⑱【Expession!!】
このまま関節が固まれば、後は煮るなり焼くなり好きに出来る。これでG先輩とも山南や日本政府ともスッキリと縁が切れるだろう。
と、まあ、思う様に事が進まないのが人生という物で、特に俺の……“俺達の”場合はその傾向が顕著であった。
「なんの因果だよ……」
それなりの意地があったという事なのかもしれない。G先輩は腕や脚の関節が硬化してきた事を認識すると、自ら関節部分の細胞を
抉り取った膝から真っ黒い血がダラダラと流れる。十メートルもの巨体からの流血だ、辺り一面真っ黒い血の池と化していた。
「凄い声っスね……」
「お世辞でも美しいとは言い難いですわ」
「それでも……」
「そうね、あの気迫は侮れないわ」
セイラの言う通りだ。俺に対する憎しみだけで動いているとは言え、その負の感情は甘く見て良い物じゃない。ましてやあの巨体のデーモンが自由に動ける状態になったら、俺達どころか世界が終わってしまう。
――俺にとってはクソみたいな世界でも、パティやレオンには生まれ育った全てなんだ。
「今ここで食い止めないとな」
「しかしなんやな……マズいで、あれは」
「ええ、なりふり構わずってとこかしら」
共進化細胞がG先輩の意思に答えたとでもいうのだろうか? 左右の肩から次々に何十本もの手足が生え始めた。先ほどと同様、取り込んだデーモンの手足だ。だがこれは生存本能からくる進化とは違い、明らかに攻撃の意思を反映したものだった。
手が生え、その指先から脚が生え、更につま先から手が生え……。次々に生えては融合し、また生える。それは蠢きながら絡まり合い、やがて腕となっていった。
「腕が四本とかズルいっス」
「なんだ、レオンも四本欲しいのか?」
「……いらないっス」
肩にばかり気を取られていたが“意思のある進化”は脚にも及んでいた。自ら抉り取った傷口から、デーモンの手足が何十、何百と生えて融合し、膨れ上がる。そこには元の脚とは全く別物が出来上がりつつあった。
どう見ても昆虫の、強いて言うのならカブトムシの胴の上にデーモンの腰から上が生えている様な状態だった。生え続けた手足が、最も現状に適した姿を選択し、進化したのだろう。
二本の脚では体重が支えられず、満足に動く事が出来ない。『ならば脚を増やせば良い』という単純な理屈だ。しかしながらこの進化は理にかなっている。体重が分散されて脚への負担が減る上、移動が容易になり、転倒するリスクもほぼ無い。そして何より、先ほどとは比べ物にならないくらい動きが早い。目算でユナイト・ジョ―カーとほぼ同等に思える。
……見た目に反して、かなりの強敵。いや、それどころか『勝てるのか?』アレに。
「作戦変更だ。ルキフェル、ディーンいけるか?」
「了解です~」
正直彼等のゴーレムでは力不足だけど、今は手数が欲しい。……なんていえないけど。今この場にある魔道練書は、セイラが持つ俺の本とルキフェルの二冊だけだ。つまり呼び出せるゴーレムは二体。ルキフェルがゴーレムを呼び出し、ディーンにはサポートをしてもらう。
ユナイト・ジョーカーはランスで近接攻撃を仕掛ける。ホバーで一気に加速し、打ち込むと同時に離脱。Gデーモンが反撃を試みようとしても、すでに攻撃の間合いにはいない。そして、そのタイミングでギャラクシー・エンペラーが銃弾を撃ち込む。バックアタックに近い攻撃だ。
思わず振り向くGデーモン。その隙を見逃さずにユナイト・ジョーカーが再度仕掛ける。結果論にはなるが、中距離支援型のゴーレムは、思いの外セイラの戦い方と相性が良かった。
このまま脚を止めつつ削り続ければ、打開策が見えてくるかもしれない。
そんな時だった。Gデーモンの後ろに回り込んだユナイト・ジョーカーが突如として転倒してしまった。
「え?」
その場にいる誰もが、もちろんセイラ自身も何が起こったか解っていなかった。うかつだった……。俺もセイラも完全に見落としていたんだ。
――Gデーモンが撒き散らした黒い血の中にも共進化細胞が潜んでいる事を。
ユナイト・ジョーカーは、黒い血の池から出現した無数の手に転倒させられてしまっていた。咄嗟に起き上がろうとするが、すでに脚は真っ黒の物体に飲み込まれていて動く事が出来なくなっていた。更に、腕や頭に付着した血からも手足が伸び、徐々にユナイト・ジョーカーは黒い血の池に飲み込まれていく。
ホバー移動していたのも転倒した要因の一つだった。浮いているという事は地面との摩擦はゼロに等しい。それは、少ない力でも物体を動かす事が可能になる。しかし、直接黒い血の池に入っても、無数の手に拘束されてしまうのだから打つ手がない。
……近接戦闘を仕掛けた時点で、悪手を打っていたのか。
〔ペガぁ……〕
口元からよだれと、瘴気か何か混ざった様なよくわからない息を吐きながら俺を見据えて来た。ギャラクシー・エンペラーはGデーモンの脚を狙い撃つが、すでに甲殻が構成され、弾が弾かれてしまっていた。
〔ぜってぇゴロス……舐めたマネしやがって〕
当然と言えば当然の話だ。脚が六本もあると、とんでもなく移動が速い。Gデーモンは、俺達のいる城のエントランスホール迄の約二百メートルを疾走してくる。
もう、躊躇している余裕はなかった。やらなければ、俺はもちろん、ここにいる全員が死ぬ事になる。……それはこの世界の崩壊をも意味する。例え自分が今から取る行動が“単なる直感”だったとしても。
――魔道錬書で呼び出すゴーレム。サベッジ・ペガサスが描かれた俺の書で、セイラはレークヴェイムを呼び出した。この、同じ書を使っても“術者によって形が異なるものが出現する”という状況から導き出される答え。
それは、魔導練書に描かれたゴーレムの絵は、召喚者のイメージ補正の為の役割でしかない。という事だった。これはつまり“魔力を込められるもの”に強いイメージを加えれば、魔導練書が無くてもゴーレムを具現化出来るという事だ。
何故この結論にたどり着いたのかはわからない。それでも確信だけはあった。
俺には、召喚するイメージが……ハッキリと見えていた。
「Expession《魔装》!!」
次回! 第六章【be Still Alive】 -生きるための未来- ⑲オーバーコート
是非ご覧ください。
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