第3話 電車ホームズの推理

「あなたストー! いやあの、超能力者テレパスさんですか?」

 思わず出かかったストーカーという言葉を飲み込む。きっとそれは違う。だから次に頭に浮かんだ超能力者という単語に『さん』をつけて訊いてみた。なんだか怖いし。


「違いますよ」

 心外そうに眉をひそめる若者。

「じゃあ、超能力者テレパス『様』?」

「そこから離れましょう。超能力ではなく推理です。あくまでも人間観察からの洞察、それとあらかじめ調べた情報を論理的ロジカルに組み合わせるんです。その結果から『降車駅』が導き出せます」

「信じられない」

 わたしはイヤイヤをするように首を振った。

「信じるもなにも、現にいま当てたじゃないですか。乗客を二十秒も観察すれば、わかりますよ」

「なら具体的に教えて。わたしをどう推理したんですか」

「それはね、まず傘です」

「傘……」

「あなたが手にしているのは日よけ傘ではなくて本格的な雨傘。そして足に履いているのはレインシューズ。今日の天気予報によると、雨予報は夕方の玉藻たまも地域だけでした」

「でも傘を持ち歩く人って、多くないですか?」

「ほら見て。この車両でガッツリ雨具を装備しているのは、あなたと僕の二人だけ」

 言われて車内を見回す。なるほど、他に雨対策をしている人はいない。わたしは返す言葉が見つからなかった。


 若者は楽しそうに続ける。

「それに着替えの衣装を持っていないから、今日はコンサート本番ではなく練習ですね。そしてほら。手提げバッグから表紙が見えている冊子。それカルテット用の楽譜でしょ? それなのに? バッグに譜面台が入ってない。ということは譜面台を貸しだしている施設で練習するわけだ」


 まさしくその通りなんだけど。次から次へと見透かされていくのがちょっと怖い。なんだろう、この奇妙な不安感は。レールを走る電車の音が空々しく聞こえる。


「そして決め手が、たいせつそうに握りしめている『ピエポリ グランデ』。お茶の時間のお楽しみですね? 以上で条件が出そろいました。あなたの目的地は泉山駅近くの蒼風そうふう音楽ホールで決まりです」


 どうして『決まり』なの? わたしが向かっているのも蒼風そこで間違いないんだけど……。


「それだけで決めつけるのは早くないですか? 玉藻地区には若葉ホールや西都せいと文化会館だってあるじゃない」

「ところが、どちらも違うんだなぁ。若葉ホールの二階には女性に人気の喫茶店『バロン・ケーシーズ』が。そして駅から西都文化会館へ向かう途中には『ピエポリ グランデ』の支店があるでしょう」

「まあ、確かに」、わたしは記憶をたどった。彼の言葉は正しい。

「だったら、わざわざ壊れやすいケーキを遠くで買って、はるばる電車に乗って行くとは考えにくい」

「蒼風ホールにだって、おいしいケーキを出す喫茶室が……」

「『ピエール・デ・ゴベール・泉山せんざん』ね」

「そ、そうですけど」

「そこ来月まで閉店してますよ。改装工事中なんです、あなただってご存じでしょう。だからケーキを自分で用意して来たんだ」


 正解。この若者――ホームズばりの推理を楽しんでいる男性――の言うとおり。この『ホームズさん』の推理に穴はないかしら。わたしは窓外の移り行くビル群と緑の木々とを目で追った。


「えーっと……防音の練習スタジオだってあります!」

「スタジオはレンタル料金が高いですよ。見たところあなたは大学生? でしょう? ならば安く使えるところがいいはずだ。だから今日選んだのも料金の安い公共施設」

「……正解」

「ほらね」、ホームズさんは満足したように明るい笑顔を見せる。

「そこまでわかっちゃうんですか。なんだかこわいぐらい」

「僕も大学生だから。ふところ具合は想像つきますよ」


 へえ、ホームズさん大学生なんだ。もっと年上に見えた。言葉遣いが学生というより、社会人っぽいからかな。


「なぜこんなこと、『電車ホームズ』をするようになったんですか?」

「電車ホームズ? ああシャーロック・ホームズみたいですよね」

「言動がホームズっぽいから」

「実はそれなんです、ホームズが対象を観察するだけでピタリと職業や人となりを言い当てる推理力。彼の手法を真似てます。僕は本格派じゃないから、降りる駅を当てることぐらいしかできませんけど」

「電車ホームズを始めたきっかけって?」

「ええ? なんだか尋問されてるみたいだな」

 彼は苦笑しながらもシートの上で背をピッと伸ばし、居ずまいを正した。

「創作に活かそうと思って始めたんです。人の身なりや行動を観察して登場人物のキャラクタ作りをする。それを続けているうち、いつの間にか電車ホームズ自体が楽しくなってしまって。それが趣味になったんです」

「変な趣味」

 わたしは思ったとおりのことを口にだしてみた。ちょっとからかいたくなったから。

「否定はしません」

 端正な顔に笑みを浮かべるホームズさん。


「今度はわたしがお返しに、あなたをホームズしてみたいです」

「はい、どうぞ」

 ホームズは嬉しそうに顔をほころばせた。わたしが彼の趣味に付きあったからかな?

「あなたの降りる駅は玉藻方面にあります。なぜなら雨傘を持っているからです。証明終わりQ.E.D.

「ぶぶー」、ホームズさんは両手の人差し指を交差して小さなバッテンを作った。

「違うの?」

「今朝、浜松は雨でした。僕、浜松から来たんです」

「浜松って静岡の? 何のため?」

「もちろん、この路線で電車ホームズするためにですよ」


 わざわざ浜松から? やっぱりホームズさん変わってるわ。いくら趣味といっても、大学生がわざわざ人間観察のために朝早くから東京へ来る? ちょっと考えられない。いや別に変人だってかまわない。全然かまわないんだけど、共通の話題というか、心が通じるものが何かひとつでもないとね。話をしていてもつらいかな。浜松から来たイケメンさん、ちょっと残念。


 いつしか、ホームズを彼氏候補としてチェックしはじめていた自分に驚いた。

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