▄︻┻┳═一 十一発目・跳弾 ≫【誤射】
月は姿を隠し、よりいっそう暗くなっている今日この夜。影に隠れて息をする。だれも私を照らすものはいない。彩りをくれるのはターゲットの鉄臭い血だけ。そして今日も相棒とともに
海辺の倉庫が猿飛との約束の場所。しかしそんなのを律儀に守るやつなんているわけがない。その倉庫から数百メートル離れた場所にあるガントリークレーンの上に私はいる。この位置からは銃弾が横に流されることもない。あとはスコープにやつが映るのを待つだけ。
“十分後”
予定時刻だけどくる気配はない。まあ元からガサツな男なのだろう。
“さらに三十分後”
猿飛はおろか猫一匹すら姿を現さない。え、遅くね? USBを持っているのはこっちだぞ。こんな0と1でできた物体なんて、今すぐにでも海に捨てられるぞ。まあ持ってきてないんだけど。
海風に吹かれて私の体力は徐々に奪われていった。波音がさっきよりも大きくなっている。まさかはめられた?
不穏な空気を紛らわせるように首からぶらさがってる十字架に触れた。
“さらに十分後”
倉庫の裏からあかりがさしている。それは徐々に近づいてきて広い場所に出てきた。
黒いベンツ。
その車は倉庫の入り口付近で止まった。スコープを覗いてみると運転席には猿飛が座っていた。フロントガラスを正面に向けてのんきにタバコを吸っている。その先に私がいるとも知らないで。
「やっと終わる」
この日のために特別に調合した銃弾を装填する。貫通力が普通のフルメタルジャケット弾の一・二倍になるように設計した特殊弾だ。
風向、風速、ターゲットまでの距離。それらすべてを瞬時に計算してじりじりと標準を合わせていく。
やはり私はシティで暮らしているほうが
嘘の噂を流されたあげくに罪をなすりつけられて停学処分。私は今、虫の居所が非常に悪い。その
しばらく様子を見ていると猿飛が暇そうにハンドルにもたれかかる。頭のてっぺんまでスコープで確認できた。その隙を見逃さない。
「さようなら」
“ビキッ”
「あぁぁぁ!!」
骨に傷がつく音が私の右腕から鮮明に聞こえた。ライフルの反動が特殊弾のせいで思ってた以上に強く、その力が波打って私の傷口を抉った。
すぐさまライフルを構えなおして次弾を装填。スコープを確認するとフロントガラスにヒビが入っていた。しかしそれは運転席側ではなく助手席側だった。しかしまだ運転席にいる猿飛が確認できる。手にはトランシーバーを持ってなにかしゃべって……。
「あのクレーンの上だ! 全員で捕まえろ!!」
私と猿飛はスコープ越しに目があった。
車は急発進してまっすぐこっちに向かっている。ここから早く逃げなければ殺られてしまう。
ライフルから弾を取り出し、ストラップを回して後ろに背負う。カンカンカンと金属音をたてながら必死に逃げる。
次第に雨が横殴りに降ってきた。服が重たくなって足元は滑る。コンディションは最悪だった。
“キンッ”
近くの手すりに銃弾が当たった。どこから飛んできたかわからないけど、それがひとりの仕業じゃないことはすぐにわかった。ゲスなやろう。仲間をわんさか連れてきやがって。乱雑に撃ち込まれる銃弾をかわしながら物陰に隠れる。最悪なのは天気だけじゃない。ここはクレーンの上。敵にとって狙いやすく、逃げる余裕を与えない。海にダイブしてもこの荒波の中では生きて帰れない。くっそ……ここを降りるしか逃げる方法がないのか。
「見つけたぜマイハニィィィ!!」
猿飛の車が真下にやってきた。そこから大声で叫ぶと凄まじい速度で上にあがってくる。仲間の狙撃なんて気にもせず狂った表情の猿飛。その顔は私をすくませた。
一か八か隣のクレーンに移動できればまだ勝機はある。猿飛が下にいるうちに移動しなければならない。
意を決して飛び出した。右腕をかばいながら
「ここから勢いをつけて……」
「飛ぶつもりか?マイハニー」
声のするほうを振り向くとそこには猿飛がいた。息も切らさず、ただただ目を見開いて口角を故意的にあげていた。
タンタンタンとゆっくり音を立てて私に近づいてくる。ナイフを取り出して臨戦状態を示す。しかし猿飛は臆することなくじわじわと近づいてくる。雨に打たれ風にさらされる。指先が冷えて感覚がない。ナイフを持っている手が小刻みに震える。
あいつにあわせて後退りをしていると、手すりが背中に当たった。その瞬間、猿飛が一方的に距離を詰めた。
「お前大したことないんだな。わざわざ大金をかけて愛車を防弾ガラスにしたというのに、弾が貫通していないどころかエイムが終わってるぜ。体術はダメ、狙撃もダメ、危機察知能力も低すぎる」
猿飛は上から見くだし不敵な笑みを浮かべている。その表情は今日で二回目だ。
「才能ねぇな」
そういうと猿飛はナイフを持っている左手を
空中で体を捻ってなんとか受け身を取ったけど、これはまずい。防戦一方だ。猿飛も上からドシンと降りてきてゆっくり体を持ちあげる。そこはクレーンのアームの上。幅が狭くバランスが取りにくい。
「さあ! こいよ! 負け犬のあばずれが!!」
歯を食いしばり猿飛に飛びかかる。猿飛の右ストレートを左手でいなし脇腹に膝蹴りを入れる。すかさずしゃがみ込み、足を回すようにして猿飛の足をかる。
しかし猿飛はそれを察してジャンプをした。そのまま振り向く力を利用して重い蹴りを繰り出す。
“メキッ”
つい右手でガードしてしまい、さらに傷口を
「ウガッ!!」
顔面を前蹴りされて倒れる。猿飛は倒れ込んだ私の腹を思いっきり蹴り飛ばした。それから何度も踏まれて蹴られて転がされる。私の全身はもうボロボロで意識が朦朧としている。
猿飛はじっと私が立ちあがるのを待っていた。
「USBなんてどうせ持ってないんだろ。それは別にいい。お前の死体を利用すればいいからな!」
猿飛は構えを変えた。初めて猿飛とやりあったときに連撃を喰らったあの構えだ。アームの端に立っている私。文字どおり
背負っていたライフルを持ちあげて今ある力のすべてを乗せて殴った。
「あばよ」
空に輝く星がひとつふたつ見える。そのまばらに配置された光は私を照らすようにこっちを向いている。
海が空。空が海。
普段は交わることのないふたつの世界。その境界線に誘われて吸い込まれていく。
そこに行けば母さんと父さんにも……。
『リリィ、こっちおいで』
『もうひとりじゃないわよ』
『『さあ、私たちと一緒に』』
廃棄処分となった人形は闇深い荒波に飲まれた。
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