアめ、図星なだけにクリティカルヒットだ。

 どう返答していいか困ってしまう。


「ところでリチャード様に個人的な質問をひとつしても宜しいでしょうか」


 このローラの台詞に僕はほっとした。

 パトリシアの台詞にどう返していいかわからないまま、沈黙が続きそうだったから。


「ええ、答えられる事でしたら何でも」


「リチャード様は婚約者はいらっしゃらないのですか」


 待て、ローラ!

 その質問もこの状況では反則だ。


 ただ先ほどのパトリシアの攻撃に比べると返答方法があるだけマシか。

 出来るだけ今までと同じような口調を意識しつつ僕は返答を試みる。


「残念ながらいません。田舎貴族の三男坊ですしね。貴族なのも僕の世代までですし、とりたてて特別な能力もない。うちの家も特に縁故を作りたいような魅力ある家でもないですから。

 まあこれも気楽でいいのですけれどね」


「そんな事はありませんわ」


 ローラ、何を言う気だ。


「昨年の夏には画期的な輸送方法で鉄鉱山の採掘効率を上げたと聞いております。そして森林公社に移ってからまだ半年も経っていないのに輸送状況を一気に改善して、他領に出荷出来るまでにしたとも」


 全部知っているのかローラは。

 まあパトリシアが話したのだろうけれど。

 2人は仲がいいみたいだから。


 それにしてもまずい。

 こういった事態に僕は慣れていない。

 だから必死に弾幕を張る。

 何に対して防御しているのか、自分でもよくわからないけれども。


「森林公社の方は領主家の資金ですよ。領主家の力を使って、領主家の資金を使って整備しただけですから」


「普通はそれでも出来ないと思うのです。


 事実、スティルマン領へ入荷してくる木材の量は毎年減ってきています。山の上にある氷の湖がなくなりかけていて、そのせいで川の水位が減ってきている事が理由でしょう。


 その中で、特に山地帯に生えるルレセコイアの入荷量は急減してきています。増産したのはリチャード様が公社長になって以降のシックルード領だけです。

 その事実だけでも十分非凡だと証明していると思います」


 何でそんな事まで知っているのだ、惚れてしまうじゃないか。

 いや駄目だやめてくれ、ライフが0になる。


 繰り返すが僕はこういう事態に慣れていないのだ。


 言っておくが僕はロリコンでは無い。

 ついでに言うとホモでもない。

 好みとしては同じくらいの年齢の女性が好きだ。

 ただ弱小貴族の三男坊なのでそういった出会いも付き合いもなかっただけ。


 そんな免疫の無いところでまだ生育はもう少しとは言え美少女にこんな事を言われたら……

 餅つけ、いや落ち着け僕、自分と相手の立場を考えろ。

 気を確かに持て。

 

 とりあえず話を変えよう。

 ゲームなら僕は防御力をぎりぎり削られた状態。

 これ以上の攻撃は命取りとなる。

 まずは相手ローラの攻撃ターンを終わらせるのだ。


「とりあえずそろそろ車両に戻りましょうか。貨物列車が動く前に此処を出なければなりませんから」


「わかりました」


 よし、ターン終了だ!

 生き延びた。

 何とか表情や歩き方が不自然にならないよう自走客車に戻る。


「それでは戻ります」


 なおここから車両基地までは半離1kmない。

 つまり、すぐだ。


「ところでお兄、このおやつも美味しいよね。これも他で見た事がないけれど、ここで新たに作ったの?」


 よしナイスだパトリシア

 これで話題が完全に変わった。

 

「これはうちのブルーベル特製だ。事務所にも置いてあるから好きなだけ持って帰ってくれ」


 銀座ウ●ストのダークフ●ーツケーキもどきだ。

 これは材料が分かってもすぐに作る事は無理。

 ドライフルーツを漬け込む時間が必要だから。

 勿論お土産用に量産したから問題はないだろうけれど。


「お兄のところって来る度に乗り物とお菓子が進化しているよね」


 否定はしない。

 確かにそうだなと自分でも思うから。

 しかしそろそろネタ切れだ、多分きっと。


「次は期待するなよ。そろそろネタ切れだからさ」


「はいはい。楽しみにしているから」


 安全な話題に心が安まる。


 自走客車が車両基地に入った。

 予定通りに仮設乗降場のホーム中央で停止する。

 さて行くか。

 僕は立ち上がって数歩歩き、扉のロックを外して解放する。


「お疲れ様でした」


 あとは事務所の会議室で休憩し、その後馬車にのせて終わりだ。


「こうやって見ると列車も種類が色々あるのですね」


「ええ。牽引用ゴーレム車きかんしゃだけでも3種類。貨車が木材用、石灰石用、木材用の自走タイプの3種類。客車が壁無し、壁有り、自走式壁有り、牽引用ゴーレム車きかんしゃと対になる操縦席付の4種類ですね。

 ただ日々改良していますので、種類はまだ増えると思います」


 プロ意識と趣味がごっちゃになった工房長&その一味がいるせいだ。

 放っておいても改良が進むのがいい点でもありヤバい点でもある。

 そんな実情は言えないし言わないけれども。


 森林公社事務所の1階で出発前の休憩。


「リチャード兄、これでこのお菓子は全部?」


 菓子箱に出したダークフルーツケーキを全てアイテムボックス内にしまい込んで、パトリシアが尋ねる。


「ここにあるのはこれで全部だ」


「お兄のアイテムボックス内は」


「それは秘密だな。ただそれだけあれば問題はないだろう」


 こんなしょうもないが危険もなく安心できるやりとりの後。


「ところでリチャード様、御願いをしていいでしょうか」


 何だろう。

 警戒しつつそれを表に出さないよう注意しながら僕はローラに尋ねる。


「ええ」


「実はうちの長兄、ジェームスが是非リチャード様にお会いしたいと申しているのです。ですから近日中に書状で御願いをする事になると思いますが、宜しいでしょうか」


 な、何だって~!!!

 スティルマン伯爵家については事前にある程度調べて頭に入れている。

 確かジェームス氏はスティルマン伯爵家の領主代行だった筈。

 それが僕に会いに来るという事は……


 鉄道についての建設的な話だったらいい。

 しかし今の僕にはそういったいい方の話が思い浮かばない。

 何せ港での話のダメージがまだ残っている。


 いや、やましい事はしていない筈なのだ。

 しかしそれでも何かお叱りが来るのでは無いかと思わずにはいられない。

 

 ダメージのあまり、僕にはその後の記憶があまりない。

 確か普通に受け答えして2人を送り出した筈だけれど。


 つまりはまあ、こんな感じだ。

『次回「城之内死す」デ●エルスタンバイ!』

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